第35話 弟子も実は心配
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気にしなくていいとは言われていたけど……資産を届ける以外、何もしなくていいだなんて。
(……師は、無理をし過ぎている)
賢者の地位をあっさりと辞退し、隠居生活をしたいとぼやいていたから……弟子総出でそこはうまく動くことは出来た。しかし、『賢者』という称号は魔法や魔導を極めた者だけを意味するものでなかったと、国の中枢どもは最近気づいたばかり。
己の意見をきちんと口にし、王の意向をうまく導くことも……そのひとつだったと、仮初の賢者を名乗ることとなった私では到底だめだ。屑どもに示唆することはできても、王侯貴族方にはまだまだうまいこと立ち回れない。
細君も得ず、のんびりと余生を送りたいというご希望は叶えたのだけれど……本当は、もう少し弟子の指導として、我々の近くには居てほしかった。いいや、それは……私たちのわがままだ。そのわがままが、師に大きな負担を与えてしまったのだから……身体のみならず、心も。
だからこそ、今は訪れてよい時ではない。
あの方に必要なのは、ゆったりとした時間を過ごすことだから。
(……でも、今は)
お茶を淹れても、美味しく感じない。
誰と語っても、無の表情が出てしまい、師のユーディアス様と比較されるばかり。比較されるのは仕方がないことだから、それは別にいい。もともと、人付き合いは苦手な方だから。
「……こんな、虚しい時間をあの方に負わせてしまったのか。『僕』らは」
弟子は他にも多くいるが、皆必死になってユーディアス様が離れた穴を埋めているだけ。その淋しさを埋めるような……まあ、一端の気の迷いもあったが『そういうこと』もしたりした。とはいえ、異性とではないそれをしたところで男娼を買うよりも有意義な時間を過ごせるかと言えば、微妙なところだ。
「……そろそろ。次の金を持っていく時期か」
ある程度、とユーディアス様はおっしゃっていたが。実際は相当な額で国家資産になりかねないからかなりの頻度で送らねばならないところを、僕やほかの弟子が交互に運んで保管してある。それだけ、ユーディアス様の魔法や魔導が素晴らしいことを意味するけれど、『本人』がいないとこんなにも淋しい気持ちになるのなら……せめて、直接会いにでも行こうかと、休暇がそろそろ近づいていたのを思い出したので、実行することにした。
公爵閣下の古い邸を下賜していただき、掃除とかは適度に自分でするからと使用人もいないというのは……到着してから、気づくくらいだったが女性の鼻歌が聞こえたので、誰か雇いでもしたのだろうか。
玄関側には遠い位置だったので、その歌頼りに向かうと師が愛らしい女性と掃除をしていた!?
仲睦まじい雰囲気から、なぜか嫉妬のような感情が浮かんだが……師の勝手に、介入してはいけないとここは挨拶することにした。
「師匠。ギルディスです。お久しぶりです」
「おや、ギル。久しぶりだね?」
「主さま? この殿方は??」
愛らしい口から鈴のようなころころした声が漏れたのだが、わずかに低い。
そこに気づき、もしや……彼女、いいや、『彼』は元は男娼だったのでは?と思ったけれど。ユーディアス様のあのように、穏やかな笑顔を向けてあげられるのであれば、不憫な育ちをしていたのかもしれない、と切り替えることにした。ユーディアス様の慈悲は、僕も含めて多くの弟子たちへ施してもらったのだから。
「僕の弟子で、今の賢者だよ」
「まあ、そうですの?」
「お恥ずかしながら。……そちらの」
「マリアーノ、とお呼びください。こう見えて、男ですが」
「……ああ、やはり。声で少し」
「ギルは観察眼が鋭いからね。すぐにわかってもらえて助かるよ」
どのような関係、と聞くのは野暮なので言わなかったが。マリアーノ殿からお茶でもと言われたのでユーディアス様とリビングで久しぶりに談笑をすることが出来てうれしいのが顔に出ていたのだろうか?
なかなかに、教養深い男性のようだ。口調は趣味なのだろうか? まさか、『年下設定』??
次回はまた明日〜




