アナザー一軍女子
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──アナザー一軍女子
それが起きたのは翌日のことだ。
昨日の朝のように教室に入ると羽黒さんがいて、微笑んでおれに手を振る。俺も昨日よりは気楽に手を振り返す。
しかし、それが恐らくは原因だったのだろう。
「東雲君、だったな?」
「え?」
俺の席の前に立つのはすらりとした美人系の女子。校則の範囲内でばりばりにお洒落している女子だ。
この人とはまるで接点がないのでうろ覚えだが、確か羽黒さん同様に一軍女子の高雄さんだ。下の名前まで覚えてないぐらいにはうろ覚えである。
「ちょっと来い」
「は、はい」
有無を言わせぬ口調で言われるのに俺は高雄さんについていく。
そして連れていかれた先は体育科の方。
まさか! 体育館裏に阿賀野が待っていて『俺の女によくも手を出してくれたな?』って感じになるんじゃ……!?
「あの、用事ってなに……?」
「お前、凛が伊織と付き合ってるの知ってるよな?」
「まあ、それは一応」
「じゃあ、どうして凛と付き合ってるような真似している?」
げえ! やはりそれ絡みかよ!
「あいつに本気になってるならやめろ。あいつはずっと伊織が好きで頑張ってきたんだから。お前が昨日みたいに凛の周りをうろついてるせいで、凛が伊織に振られたりするのはみたくない……!」
睨み殺さんばかりに俺の方を見る高雄さん。美人が怖い顔しているのは、普通の怖い顔の2.5倍くらい心に来る。なお当社比で個人差があります。
「待て待て! 俺を泥棒猫みたいに言うが、俺にも言い分はあるぞ!」
「ふん? なら、言うがいい」
まだ睨むように俺を見る高雄さんに、俺は事情を話すことにした。
「まず俺と羽黒さんに接点ができたのは────」
デートをすっぽかされた当日に俺が偶然居合わせたこと。そこで映画を一緒に見ることになったこと。そして重要なのは匂わせは羽黒さん主導で行われていたということ。俺は渋々付き合っているだけだということ。
「じゃあ、お前好きでもない女のために、わざわざ……?」
「そうなる」
唐揚げ一個で付き合うにはヘビィすぎる仕事だぜ。やれやれ。
「そうか……。悪かった! 変なこと言ってしまって! あたし、凛とは中学からの友達だから。あいつのこと応援したくて……」
「頭下げなくていいから。分かってもらえたなら別に気にしてない」
ぐっと頭を下げて謝罪する高雄さんに俺はそう苦笑して返す。
「しかし、まさか凛がそういう作戦に出るとはな……。あいつらしいと言えばらしいのかもしれないが……」
「羽黒さんらしいんですか、あれ」
「ああ。あいつ、大事な人にこそ本音で喋れなくなるんだ。大事な相手を傷つけないようにって……」
じゃあ、ばりばり本音をぶつけられていると思しき俺は羽黒さんにとってさほど大事ではないのか……。羽黒さんへの好感度がちょっと下がった。
「遠慮するな。もっと言ってやれって思うんだがな。日曜のデートの件だって、本当は滅茶苦茶に伊織を責めるべきなんだ。そう思わないか?」
「滅茶苦茶思うっすね。正直、あれはない」
「だろ? あたしも伊織が最近何考えてるのか分からない。別に付き合ってる女子がいるとは聞いてないけれど、もしかしたら……」
「浮気?」
「かもしれない」
悩みに悩んだ様子で高雄さんはそう言った。
やべーぞ。また修羅場が繰り広げられてしまう。
「まだ根拠も何もない話だ。下手に疑うのも伊織に悪い」
しかし、高雄さんの表情は、どうにも浮気をうたがっているそれであった。
「そのことは羽黒さんには話したの?」
「まさか。証拠もないのにそんなことが言えるか」
そう言った高雄さんが少しはっとした表情を浮かべる。
おい。まさか……。
「お前、凛の恋を応援してるんだよな?」
「いやあ。しているような、していないような……」
「何を言ってるんだ。あそこまで協力しているんだ。してるんだろ。なら、ちょっと手伝ってくれ。伊織を調べたい」
やっぱりこういうことになるのかよ! 予想してたけど!
「ぐ、具体的に何をするので?」
「うむ。放課後、また会おう。あいつ、最近バスケ部の助っ人やっているらしいんだが、それがどうにも怪しい気がするんだ」
「バスケ部が怪しい?」
「最近、可愛いマネージャーが入ったとかでな」
「もし、浮気していてたら?」
「それは決まっているだろう。付き合って2ヶ月で浮気するようなふざけた男とは別れるべきだ。凛にそう言う」
うへえ。この人、まるで羽黒さんの番犬みたいだな。雰囲気がシェパード系。
「俺に拒否権は?」
「ない」
俺、もう一軍の人と付き合うの嫌。どいつもこいつも強引すぎる。
「頼む。事情を知っているお前ぐらいしか頼める相手はいないんだ」
「頭下げるなって」
またしても頭を下げる高雄さんに俺はため息。
「しかし、阿賀野が浮気してても、してなくても高雄さんに直接関係することでもないのに。そこまで仲いいの、羽黒さんと?」
「ああ。一番の親友だ。ほら、これ見てみろ」
そう言って高雄さんがスマホの画面を見せる。
スマホには今とあまり変わらない羽黒さんと全く知らぬ地味な女子が。三つ編みにぶかぶかのセーラー服で絵にかいたようなお洒落を知らない田舎の女子中学生って感じの人だ。今のご時世、ヤンバルクイナより希少そうな人。
しかし、だれ?
「こっちの女子は?」
「あたしだ」
「嘘!?」
この地味子が高雄さん!?
「昔のあたしはこんなだったんだ。そのせいでちょっといじめられていたし、自分が好きになれなかった。しかし、凛はそんな私と友達になってくれて、化粧とか、流行りの服の調べ方とか教えてくれてな……」
「へえ。それはまた」
「今のあたしが自分を好きになれているのは、凛のおかげだ」
だからこそ、と高雄さんが続ける。
「今度はあたしが凜を助けたい」
高雄さんがそうはっきり告げるのに、俺は心を動かされた。
友人のために頑張るわけか。見た目によらず熱い女だ、高雄さん!
「分かった。そこまで言うならば俺も男を見せよう!」
「おお。本当か。助かる、東雲君」
これも青春って感じだしな。平均的なそれかは分からないけれども。
「では、放課後に」
「了解」
そう約束を交わして俺たちは再び教室に戻った。
高雄さんと一緒に教室に入ってから、自分の席に着くとすぐに天竜がやってきた。
「おう、東雲。高雄さんとどこ行ってたん? もしかして付き合ってんの?」
「そうやってちょっと男女が一緒に行動したからって、付き合っていると想像するのは下半身に思考を頼りすぎだぜ?」
「冗談だよ。しかし、最近お前一軍の女子を仲いいよな。昨日、花音ちゃんがお前と羽黒さんが一緒に帰ってるの見たって言ってたぞ」
「た、たまたまだよ、たまたま」
「ふうん?」
おっとー。やべえ。これからは気を付けないと。俺はあくまで代用品だから見つかるわけにはいかないのだ。
じゃないと、本当に羽黒さんの方が浮気を疑われてしまう。俺のせいで破局、なんてことになったら高雄さんに噛み殺されかねん。
「ところで、高雄さんの下の名前って知ってる?」
「咲奈さん」
高雄咲奈さんと。これからは忘れることはないだろう……多分。
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