告白狂騒曲
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──告白狂騒曲
俺はいつもの屋上に繋がる踊り場で羽黒さんと落ち合った。
「東雲君。大事な用事って何?」
きょとんとした様子で羽黒さんが尋ねる。
「匂わせがバレそうになってる。羽黒さんが伊織に振られて、俺と付き合っているって噂を聞いたんだ」
「ええっ!? ほ、本当に……?」
「マジで」
羽黒さんがうろたえるのに俺がそう言う。
今思えばこれまでバレてない方が異常だったんだろう。
「ど、どうしよう……?」
「羽黒さんがやるべきことはひとつだ。伊織に告って正式に付き合え!」
もういい加減にそうしなければならんぞ!
「そ、そうだね。告白しないと…………。でも、やっぱり不安だよ~!」
「伊織に別に嫌われているわけじゃないだろ? あれだけ仲良くやってたんだしさ。いいから告っちまえよ!」
俺は羽黒さんにそう訴える。
羽黒さんは友達以上、恋人未満な関係で起きるイベントをコンプしたかったようだが、それでは伊織の方が飽きちまうぜ。
「分かってんだよ。そうしなければいけないってことは。でも、告白してフラれたらどうしよう……。伊織と疎遠になるのはやだよ……」
「伊織なら別に告ってきても友達でいてくれるさ」
あいつ、いいやつそうだし。
「な、なら、告白をせめてドラマチックにできないかな?」
「……と言いますと?」
「こう、ビルのライトがハートの形になるところで告白とか」
「そんなことできる資金はお持ちで?」
「……ひ~ん」
ドラマじゃねーんだからさ。ドラマチックとか言ってないで普通に告ってくれ。
「そうだ! ラブレター! ラブレターを送るのはいい?」
「付き合ってくださいってラブレターで伝えるの?」
「いやいや。告白は口で言うよ。ラブレターは伝えたいことがあるから、告白する場所まで来てって書いておくの。どう?」
「いいんじゃないすか。自由にしてくだされ」
俺に許可とるような話でもないし。
「じゃあ、可愛い便箋を買いに行かないとね! それからそれから……」
「ちょいちょいちょい待ち。ラブレター準備するのにどれだけ時間かけるつもりだ? 急がないと変な噂が流れたままだぞ」
「それは分かってるけど、一生の思い出になるわけだしさ……」
「今あるのでどうにかしなさい」
「ええー……」
嫌がる羽黒さんだが、ここは心を鬼にして言わねば。変な噂が流れて困るのは、俺よりも羽黒さんの方なのだから。
「じゃあ、告白する場所! それはこだわりたい!」
「……具体的にどんな風に?」
「雪が降る日にクリスマスツリーの下で、ロマンティックに……」
「今、9月やぞ」
早く告れと言ってるのに12月まで引き延ばす気か。
「9月って特にこれと言って何もないから告白しにくいよ~……」
「結婚するわけじゃないんだから普通に告ればいいだろ? 体育館裏でも、公園でも、映画館でもいいけど、なるべく早く。できれば今日!」
「きょ、今日!? それはいくら何でも急すぎるよぉ……」
「一日でも早く告れば、一日でも長く伊織の彼女でいられるんだぞ?」
「なるほど! そういう考え方もありだね!」
ようやく告白に前向きになった羽黒さん。
「じゃあ、今日告白するね! 応援してて!」
「します、します」
というか、あんたの恋に巻き込まれて俺はえらい目に遭ったんだからな。今さらフラれたりする方が困るぜ。
* * * *
その日の放課後、羽黒さんからメッセージが来た。
『今から告るけど心配だからついてきて!』
…………いや、告白ぐらいひとりでやってくれよ。
そう思いながらも乗りかかった船なので、俺は羽黒さんに指定された公園に向かった。公園には学校からほど近い場所にあり、あまり利用者のいない場所だ。
しかし、今日は雲がかかっていて、あいにくの曇り空。おまけに湿度も高く、今日はこのまま雨でも降りそうだな……。
「東雲君!」
「羽黒さん」
俺が公園に入ると羽黒さんがぶんぶんと手を振ってやってきた。
「伊織は? ラブレターは出せた?」
「ラブレターは結局止めちゃった。代わりにチャットでここに来てもらうようにしてるよ。どきどきするよね。本当に今から伊織に告白するわけだし」
「そうだね」
よーやくである。これまでの疑念がついに晴らされるときが来たのだ。
これでもう俺もトンチキな恋愛作戦に付き合わずに済むというもの。恐らく伊織的にも羽黒さんへの好感度は高いだろうし、フラれるようなことはあるまい。
「で、俺はどこにいればいいの?」
「そうだね。あのトイレの陰から見守ってて!」
「はいはい」
俺は指定された場所から羽黒さんが告白するのを見届けることに。
「凛! 用事って?」
それから暫くして伊織が姿を見せた。いつもの爽やかイケメンフェイスだ。
「あ、あ、あのさ。私たちまだ大事なことを済ませてないって思ってね!」
「……大事なこと?」
「分からないかな……?」
「すまん。分からん」
羽黒さんが言うのに伊織が困った表情を浮かべる。本当に悪意のない表情だ。
「私たち、その、こ、告白がまだだったよね? だ、だから、ここで言うね! 言うね! 伊織、好きだから恋人として付き合って!」
羽黒さんはよほど恥ずかしかったのか凄い早口でそう言った。
伊織は呆気にとらている。ぽかんとした表情だ。
「ああ。そういうことだったのか…………」
そして、ようやく伊織は物事を飲み込んだ表情を浮かべた。
「悪い、凛。ずっとお前のことは友達だと思ってたし、今も友達だと思ってる。友達としていいやつだって。だから、すまない。恋人として付き合うのは……」
伊織は本当に申し訳なさそうにそう言ったのだった。
やっぱりか……。付き合っているにしては不可思議な点が多くて疑問だったが、やはり伊織はずっと羽黒さんのことを友達だと思ってたんだな……。
しかし、フラれるのは完全に予想外だ。俺は絶対告れば成功すると思ってた。だから、羽黒さんに告白を急かしたのだが……。
クソ。俺のせいか? 俺のせいでもあるのか?
「大丈夫! 全然気にしてないよ。ただちょっとだけ残念だったなって……」
「凛……」
「私、もう行くね」
そう言って羽黒さんは公園から駆け出した。
伊織は目をつぶって首を横に振ると羽黒さんとは別の方向に立ち去る。羽黒さんのあとを追えば余計に彼女を傷つけてしまうと分かっているからだろう。ノンデリどころか、ひとの心が本当に分かっているやつじゃん。
むしろ、ノンデリボーイなのは俺だったわ……。もうちょっと羽黒さんに余裕を与えていれば、結果は変わったかもしれないのに。
「このままにはしておけない」
俺はそう思って羽黒さんを追って公園を出た。
そのとき丁度雨が降り始め、ぼつぽつと小さく雨粒が滴ると、すぐにざあざあ降りの大雨へと移行した。その雨の中を俺は羽黒さんを追って走ったのだった。
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