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華たちの森で

掲載日:2026/08/13




 銀座の夜は、華たちが咲き誇る。

 美しく、色艶やかで、少しずつ人間から外れていく。


 上司に連れられて入った店は、穏やかすぎるほど整っていた。

 光は柔らかく、声は距離を保ち、笑いはどこにも触れないまま消えていく。


 知らない世界だった。

 私はその端に置かれた。



「これから必要になる。経験しておけ」



 上司はそれだけ言って、すぐに別の誰かの中へ消えていった。


 残された空間は切り取られた。

 私を歓迎しているようでもあり、最初から存在しないものとして扱っているようでもあった。


 そのとき、彼女が来た。


 歩いてきたのではない。

 もともとそこにあったものが、人の形をしていた。



「いらっしゃいませ。

 そろそろお見えになる頃と思っていました」



 声は近いのに、どこにも触れない。

 私は、その空間の一部になっていった。


 彼女はそれを見て、微かに笑った。

 その笑みが私に向けられているのかどうかは、最後まで分からなかった。


 ただ、私はその中に、最初から含まれていた気がした。




 ******




 私は、銀座に通うようになった。

 理由は後からいくらでも作れたが、どれも正しくなかった。


 彼女という華を完成させるため、給料のほとんどがそこに消えていた。

 生活は成立しているようで、どこか一つずつ欠けていった。

 通帳の残高は、減るというより、最初から存在しなかったもののように薄れていった。


 それでも私は行った。

 行くたびに、彼女は美しくなった。


 同じ距離で、同じ声で、同じ微笑みで、私を迎えた。

 「おかえりなさい」という言葉だけが、少しずつ重さを増していった。


 誰かが「ちゃんと食べているのか」と言った。


 分からない。

 だが私は止めなかった。


 止める理由が、すでにどこにも残っていなかった。

 むしろ減っていくことが、正しさのように思えた。


 彼女に会うためには、これくらいの代償が必要だと、誰かに教え込まれているようだった。




 ******




 数字は、もう底をついていた。


 私は銀座にいた。

 誰かに呼ばれているわけでもない。

 夜になると、足がそちらへ向いた。


 ある夜、店が見つからなかった。

 正確には、そこに『店だったはずの箱』だけが残っていた。


 私はしばらく立ち尽くしていた。


 財布は、もう意味はない。

 その事実だけが、やけに明瞭だった。


 やはり夜になると、銀座へ向かった。


 光は変わらず、同じ速さで流れている。

 その中のどこかに、まだ彼女がいるような気がしていた。




 ******




 雨の夜だった。

 彼女を求め、いくつもの店を渡っていった。


 そこには華たちがいた。

 笑い、傾き、交わり、誰かを迎えている。


 そのすべてが、私から遠かった。


 見つけた。

 だが私はもう、それを彼女とは呼ばなかった。


 ただの形だった。

 誰にでも向けられる微笑みの、最後の残像のようなものだった。


 私は理解する。


 最初から、私は何かを『買っていた』のではない。

 ただ、自分の生活そのものを、少しずつ差し出していただけだった。


 もう奪うしかなかった。


 華たちの森は変わらない。

 人の形をした光だけを増やしながら、何事もなかったように続いている。


 私はまた、その入口に立っている。

 警察官に、取り囲まれた。


 森は、入れなかった。




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