研究成果を盗まれ婚約破棄された私を、冷徹な筆頭魔導師様が逃がさない。~「君こそが本物だ」と王衆の面前で溺愛されまして~
「アイリス、君との婚約は破棄させてもらう。あと、今日付で解雇だ」
王立魔導研究所、年に一度の成果発表会の控室。
きらびやかなパーティードレスが行き交う廊下の隅で、私は耳を疑う言葉を投げつけられていた。
目の前にいるのは、婚約者であり、私の所属する研究室の室長でもあるギルバート。
彼は私の手から、分厚い研究ファイルを乱暴にひったくった。
「そ、それは私の……ここ数年のデータが詰まった……!」
「黙れ。これは『俺』の研究だ。地味で華のないお前が発表したところで、誰も見向きもしないだろう? だから俺が代わりに発表してやる。感謝しろ」
ギルバートは鼻で笑い、私の隣にいた派手なドレスの女性の腰を抱いた。
新人の助手、ミレーヌだ。彼女は勝ち誇ったように私を見下ろしている。
「そういうことよ、アイリスさん。ギルバート様の助手は、優秀で華やかな私が務めるの。貴女みたいな根暗な女、この研究所には相応しくなくてよ」
「……っ」
悔しさで唇が震えた。
この研究は、魔力を持たない平民でも安全に生活魔法を使えるようにするための、『魔力循環理論』だ。
亡き父の遺志を継ぎ、睡眠時間を削って、指先を魔力焼けでボロボロにしながら組み上げた、私の血と汗の結晶。
それを、彼らは奪うというのか。
「さあ、もう行け。警備兵を呼ぶ前に消えるんだな」
ギルバートが手を振ると、会場へ繋がる重厚な扉が開く。
中からは拍手と歓声が聞こえてくる。これから彼は、私の理論を自分のものとして発表し、名声を得るのだろう。
言い返す言葉すら封じられ、私はよろめくように後退った。
誰も、信じてくれない。
研究所内での私の評価は「ギルバートの腰巾着」。彼がそう根回ししていたからだ。
今さら何を叫んでも、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
(……終わり、だわ)
溢れそうになる涙をこらえ、踵を返そうとした、その時だった。
「――ほう? 面白い話をしているな」
絶対零度を思わせる、低く、美しい声が空気を裂いた。
背筋が凍るような威圧感。
廊下の温度が一気に下がった錯覚さえ覚える。
カツ、カツ、と響く軍靴の音。
現れたのは、漆黒の礼服に身を包んだ長身の男だった。
銀糸のような髪に、鋭い紫紺の瞳。その美貌は人間離れしており、ただそこにいるだけで周囲を平伏させるような覇気を纏っている。
ギルバートの顔色が、一瞬で青ざめた。
「り、リュカオン……公爵閣下……!?」
国の最高戦力にして、王国の魔法技術を統べる筆頭魔導師。
氷の貴公子、リュカオン・ドラグノフ公爵。
私のような末端の研究員が、一生お目にかかることさえないはずの雲の上の存在だ。
リュカオン様は、ギルバートやミレーヌを一瞥もせず、真っ直ぐに私の前へと歩み寄った。
「え……?」
息を呑む私を、紫紺の瞳が覗き込む。
冷徹と噂されるその瞳の奥に、なぜか熱っぽい光が見えた気がした。
「見つけた」
彼は白手袋を嵌めた手で、私の頬をそっと撫でた。
まるで、壊れ物を扱うように。
「この美しい術式を組んだのは、君だろう?」
◆
「な……何を仰っているのですか、閣下!」
ギルバートが裏返った声で叫んだ。
焦りを隠すように、私の研究ファイルを背後に隠そうとする。
「その女はただの雑用係です! 魔力も微弱で、才能のかけらもない……その理論は、私が考案したもので――」
「黙れ」
たった一言。
それだけで、ギルバートは目に見えない重圧に押し潰されたように膝をついた。
リュカオン様は彼を見ようともしない。その視線は、ずっと私だけに固定されている。
「アイリス・フォレスター。王立アカデミーを首席で卒業し、専攻は魔導工学。在学中に発表した論文『触媒による魔力増幅』は、匿名だったが学会を騒然とさせたな」
「ど、どうしてそれを……」
それは学生時代の論文だ。ギルバートに「こんな生意気な論文、俺の名前で出しておいてやった」と言われ、揉み消されたはずの。
「ずっと探していたんだ。あの論文の筆跡と魔力構成の癖。君が組む術式には、特有の優しさがある。使い手への負担を極限まで減らそうとする、君のその気高き精神が」
リュカオン様の手が、私の腰に回る。
強引に、けれど甘く引き寄せられ、硬い胸板に顔が埋まる。
甘い香水と、清冽な魔力の香りが私を包み込んだ。
「あ、あの、公爵様……?」
「リュカオンでいい。……やっと捕まえた。もう二度と離さない」
耳元で囁かれた独占欲に満ちた言葉に、心臓が跳ねる。
彼は私を抱き寄せたまま、床に這いつくばるギルバートへと冷ややかな視線を向けた。
「おい、盗人」
「ひっ……!」
「そのファイルの中身、3ページ目の4行目。術式の展開コードを言ってみろ」
ギルバートが口をパクパクとさせた。
答えられるはずがない。そこは私が昨夜、徹夜で修正したばかりの箇所なのだから。
「え、えっと……それは、その……」
「答えられんのか。自分が書いたものならば、暗記していて当然だろう?」
リュカオン様は指先を軽く振った。
すると、ギルバートの手からファイルがふわりと浮き上がり、私の手元へと戻ってくる。
「これは彼女のものだ。そして、彼女の才能も、未来も、全て私が貰い受ける」
会場の扉が、完全に開け放たれた。
騒ぎを聞きつけた貴族たちや、高名な魔導師たちが廊下に溢れ出てくる。
その注目の中、リュカオン様は堂々と宣言した。
「聞け、愚か者ども。ここにいるアイリス嬢こそが、次期『筆頭魔導師補佐』であり――私の唯一の婚約者となる女性だ」
静寂。
そして、爆発するようなざわめき。
「なっ……!?」
「婚約者ぁ!?」
ギルバートとミレーヌが絶望に染まった顔で崩れ落ちる。
私は驚きのあまり言葉を失い、リュカオン様を見上げた。
彼は、これまで見たこともないほど優しく微笑み、私の手を取って口づけを落とす。
「君が必要だ、アイリス。君の研究を完成させるには、私の魔力がいるだろう? そして私の魔力を制御できるのは、君の理論だけだ」
「で、でも、私なんかが……」
「『なんか』ではない。君がいいんだ。……一目惚れだったと言えば、信じてくれるか?」
熱い視線に、頬がカッと熱くなる。
その日、王国の社交界は二つのニュースで持ちきりになった。
一つは、将来を嘱望されていた研究者ギルバートによる研究盗用の発覚と、研究所からの永久追放。
そしてもう一つは。
氷のように冷徹な筆頭魔導師様が、一人の女性を溺愛し、片時も離そうとしないという、甘い噂話だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「ざまぁスッキリした!」「公爵様の溺愛がもっと見たい!」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】から評価とブックマーク登録をしていただけると、執筆の励みになります!
(公爵様、このあと屋敷に連れ帰ってからが本番のようです……執着心が止まりません)




