夏休みのバカンス
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──夏休みのバカンス
あれから長良部長より旅行計画の具体的な日程が届き、俺たちはそれを楽しみにして過ごした。
そして、夏休みに入り──。
「温泉に行くぞー!」
「うおおおおっ!」
羽黒さんが駅で拳を突き上げて宣言するのに俺が歓声を上げる。
「テンション高いねぇ、しののめっちに羽黒さん」
「そりゃそうだろ。温泉だぜ?」
古鷹がそう突っ込むが俺の喜びは止まらない。
今日は旅行の当日。
俺たちはまずは駅に集まり、それから電車で移動して、長良部長の実家を目指すことになっている。
「伊吹は楽しみにしてた?」
「う、うん。ちょっとだけど……」
人見知りな伊吹でも旅行には参加している。恐らく自分だけいかないというのも文芸部で浮くと思ったのだろう。
「それにしても昔の文豪みたいに旅館で執筆かぁ。何だかプロの小説家になったような気分だよ!」
「アマチュア未満だけどな、俺ら」
わくわくな羽黒さんだが、俺たちがやるのは文豪ごっこである。
「長良部長と榛名先生が駅に着いたって。そろそろ来るぜ~」
古鷹がチャットを確認してそういう中、暫くして長良部長が姿を見せた。
「やあやあ、諸君。それでは行こうか!」
「皆さん、くれぐれも事故などに遭わないように気を付けてくださいね~」
長良部長と榛名先生がそう言い、俺たちは改札口を潜る。
それから特急電車に乗り、長良部長の実家がある山の方を目指した。
特急電車では座席を回転させて俺、古鷹、羽黒さん、伊吹の順で並んだ。長良部長と榛名先生は1個前の席に座っている。
「お菓子いっぱい持ってきたからみんなで食べよう!」
羽黒さんはあれやこれやとお菓子を広げる。チョコレートやポテチ、おせんべいなどなど。こいつ、本当にいっぱい持ってきてるな……。腹ペコキャラだったのか?
「実はあたしも持ってきちゃったんだけど……。食べきれるかな……」
おおう。古鷹もどっさりとお菓子を。お前ら、変なところで被りやがって。
「あんまり食べ過ぎると夕食が入らなくなるからほどほどにね」
そこで長良部長からそう言われる。
「まあ、余ったら帰りに食べればいいしな。無理に食べきる必要はねーさ」
俺はそう言って羽黒さんが持ってきたおせんべいを口に運んだ。
「そう言えばこれから旅館で執筆するわけだけど、何書くのかみんな決めてるの?」
そこでもっともな疑問を羽黒さんが呈する。
「というか、次に書いたのは何かに載せたりするんです、部長?」
俺も疑問になったのでそう長良部長に尋ねた。
「ああ。次の文化祭で文化系の部活が合同で本を出すんだ。それに載せる分だよ」
「へえ。そんなのもあるんですね」
「文化祭は日ごろは影の薄い文化系たる我々の出番だから、温泉で英気を養って気合を入れて書こうじゃないか」
俺たちが興味を示すのに長良部長はそう言ったのだった。
「文化祭かぁ。うちのクラスは何をするんだろうね?」
「無難にお化け屋敷とか?」
「お化け屋敷って聞いたら、この前の映画館で見たホラーを思い出しちゃった……」
何故か文化祭はお化け屋敷が人気なのはラノベも現実もあまり変わるまい。
俺も怖いのは苦手だけど、裏方に徹するなら恐れる必要なし!
