1ー(1) 高浜みなみの場合
雨だった。
今日の天気は、天気予報通りの大雨だった。
雨の地面に叩きつけられザアアーと鳴る音と共に、たまに雷のまるで爆弾でも落ちたんじゃないかと思わせるような轟音が鳴り響く。今日の気候は最悪と言ってもいいだろう。
そんな音を横耳にしながら、電気のついていない真っ暗闇の部屋にあるベッドの上で、わたしは小さく蹲るようにして体育座りをしていた。顔を埋め、背を丸める。このわたしの部屋を満たすのは、沈黙の2文字。外での騒音を除いてしまえば音という物は存在していなかった。・・・・いや、1つだけ音はある。
「・・・うっく・・・うっ・・・・・・」
わたしの口から洩れる、嗚咽だった。それはもう泣き声だと言ってもいい代物で、この部屋の隅にひっそりといた。よく耳を澄まさなければ聞こえないほどの小ささで。わたしは顔を少し上げ、涙で濡れた顔を服の裾で拭う。ゴシゴシと拭うと、幾分マシな気持ちになった。
「あ~ぁ、また泣いちゃったか・・・・」
自虐的に呟く。どうせ今の自分の顔を鏡で見たら酷い有様なんだろうな。目を赤く充血させてさ、涙の跡だって残ってて。
「・・・・何でいつもこんななのかな」
ポツリと言ったこの言葉は、今のわたしの気持ちを反映しているといってもいいくらいに的確なもので。
どうしてわたしはこんなにも弱くて泣き虫なんだろう。
どうしてわたしは強くなれないんだろう。
あの時わたしが早くに気づいていたら。
もう少し手を長く伸ばすことができたなら。
そしたらもしかしたら―――――
トントン
2回ノック音がした。わたしの部屋の入り口からだ。それに特にわたしは反応しない。誰なのかは見当がつくし、どんな用件なのかもおおよそ予想することができるから。
「みなみー、今日の夕食持ってきたわよー」
やっぱり。
案の定母からの夕食通達だった。ドアの向こうからガシャという食器が床に置かれる音が聞こえる。いつもの聞き慣れた音だ。
「・・・・・・。」
しばらくの無言が続く。足音が聞こえないところをみると、まだ母はドアの向こうにいる。早くあっち行って欲しいな。思ったとしても口には出していないので、それが伝わることはない。母は立ち去らなかった。
「・・・あ、あのね、みなみ」
遠慮がちに母が話し出す。
「・・・・。」
それを無言でわたしは聞く。
「昨日も持ってきた食べ物に一つも手をつけてなかったでしょ。食べないと体が保たないわよ。それに部屋に籠もりきりなのもよくないし・・・」
「・・・・・。」
「三日前のことが辛いのは分かるけどね、食べなきゃ駄目よ」
「・・・・・・・。」
何が分かるけど、だ。絶対母には理解できない。
そんなわたしの内心の苛立ちが伝わったのだろうか。急に母はしどろもどろになる。
「だ、だからね、今日の夕食はみなみの好きなカレーよ。しっかり食べなさい。あとで食器回収にくるから」
じゃあね、と言ったかと思うと足音がどんどん部屋から遠ざかってゆく。母はいなくなった。ほっ、とわたしは安堵の息を洩らす。この部屋にまた静寂が戻ってきた。・・・うん、やっぱり一人きりの方がいい。一人の方が落ち着く。人がいるのは、好きじゃない。騒がしいのは、もう嫌いになった。
わたしはまた腕を足に添え、体育座りをして顔を埋めさっきまでの体勢に戻る。こうすると、孤独感を味わうことができた。もう二度と会うことのできない彼に会うことができるような気がした。
自分の世界に入りこんでしまった。
瞼も耳も、心も閉じて見えないようにしてしまった。
だからわたしは、自分の背後に迫る影になど気づけるはずもなかった。