それでも
──それでも
俺は羽黒さんを追って走った。
雨は土砂降りで、全身既にびしょ濡れだ。それでも俺は走った。
その理由は羽黒さんが好きだからとか、そういうことじゃない。このことには俺に責任があるからだ。
謝りたかった。告白を急かしたことを。
俺は羽黒さんのあとを追う。途中から羽黒さんの姿は雨のせいでよく見えなくなっていたけれど、それでも俺は勘であとを追った。
そして────。
「羽黒さん!」
羽黒さんが学校の中庭にある渡り廊下で佇んでいるのを見つけた。
「あははは……。東雲君、私、フラれちゃったよ……」
羽黒さんは力なく笑ってそう言う。
「そのことで謝りたい。告白を急かすような真似をしてごめん!」
俺はそう言って羽黒さんに頭を下げた。
「……東雲君のせいじゃないよ。伊織もずっと友達だって思ってた言っていたし、私が勘違いしてただけで……」
「それでも今告白しなければ別の可能性があったかもしれない」
「……東雲君って本当にいいやつだよね。君がそんなに責任を感じる必要なんて、どこにもないのにさ」
羽黒さんはそう言って小さく笑う。
「けどね。これは私の恋だったんだ。その結果がどうあれ私が望んだことだったんだよ。だから、東雲君が謝らないで! こっちが申し訳なくなってくるよ!」
「そ、そうか。ごめん」
「だから、謝らないでって!」
羽黒さんにそう言われて、俺は頭を下げるのを止めた。
「でもさ。申し訳なく思ってくれるなら、ひとつ付き合ってくれる?」
「何に付き合えばいい?」
「これからちょっと遊びに行こう!」
え? これから遊びに?
「俺たちびしょ濡れなんだけど……」
「いいから、いいから! 少し歩くことになるけど、すぐ着くし!」
俺は羽黒さんにそう言いきられて、彼女と出かけることになった。
そう言って俺たちが向かった先は、かつて俺と羽黒さんで映画を観たショッピングモールである。そこに俺たちは遊びに来た。
「まさか今から映画……?」
「まさか。ちょっと懐かしさに浸るだけだよ」
そう言うと羽黒さんはコーヒーチェーン店に入った。
「ねえ、東雲君。覚えてる? 私がここで伊織に約束すっぽかされて、怒ってたこと」
「……ああ」
もう3ヶ月ほど前の話だが、まだ覚えている。
羽黒さんとはここで接点が生まれたのだ。彼女がすっぽかされたデート──だと思っていたものに付き合わされてから。
「あのときはごめんね。無理やり付き合わせちゃってさ。でも、嬉しかったんだよ。東雲君が付き合ってくれてさ。あのときは本当に伊織が来なくてショックだったし、誰もいなかったら泣いちゃってたと思うから」
「それは大げさな……」
「大げさじゃないよ。本当にそうだったんだから」
羽黒さんはそういって続ける。
「……ずっと伊織と付きあっているつもりだったんだけど、そう思ってたのは私だけだったんだよね。何だかそう思うとこれまでの楽しかった思い出が、あまり楽しくなくなって来ちゃうな……」
そう呟く羽黒さんに俺はどう声をかけていいのか、一瞬分からなくなった。
「けど、東雲君たちとの思い出は今も楽しいよ。文芸部でのこととかさ。ここで入部祝いをしたり、みんなで長良部長の実家に泊まりに行ったり、楽しかったよね!」
「ああ。間違いなくそれは楽しかった!」
俺たちの中でもいい思い出だ。文芸部で過ごした夏は、楽しいものだった。
「うんうん。楽しい思い出だってあった。それにまだ私の青春は終わってない!」
羽黒さんはそう宣言。
「失恋したなら新しい恋をしないとね。まだまだ青春は続いているんだから、ここで落ち込んでなんていられないよ」
「……本当に大丈夫か?」
何だか羽黒さんは無理をしていつもの調子を保っているかのように思えた。カラ元気とかそういう感じだ。
「……大丈夫じゃない。やっぱりショックだよ……。けどね、ただ落ち込んでいたら、どんどん下に下に落ち込むだけだからね」
「今だけは無理しなくていいんだぞ」
俺はそう言って羽黒さんをじっと見た。
「なら、ごめん。ちょっと泣く……」
それから羽黒さんは嗚咽を漏らし始め、それから号泣したのだった。
俺はそんな羽黒さんと一緒にいた。それぐらいしか俺にできることはないから。
* * * *
それから羽黒さんはようやく泣き止んだ。
「はあ。泣いたらすっきりした! ありがとう、東雲君!」
羽黒さんはそう言って赤くなった目をこすりながら笑みを浮かべる。
「気が晴れたなら何よりだ。これからも相談には乗るぜ。流石にもう匂わせとかには付き合えないけどな」
「へへっ。私も失恋を経験してひとつ大人になったから、単純な作戦にはもう頼らないよ。これからは大人の恋愛をするんだ」
大人の恋愛、か……。羽黒さんにそれができるのだろうか…………。
「今日はありがとうね。やっぱりいいやつだよ、君は」
「ありがと。俺もどこか責任を感じてたからさ」
「だから、東雲君は何も悪くないって」
俺がまだ残る罪悪感を告げるのに羽黒さんはぶんぶんと首を横に振る。
「東雲君は結局まだ好きな人はいないの?」
「俺? いないけど……」
「なら、私と付き合う?」
俺はいきなりそう言われて飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「ちょ! 何言っているんだよ!」
「あはは! 冗談、冗談」
「全く……」
俺は笑えない冗談言いやがってと、じろっと羽黒さんの方を見るが、よく見ると羽黒さんはどこか真面目な表情で……。
「……東雲君、本当にいいやつだからさ。きっと東雲君が好きな子はいると思うよ。君は自分がモテないって思ってるみたいだけど」
「……かもな」
「へへへっ。これから私も惚れちゃうかもしれないぞ~」
「はいはい」
俺は羽黒さんの冗談を聞き流し、コーヒーを飲み干した。
「じゃあ、そろそろ解散するか? 雨も止んできたみたいだし」
「そうだね。そろそろ帰ろう」
俺がそう言い、羽黒さんも立ち上がる。
それから俺たちは駅まで向かい、そこで羽黒さんに別れを告げる。
「それじゃーね、東雲君! また明日ー!」
「ああ。また明日、羽黒さん」
羽黒さんはぶんぶんと手を振り、俺たちは分かれた。
「はくちっ!」
しかし、雨で塗れたままクーラーがガンガン効いたショッピングモールにいたせいで、ちょっと冷えちまったぜ。
けど、羽黒さんは元気になってたみたいだし、これで風邪を引いても甘んじて受け入れよう。俺が風邪をひくくらいで羽黒さんが元気になってくれるならば、安物だってところさ!
「へくちっ!」
やべ。割とマジで風邪ひいたかも……。
……………………
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