後悔先に立たず
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──後悔先に立たず
夏休みはあっという間に終わり、始業式の日が訪れた。
本当に夏休みって一瞬で終わるよな…………。
だけど、今年の夏休みは満喫できたぜ。本当に。
「しののめっち。おはよう!」
「おう、古鷹。ここで会うなんて珍しいな?」
古鷹が朝の昇降口で声をかけてくるのに、俺はそう応じる。
古鷹とはもっぱら昼休みか放課後に会うぐらいで、朝から会うことはほとんどなかった。古鷹は自転車通学ということもあるだろうが。
「そう言えば榛名先生からのチャット読んだ?」
「部誌ができたらしいな。放課後、見に行こうぜ」
「おうとも!」
俺は別のクラスである古鷹と分かれ、教室へと向かう。
「よう、東雲。夏休み、終わっちまったな」
教室では天竜が話しかけてくる。
「夏休みはどうだった? 花音ちゃんと甘酸っぱい思い出作れたか?」
「一緒に夏祭りに行ったぜ~。いいだろ?」
「俺も文芸部で夏祭りに行ったし! 羨ましくないし!」
「マジか。羽黒さんたちと?」
天竜が驚いたようにそう尋ねる。
「おうよ」
「それで何かあったのか?」
「え? な、何かって何だ?」
「俺に言わせるなよ。分かるだろ?」
くそう。分かるのだが……。あの古鷹との話は話していいものなのだろうか……。
「……俺のこと好きだと思ってた子に『友達でいよう』って言われた……」
俺は古鷹とは明言せず、そう告げた。
「それはまた……。残念だったな……」
「なあ、告白されたから友達やめるってことあるのか?」
「まあ、告白で振ったあとだと一緒に過ごすのは気まずくなるだろうしな。それに相手が抱いているのが友情じゃないって思うとやりづらい感じ。あるかもしれないぞ」
「そうか……」
古鷹には友情を壊さないために、告白はしないという感じだった。俺があのとき、もし何かあっても俺たちは絶対に友達だぞと言えていれば、今の状況は変わったりしたのだろうか……?
今さら考えてもしょうがないことだが……。
「もしかして、そういう理由で振られたん?」
「ああ。まさにそんな理由でうやむやになった……」
「確かに友達がレベルアップして恋人になるわけじゃないからな。友達と恋人は全く別系統の人間関係だ。お前はその子が滅茶苦茶好きだったわけ?」
「どちらかというと向こうが好意を示していてくれたんだが、俺が土壇場で日和ったせいなのかなぁ……」
「後悔先に立たずっていうから、仕方ないさ。次に活かせ」
「次があればな」
女の子にあそこまで好意を寄せられることは、もう一生涯ない気がするのです。
* * * *
その日の放課後のことである。
俺たちは無事に完成した部誌を拝むことになった。
「はい。これが完成した部誌ですよ。ひとり1冊ありますからね」
そう言って榛名先生から部誌が手渡される。
「おおー! 本になってるよー!」
「そうだな。本になっているのを見ると達成感がある」
羽黒さんが大喜びで部誌を開き、俺たちも部誌を感慨深く眺めた。
「一番長いのは部長の作品だね。『転生君主の失敗国家立て直し戦記』と。これってWebでも連載しているですか?」
「してるよ、同志古鷹。なかなかに評判がいいんだ」
「で、エタらなそうですか?」
「……それは何とも言えない」
長良部長の書いた作品は現代人が異世界の王様になって、経済や安全保障、そして政治を立て直すという話だった。
読んでいて凄くワクワクする展開があり、実に面白かったのだが、部誌に掲載されているのもWeb連載版も、立て直しが終わりかかったときに戦争が起き、これからというところで切れている。
……このままエタられると凄く続きが気になるのだが……。
「そう言えば伊吹さんが何書いたのか、まだ見てないよね。読まなきゃ!」
「あ! こ、ここで読むな……!」
伊吹の抗議をよそに羽黒さんが部誌を開き、俺たちも伊吹の書いたものを読む。
「『無愛想な公爵閣下に嫁いだ私の日記』……。恋愛もの?」
「みたいだな」
伊吹が顔を真っ赤にするのをよそに俺たちは伊吹の小説を読んでいく。
「へえ! 最初は全然好感度がなかった人が、ヒロインにほだされてどんどんラブラブになっていく話なんだ! 凄く面白いよ、伊吹さん! 何というか、ラブラブになっていく過程が凄く満足感ある!」
「なるほど。男のツンデレか……。最近だと女性向け作品で見かけるようになったけど、悪くないな……」
羽黒さんと俺はそれぞれ伊吹の小説をレビュー。
「ほ、本当か? な、内心で馬鹿にしたりしてないか?」
「してない、してない。純粋に面白いって。これだけ書けてれば別に隠さなくてもよかったのに」
「そ、そうか……」
俺の言葉に伊吹はそう言ってはにかむように笑った。
「羽黒さんの作品も面白いね。掴みがいい感じだよ」
「でしょ、でしょ! 自分でも面白いなぁって思ってたもん!」
古鷹が羽黒さんの作品を褒めるのに羽黒さんがどやっとする。
この羽黒さんの謎の自信を1%でいいから伊吹に分けてやりたい。
「さて、これで部誌は完成だね。引き続き文化祭に向けて準備していくとしよう」
「おー!」
長良部長がそう言い、俺たちは意気込みを新たにした。
* * * *
それは部誌ができた次の日のことである。
教室には羽黒さんがおらず、高雄さんもいなかったときだ。
俺はそこであることを耳にしてしまった。
「伊織、凛と付き合ってないらしいよ」
「ええー? 本当なの?」
クラスの女子がそう噂するのを。
「だってさ。何度もデートすっぽかされているみたいだし、凛も伊織を諦めて別の男子と付き合っているみたいなこと言ってるしさ」
「そーなんだ。割と仲がいいと思ってたのになぁ」
「伊織に振られるなんて。凛、可哀そうだよね」
え……? そういう風な受け止め方になってるのか……?
これはちょっと不味くないか。羽黒さんと伊織の関係はともかく、別の男子と付き合ってるってそれって…………。
「でも、誰と付き合っているんだろうね?」
「文芸部に最近出入りしてるみたいだけど」
「文芸部? あそこ女子ばっかりじゃなかったっけ?」
「男子もいるらいしよ」
やべえ。本格的にやべえ。
これまでの匂わせの件が女子たちにバレ始めてきている。このままだと俺にとっても羽黒さんにとっても不本意な結末になってしまう!
俺は現状を打開せねばならぬと決意して、スマホから羽黒さんに連絡を取る。
『羽黒さん。話があるから昼休みにいつもの場所で』
『了解~。いつもの場所でね~』
どうにかしなければならないが、方法はひとつしかない。そう、羽黒さんが伊織に正式に告白して、お付き合いを明確にすることだ。
だが、本命には臆病な羽黒さんは果たして動いてくれるだろうか……。
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