東雲宅は図書館ではありません
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──東雲宅は図書館ではありません
「ねえねえ、東雲君」
「はいはい、羽黒さん。どうしたかね?」
文芸部でいそいそと俺は部誌に載せる小説を書くべく、ここ最近は懸命にタブレットで執筆していた。
古鷹の協力もあったおかげで、ようやく書き出しから序盤の流れができて、筆が乗り始めたところである。
「東雲君がこの本持ってるって聞いたんだけど」
そう言って羽黒さんが見せるのは『友人以上、恋人未満から始めませんか?』というタイトルのラノベだった。
「懐かしいな。『友恋』じゃん」
「やっぱり持ってるんだ。伊吹さんに勧められたからお店で探したんだけど見つからなくてさ。そしたら伊吹さんが東雲君が持ってるって」
「ああ。全巻あるぞ。今度貸そうか?」
「ありがとー!」
と、そこでふと羽黒さんが考え込むように顎を手で押さえた。
「ねえ。東雲君の家ってどこら辺?」
「何故それを聞く?」
「遊びに行きたいから!」
おいおい。今度は何を言い出すんだ、この暴走ガールは。
「もう匂わせはしないんだろ? 最近、伊織とはいい感じらしいし。俺の家に来てどうするのさ」
「仲のいい男友達の家に、ただ単に遊びに行きたいからだよ? 男の子の家って行ったことないんだ。だから、どういう感じなのか知っておきたくて」
「伊織の家に遊びに行けばいいだろ」
「その前の予習的なものだよ! い、いきなり伊織の家に行くのは緊張するし……」
そうだった。この人、さほど大事じゃないやつには本音をばんばんぶつけて、大事な人には猫被るタイプの人だった。
だから、最初から伊織の家に行って失敗しないように俺の家を予行演習代わりにしようというのか……。なんてやつだ! 俺のことを何だと思っていやがる!
「ま、いいけどさ」
けど、家に女の子が来るのは素直に嬉しいのでオーケーです!
「なら、明日お土産持っていくね!」
「別に土産なんていいよ。普通に遊びに来てくれ。今日でもいいぞ」
「そう? なら、お言葉に甘えて」
俺が言うのに羽黒さんは満面の笑み。
「しののめっち、羽黒さん。あたしもお邪魔していい?」
と、ここで名乗りを上げたのは古鷹だ。
「古鷹も何か読みたい本あるのか?」
「しののめっち。『それ負け』のコミカライズ本持ってたでしょ? それ読ませてほしいなぁ~と思いまして」
「家に来なくても持ってきていいんだぜ?」
「いいじゃん。あたしもしののめっちの家、見て見たいし」
「ふむ」
古鷹が俺の家にくるのか。童貞の俺がいきなり女の子ふたり連れてきたら親父殿と母上が混乱しないだろうか? 『え! 我が子がいきなりモテモテに!』って。いや、事実はそれとは異なるけれどさ。
「古鷹さんも来てくれるの? それは嬉しいな。流石に男の子の家に女の子ひとりで行くのはちょっとあれだし……」
「だよね。そういう意味でも」
羽黒さんがそう言い、古鷹もそう頼み込んでくる。
「オーケー、オーケー。お家にご招待しましょう」
「ありがとー!」
羽黒さんと古鷹がふたりして喜ぶ。
「ところで、いつの間に阿賀野君のこと伊織って呼ぶようになったんだい?」
古鷹がそう疑問を呈する。
「あー。この間、一緒に遊びに行ったからだよ」
「へえ。しののめっちが阿賀野君と。接点なさそうなのに」
「いろいろあったんだよ」
俺たちがそんな話をしているとスマホがバイブした。
スマホを見れば────。
『お前、いつの間に一軍男子の陽キャと遊ぶようになったんだ、東雲! お前はもっと石の下にいるダンゴムシみたいな存在だっただろ! それこそ日の光を浴びると灰となって消えるような!』
伊吹から凄い暴言が来た。ダンゴムシは別に日の光を浴びても灰にはならねーよ。
「そうそう。ダブルデートだったんだよ。東雲君と咲奈、いい感じだったね!」
羽黒さんがそう言うのに部室が凍り付いた。
「同志東雲」
「し、東雲!」
そして、部室の隅に引きずられて行く俺。
「どういうことだ、同志東雲! もう彼女ができたのか! 俺を差し置いて!」
「し、東雲。お前、この前の美人と付き合ってるのか? い、いつの間にそんなプレイボーイになったんだ……?」
ふたりして嫉妬と疑問をぶつけてきやがる。
「いやいや。別に付き合っているとかじゃない。数合わせだよ。それだけだ」
「本当なのかい、同志東雲?」
「本当です、本当」
未だに俺は童貞ですよ、長良部長。
「……東雲。お、お前、やっぱり陽キャと付き合っている方が、た、楽しいのか……? わ、私たちと付き合うよりも……」
伊吹のやつはそんなことを言ってくる。しかし、怒っているわけではなく、どちらかというと悲しそうであった。
「そんなわけないだろ。俺も陽キャと付き合うのはそれなりに疲れる……」
羽黒さんといい、高雄さんといい、強引だからな、陽キャの連中。
「そ、そうか。ならよかった……」
「何だよ、伊吹。友達が減るとでも思ったのか?」
「う、うるさい。し、東雲のくせに生意気だぞ……!」
ぎろっと俺を睨む伊吹。そんな顔しても怖くないぞ。
それから俺たちは文芸部の活動を時間まで行い、帰宅する際に俺は羽黒さんと古鷹を連れて自宅に向かうことになった。
「東雲君の家って距離的にどのくらい?」
「学校から20分くらい」
「それなら大丈夫そう。一応東雲君の家に寄って行くってお母さんに連絡しておかないと。心配しちゃうから」
羽黒さんはそう言ってスマホからご両親に連絡。
「古鷹も伝えておいた方がよくないか?」
「うちは大丈夫。どうせ家に帰ってくるのあたしより遅いし」
「そうなのか」
「共働きだからね」
そう言えば古鷹とは2ヶ月も文芸部で一緒だけど、どういう家庭の育ちなのかも気にしたことなかったな……。
「しののめっちの家は?」
「親父殿は会社員。母上はパートでたまに仕事してる」
うちの家は特に珍しいものはございません。
「東雲君は兄弟姉妹なし?」
「なし。ひとりっ子だ」
「私と一緒だね!」
何故か嬉しそうな羽黒さん。いや、この人に理由を求めても無駄だな。
「あたしは年の離れた姉がいるけど、もう家を出てるよ~」
「そうなのか。兄弟姉妹がいるってどんな感じなんだ? ちょっと気になる」
「うちは本当に年が離れているから、もうひとりのお母さんみたいな感じだったね。姉ちゃん、優しいから好きだよ」
「そういう感じなのか」
俺たちはそんな話をしながら電車に乗り、俺の自宅に向かった。
「こっちの方は全然来たことないな」
「そりゃそうだ。ここら辺、何もないからな」
繁華街から外れ、ちょっとした郊外の住宅地に俺の家はある。
本当に住宅以外、何もない場所だ。
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