華たちの森で
銀座の夜は、華たちが咲き誇る。
美しく、色艶やかで、少しずつ人間から外れていく。
上司に連れられて入った店は、穏やかすぎるほど整っていた。
光は柔らかく、声は距離を保ち、笑いはどこにも触れないまま消えていく。
知らない世界だった。
私はその端に置かれた。
「これから必要になる。経験しておけ」
上司はそれだけ言って、すぐに別の誰かの中へ消えていった。
残された空間は切り取られた。
私を歓迎しているようでもあり、最初から存在しないものとして扱っているようでもあった。
そのとき、彼女が来た。
歩いてきたのではない。
もともとそこにあったものが、人の形をしていた。
「いらっしゃいませ。
そろそろお見えになる頃と思っていました」
声は近いのに、どこにも触れない。
私は、その空間の一部になっていった。
彼女はそれを見て、微かに笑った。
その笑みが私に向けられているのかどうかは、最後まで分からなかった。
ただ、私はその中に、最初から含まれていた気がした。
******
私は、銀座に通うようになった。
理由は後からいくらでも作れたが、どれも正しくなかった。
彼女という華を完成させるため、給料のほとんどがそこに消えていた。
生活は成立しているようで、どこか一つずつ欠けていった。
通帳の残高は、減るというより、最初から存在しなかったもののように薄れていった。
それでも私は行った。
行くたびに、彼女は美しくなった。
同じ距離で、同じ声で、同じ微笑みで、私を迎えた。
「おかえりなさい」という言葉だけが、少しずつ重さを増していった。
誰かが「ちゃんと食べているのか」と言った。
分からない。
だが私は止めなかった。
止める理由が、すでにどこにも残っていなかった。
むしろ減っていくことが、正しさのように思えた。
彼女に会うためには、これくらいの代償が必要だと、誰かに教え込まれているようだった。
******
数字は、もう底をついていた。
私は銀座にいた。
誰かに呼ばれているわけでもない。
夜になると、足がそちらへ向いた。
ある夜、店が見つからなかった。
正確には、そこに『店だったはずの箱』だけが残っていた。
私はしばらく立ち尽くしていた。
財布は、もう意味はない。
その事実だけが、やけに明瞭だった。
やはり夜になると、銀座へ向かった。
光は変わらず、同じ速さで流れている。
その中のどこかに、まだ彼女がいるような気がしていた。
******
雨の夜だった。
彼女を求め、いくつもの店を渡っていった。
そこには華たちがいた。
笑い、傾き、交わり、誰かを迎えている。
そのすべてが、私から遠かった。
見つけた。
だが私はもう、それを彼女とは呼ばなかった。
ただの形だった。
誰にでも向けられる微笑みの、最後の残像のようなものだった。
私は理解する。
最初から、私は何かを『買っていた』のではない。
ただ、自分の生活そのものを、少しずつ差し出していただけだった。
もう奪うしかなかった。
華たちの森は変わらない。
人の形をした光だけを増やしながら、何事もなかったように続いている。
私はまた、その入口に立っている。
警察官に、取り囲まれた。
森は、入れなかった。




