映画のあとで
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──映画のあとで
俺は勇気を振り絞ってホラー映画に挑戦した。
『お前、あの森に入ったんか!?』
不気味は導入で映画は始まり…………。
『声が、声が聞こえる……。女の声が……。聞こえるんだ……』
どんどん怖くなっていき…………。
『お、お前、後ろにいるのは……』
おわわわわ…………。
『コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデ。コッチニオイデェェェェ!』
ぎゃああああー! 出たーっ!!!! 滅茶苦茶怖いお化け!
俺が震えているのを察してくれたのか、高雄さんが手をぎゅっと握ってくれた。俺も高雄さんの手をそっと握り返す。
それから映画は滅茶苦茶怖いまま進み、不気味さを残して終わった。
「ああああ! 滅茶苦茶怖かったよー! 怖すぎたよー!」
映画館を出た途端に羽黒さんが叫ぶ。
「凜は大げさだな。そこまで怖くなかっただろ?」
「そんなことないよ! 怖かったって! きょ、今日ひとりでトイレいけなかも……」
羽黒さんの気持ちは痛いほど分かる。俺も今日、風呂で頭を洗っているとき、ずっと背後が気になってしょうがないと思うからな……。
「東雲君、咲奈。怖かったよね? 信じられないほど怖かったよね?」
「ああ。死ぬほど怖かった。怖すぎてマジで心臓止まるかと思った……」
「でしょ、でしょ!」
俺は死ぬかと思ったぜ。
「あたしはあまり怖くはなかったが……。むしろ、ストーリーが気に入った」
「ええー! 私はもう怖すぎてストーリーとか分かんなかったよ! ああ、思い出したらまた寒気がしてきた……」
高雄さんが答えるのに羽黒さんは身を縮ませて震えていた。
というか、この映画選んだの羽黒さんじゃん。自業自得じゃん。
「次はどうする?」
「お昼を食べいこう。近くにハンバーガーのお店あるし」
「オーケー」
伊織が尋ね、羽黒さんがそう提案。
俺たちは高校生らしくハンバーガーチェーンのお店に向かった。
昼時のハンバーガーチェーンは混んでいるが、それでも素早く品が出てくるのがファストフード店のいいところだ。
俺たちは注文した品をテーブルに並べ、映画の感想を引き続き語り合うことに。
「みんなが一番怖かったシーンはどこだった? 私は洗面台で顔を洗っていて、顔を上げたら……ってシーンが一番怖かったです…………」
もう怖いなら思い出さないようにすればいいのに、自らの傷を自分で抉る羽黒さん。
「俺は人形のシーンだな。ああいった市松人形はちょっと苦手だ」
「何だー。やっぱり伊織も怖かったんじゃん!」
「そりゃホラー映画だしな」
へえ。伊織は人形が怖いタイプか。俺も苦手だけど。
市松人形じゃなくて露出の激しい美少女フィギュアだったら怖くないのにな……。バニーガールのフィギュアなら動くとむしろ喜ぶ人が多そう。
「咲奈は?」
「あたしか? 怖いシーンと言えば……うーん…………」
「本当に怖くなかったの? 嘘だよね?」
「はらはらはするのだが、怖いかと言われるとな。あたしにとって幽霊がどうのという心理的なホラーはあまり怖くないんだ。それでもグロテスクなやつは苦手なんだが。切ったりされるやつは痛そうで……」
すげえな、高雄さん。鋼の心臓の持ち主じゃね?
ちなみに俺はスプラッタなやつも苦手。ホラーはダメダメ人間である。
「東雲君は?」
「もう全編全て怖かった……。特に怖かったのは窓に人影があって、それに気づいてカーテンを開けたら誰もいなかったけど、そこで後ろを振り返ったら……」
「わーわーわー! 思い出させないで!」
あんたがこの話振ったんだろ……。
「それにしても怖かったの私と東雲君だけ? 伊織も咲奈もタフだなぁ……」
あまり共感が得られなかったのか、羽黒さんは不満げ。
「っていうか、何故に今日はホラーだったんだ? 苦手なら避ければよかったのに」
俺はもっともな疑問を呈する。
「ネットで評判よかったんだもん。それに夏と言えばホラーじゃない?」
……前々から思ってたんだが、割と羽黒さんってノリと勢いで生きてるよな……。思考する過程を放棄しているともいう。
「確かに夏はホラーだな。相性がいいって思うぞ」
「でしょ、でしょ?」
伊織は羽黒さんの意見に賛同し、羽黒さんは得意げ。
やはり俺の勘違いなんだろうか。ふたりはとても仲が良く、付き合っていると言われても不思議でないように思える。
ただ、だとすると伊織のこれまでの行動に説明がつかないのだが…………。
「じゃあ、そろそろ次に行くか。次は何だっけ?」
「カラオケだよ!」
それから俺たちはカラオケで歌い狂い、またコーヒーチェーン店で駄弁り、そのまま駅で解散となった。
「蒼空。今日は楽しめたか?」
「おかげさまで」
「そりゃよかった。これまであんまり接点なかったけど、これからはよろしく頼むよ。またこうやってみんなで遊びに行ったりしようぜ!」
「こちらこそ」
陰キャは陽キャを相手に怯えるが、逆はないんだよな。誰とでも平気でコミュれる陽キャのコミュ力はすげえや。
というか、普通にいいやつじゃん、伊織。俺も好きになったわ。
だからこそ、これまでの行動が謎なんだよな……。
「伊織、咲奈、東雲君、それじゃーねー!」
羽黒さんはぶんぶんと手を振って俺たちに別れを告げ、それから伊織も帰っていき、駅には俺と高雄さんだけが残った。
「東雲君。今日はありがとう、付き合ってくれて」
「俺も楽しかったからよかったよ。伊織もいいやつだって分かったし」
俺、ちょっと伊織のこと誤解してたぜ。あいつは決して悪くないやつだ。
「そう言ってもらえると助かる。お前のことは無関係なのに凛と伊織の件に巻き込んで、いろいろと迷惑をかけてしまったからな……」
高雄さんはそう言って俺の方をじっと見た。
「別に構わないさ。俺も高雄さんとデートできたし」
そうそう、1日デートするくらいなら俺だって大満足ですよ。ずっと付き合うのは正直疲れそうだけど。
「本当にいいやつだな、東雲君。あたしもお前とデートできてよかったよ。本当に」
高雄さんがそう言って微笑む。
その笑みは本当に美人で、俺は思わず息を飲んでしまった。
「それじゃあ、また学校で」
「あ、ああ」
高雄さんもそういって改札口を抜けて、去っていった。
「…………本当に今日は凄かったな…………」
まだ映画館で握ってもらっていた高雄さんの手の感触が思い出せる。
これはまさしく高校生らしい青春でしょう。100万点です!
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