「学生のやるお化け屋敷も最近じゃ滅茶苦茶怖いよね。中学のときにいとこの学校の文化祭に行ったんだけど、お化け屋敷死ぬほど怖かったもん」
「マジで? ちょっと不安になってきたぞ……」
「あれ~? しののめっちは怖いの苦手?」
「……凄く苦手……」
「意外だぜ。そういうの平気かと思ってた」
それからやいのやいのと文化祭の出し物の評論やホラー小説などについて俺たちは語り合い、電車で揺られること2時間ほど。
「良介君とお友達! ようこそ!」
目的の駅に到着し、外に出ると20代前半ほどの女性がバンで待っていた。ホットパンツにTシャツの涼し気な格好の人だ。
「結奈姉さん。今日からお世話になります」
「そんなに畏まらなくていいよ~。お友達、紹介してくれる?」
「ええ」
それから俺たちは結奈さんと呼ばれた女性に自己紹介。
「文芸部のみんな。私は長良結奈。良介君のいとこです。今日から2日間よろしくね」
ああ。この人は長良部長のいとこなのか。
「よろしくお願いします!」
「よ、よ、よろしくお願いします……」
俺たちはみんなで結奈さんにそう挨拶。
「じゃあ、乗って乗って。旅館まで案内するよ」
結奈さんにそう言われて俺たちはバンに乗り込む。車はすぐに出発して、温泉を起点に作られただろう街を抜けて山の奥の方へと向かって行く。
旅館は結構山の方にあるらしく、細い道を曲がりくねりながら登り、森のような場所を抜ける。すると、その先に旅館が姿を見せてきた。
「あれですか?」
「そうだよ。あれがうちの旅館」
リニューアルしているという話だったが、確かに一部工事中の様子であり、俺たちの他にお客さんが来ている様子はない。
「本当なら今は繁忙期のはずなんだけど、大工さんが不足してて工事が遅れちゃってね。夏休みにずれこんじゃったんだ。それなら親戚に泊まってもらおうっておじいちゃんが声をかけて回ったんだ」
バンが駐車場に止まり、俺たちは車を降りる。
旅館には『温泉・長良荘』とある。
「おお。来たな、良介、それにお友達も!」
ここで旅館の中から老人が出てきた。甚平姿で旅館のスタッフらしい格好の人だ。
「じいちゃん!」
ああ。この人が長良部長のおじいちゃんか。
「今日はよく来てくれたね。こんな見た目だけど、中は綺麗になっているし、温泉も使えるから楽しんでいってくれ」
「お世話になります」
俺たちも長良部長のおじいちゃんに頭を下げる。
「じゃあ、部屋はこっちだよ」
俺たちはそれから旅館の中の部屋に通された。
俺と長良部長で1室、羽黒さん、古鷹、伊吹で1室、それから榛名先生が1室と3部屋が準備されていた。
「今日はお祭りもあるから、よかったらあとで行かない?」
部屋に案内されてから、結奈さんが俺たちにそう提案する。
「行きたい、行きたい! ねえ、みんな、行こう! 行くよね!?」
「お、おう。えらくテンション高いな、羽黒さん」
「だってお祭りだもん! 焼きそば、たこ焼き、イカ焼きに……」
「……食い物ばっかじゃねーか」
お祭りと聞いて興奮する羽黒さん。しかし、目的は食欲である。
「お祭りかぁ。あたしも楽しみだな。もちろん、伊吹も行くよね?」
「う、うん。な、仲間外れは、い、嫌だから……」
「オーケー、オーケー。あとで準備しようぜ~」
古鷹は友人の伊吹にそう確認していた。
最近、古鷹が陽キャになったせいか伊吹が距離感を感じているらしいと部長に相談されていたが、あの様子ならば心配する必要はないかもしれない。
伊吹は古鷹と俺、長良部長ぐらいしか友達いないらしいからな…………。俺もいろいろいじりはするけど、ぼっちにしたら可哀そうだ。
「それじゃあ、荷物を置いてからまずはそれぞれ何を書くのか相談し合ってみよう」
「は~い」
一度俺たちは部屋に荷物を置き、それから夕食と朝食時に利用される食堂を借りて執筆会議をすることにしたのだった。
それにしても夏に、旅館に、温泉に、その上にお祭りとは。
何というリア充だろうか、俺たち。平均より1.2倍ほどリア充な気がする。こういう幸せは平均よりちょっと上でも文句はないですよ!
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