波乱のコーヒー
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──波乱のコーヒー
俺と高雄さんはバスケ部にいる阿賀野の監視を終えた。
そのとき時間は丁度夕暮れどきであった。
「今日、付き合ってくれて改めて礼を言う。しかし、ここまで付き合ってくれたのだから、せめてコーヒーでも奢らせてくれ」
「そんな気にしなくていいのに」
と言いながらも、コーヒーを奢ってくれるのならば嬉しいと思う現金な俺であった。
俺たちは学校の中央付近の自販機がある中庭まで向かい、高雄さんは冷たいアイスコーヒーを2つ出す。そして、一方を俺の方に渡してくれた。
「どうぞ」
「どうも」
俺たちは短くそう言葉を交わし、ベンチに一緒に腰かけるとコーヒーを開けてぐいと飲む。冷たいコーヒーは蒸し暑いこの時期にありがたい限りだ。
「そう言えば羽黒さんて中学時代も今と変わらない感じだった?」
「ああ。あまり変わらないな。どこまでも元気で、明るくて、みんなを引っ張っていくタイプの、そういう人間だった。少し強引なところや、思い込みが激しいところなんかもあったが」
「それは今もだな」
あの人、昔からあんな感じの暴走ガールだったのか。
「けど、あたしにとって凛は一番の友人だ。昔も、今も……」
本当に高雄さんにとって羽黒さんは大事な友人なのだろう。そのことは彼女の思いにふける横顔を見ただけで分かった。
「東雲君はこれまで誰かを好きになったことはあるか?」
「え? 俺?」
「ああ。あたしの話をしたんだ。今度はそっちが話してくれ」
ううむ。難しい話だ。
「一応いるにはいるけど、実らない恋だったから。話すのは……」
「いつのことだ?」
「中学」
中学時代に好きな子がいた。告白までした。けど、あっさりフラれました!
「そうか。あたしは凛を見ていると恋をするのは、とても楽しそうなことのように思えるんだ。誰かを好きになって、その人に夢中になるのは……楽しそうだ」
「そう? 高雄さんは好きな人いないの?」
「今はまだ。けど、いつか絶対に恋をしたい。誰かを好きになりたい。フラれてもいい。恋というものを経験できたのならば」
何というか。あの羽黒さんの友達とは思えないほどのロマンチストだ。顔がいい女が、心まで純粋なロマンチストとかモテる要素しかなくない? 反則過ぎない?
けど、話を聞いていると俺まで恋したくなってくる不思議な感覚。さっきまで恋愛絡みのトラブルはごめんだから、今は恋などいいって思ってたのに。
「恋に恋する乙女って感じっすね」
正直な感想を言うのは恥ずかしかったので、俺はそういって肩をすくめた。
「恋に恋するか。言い得て妙だな。今のあたしはまさにそんな感じだ」
「それ、相手を慎重に選ばないと恋そのものを後悔するぜ」
「ふふっ。そうだな。そういう心配してくれるところは好きだぞ、東雲君」
そう笑みを浮かべる高雄さんは本当に美人で、思わず見惚れてしまった。
いやいやいや。やめるんだ、東雲。さっき見ただろ。この人、浮気判定センサーの閾値がバグってるんだぞ。きっとこの人と付き合ったら、24時間365日ちょっと女の子と話しただけでも浮気を疑われちまうぞ。
うん。絶対に束縛強い系の女子だよな。顔に騙されて付き合ったら地獄ぞ。
「……あたしの顔をじっと見てどうした?」
「ナンデモナイデスヨ」
ちょっと失礼なこと考えてました!
「安心しろ。お前にいきなり付き合ってくれというほど短絡的じゃない」
「それは別に心配してないです」
高雄さんが悪戯げに笑い、俺も苦笑していたときだ。
「あー! 東雲君!」
ここで聞きなれた元気な声が。
「羽黒さん。入部届出してきたの?」
「うん。部室に行っても東雲君いなかったから探したんだよ? けど、咲奈と一緒だったんだね」
そう言って自然と俺の隣に座る羽黒さん。
うお。期せずして両手に花だ。もっとも見てくれがいいだけの残念な花だが。
「で、東雲君。咲奈と何を話してたの?」
「んー。人生ついて深く……」
「うっそだー!」
「嘘じゃないです」
恋愛と青春ってまさに人生だろ?
「ねえねえ、咲奈。東雲君と何話してたのー?」
「そうだな。まあ、やはり人生について……」
「え? 本当に人生について話してたの……?」
高雄さんも俺に話を合わせるのに羽黒さんは思わず真顔になっていた。
「そうそう。人生の話とは関係ないけどね。文芸部で古鷹さん、すっごくお洒落になってたじゃん。あれって誰かに恋したに間違いないって思うんだよ。東雲君、心当たりはないの?」
「一切ない。だが、良き友人としてまともな相手であることを祈る」
少なくとも阿賀野みたいなノンデリボーイじゃないことを祈る。
というか、羽黒さんは人の恋愛を心配している場合か。そっちはまさに破局しかかっている状況だろ。
「おっと。話をしていたら……」
羽黒さんが校舎の方を見るとそこから現れたのは古鷹だ。イメチェンした古鷹だ。
「しののめっち」
何やら真剣な表情の古鷹。
しかし、こいつ、あの野暮ったい眼鏡を外しただけでもかなり印象が変わるな……。改めて見るとそれなりに可愛いというか……。
「どうした、古鷹?」
「頼みがあるんだけど、いい……?」
古鷹は俺の両隣りに座る羽黒さんと高雄さんを見てそう尋ねる。
「何だよ。えらく改まって。ある程度のことならば東雲さんはオーケーですが」
「こ、今度、文芸部で使う本を買いたいから本屋まで付き合って!」
そう随分と大げさに古鷹はそう言った。
「別にいいけど。何なら、今から行くか?」
「そ、そうじゃなくて! それじゃちがくて! その……時間をかけてじっくり選びたいから……」
「うーん。じゃあ、今週末ショッピングモールのデカい本屋で?」
「そ、そう、そこで1日ぐらい付き合ってほしいんだよ!」
珍しいな。こいつがこういう頼み事するの。
と、ここで突如爆弾が投下された。
「ひょっとして、それってデート?」
いきなりそんなことを言ったのは羽黒さんである。
ぎょっとする高雄さん。顔を真っ赤にする古鷹。大混乱する俺!
「デ、デートなのか? そうなのか、古鷹?」
「全然違うし! デートじゃないし! ただ買いものに付き合ってほしいだけだし! なんでデートになるのさ!」
「そ、そうか。すまん、古鷹」
そうだよな。ワンチャンあるかなと思った俺の愚かな思い上がりでした……。
「ねえねえ。デートじゃないなら私も一緒に行っていい? 長良部長とか伊吹ちゃんも誘ってさ。私の入部記念にお祝いしよ!」
この女、自分の入部を祝えとか言い出したぞ。なかなか面の皮が厚いな?
「まあ、せっかくだしみんなで行くのもいいかもな。どうよ、古鷹?」
「べ、別にいいけど……」
「オーケー。なら、決まりだな。長良先輩には俺から話しておくから、伊吹にはそっちから伝えてくれ」
「りょーかい……」
どこか古鷹ががっかりしているかのように見えたか、気のせいか?
まあ、万が一、そうチンパンジーがランダムにタイプした内容がシェイクスピアの『ハムレット』になるぐらいの確率でデートだとしても、普通こんな公衆の面前で言いださないだろ。
言いださないよな……?
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