謎の彼氏
本日2回目の更新です。
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──謎の彼氏
翌日は月曜日。俺はいつものように学校に通う。
教室に入ると、自然と羽黒さんの姿が目に入った。彼女は友達と喋っていたが、俺の方を見るとにこりと微笑んで手を振ってくれた。俺もちょっと恥ずかしいものの軽く手を振り返す。
とは言え、羽黒さんとはそれから何かあるわけでもなく。
彼女は一軍女子で、俺は二軍なのだ。
「ねえねえ。昨日デートどうだったの、凛?」
「それがさ。伊織にやつ、ドタキャンしやがったの!」
「ええーっ!? マジでー!?」
しかしながら、羽黒さんが何を話しているかは気になる。多分、昨日ことだろうから、一応俺も関係者なのだ。
「でも、昨日の凛のインスタに上げてた画像、男の子映ってなかった?」
おっと。羽黒さんの狙い通り、匂わせは成功したようだ。これからどうなるか……。
「あー。それ、弟だよ」
「凛、ひとりっ子じゃなかった?」
「生き別れの弟が生えてきて、偶然にも再会したんだ」
有名人も匂わせがばれるとどこからともなく兄弟が生えてくるらしいが、羽黒さんも同様らしい。何の前触れもなく生き別れの弟が突然生えてきたぞ。
まあ、本命の阿賀野にすっぽかされたから、別の男とデートしましたとはストレートに言えんだろうしな。
と、俺がそんなことを思っていたとき、そいつが教室に入ってきた。
「おはよ、凛」
「……おはよ、伊織」
阿賀野である。モテモテ男にして昨日羽黒さんとのデートをすっぽかしたやつ。
「昨日はすまんな。急に用事が入ってさ」
「別にいいですよ~。羽黒さんはとても懐が深いですから~」
阿賀野が謝罪するのに羽黒さんは拗ねたようにそっぽを向いてそう言う。
「悪かったって。代わりと言っちゃなんだけど今度みんなで映画行こうぜ」
「…………み、みんな、で……?」
さわやかイケメンフェイスでそう提案する阿賀野と、びきびきという音がするぐらい険しい表情を浮かべる羽黒さん。
いや、そりゃないだろうよ、阿賀野さんや。お前はデートのすっぽかしたんだから、お詫びはデートで補うものだろう? それもすっぽかしたデートよりちょっといい感じのデートで羽黒さんの機嫌を取らないと。
そんなことぐらい童貞の俺でも分かるぞ、モテモテイケメン!
「ああ。いつ頃がいい?」
……ええっ!? こいつ、それ冗談で言っているわけじゃねえの!? マジで言っているの!? 正気かよ!
「イ、イツガイイカナ~。カンガエテオキマス……」
棒読みでそう言ったあと、どよんとした雰囲気を漂わせる羽黒さん。これは酷い。
「イオリン! 油断してると羽黒のこと取られちゃうぞ? ほらほら、これ」
おっと。ここで羽黒さんの友達の一軍女子がアシスト。昨日のインスタの画像を阿賀野に見せる。俺の一部が映った匂わせ画像だ。
「誰かと一緒だったのか?」
「いやあ。一応付き合ってくれる人がいてさ~」
どやっとした顔をしながら、ちらちら阿賀野の反応を見る羽黒さん。
「よかったな! チケット無駄になるところだったろ?」
「アッ、ハイ……」
羽黒さんの目論見、大失敗!
……ってか、世間じゃマジでこんなノンデリボーイがモテモテなの? 『今年一番の流行は相手のことを一切考えずに無思慮な発言することです!』って雑誌にでも書いてあんの?
「おやおや。東雲、一軍女子の方を見てどうした?」
阿賀野のあまりにもあんまりな発言に唖然としている俺に話しかけてきたのは我が友である天竜陽斗だ。
俺と同じ二軍男子だが、ちゃっかり同じ二軍の彼女持ちの凄いやつだぞ。
「なあ、天竜。今も最上さんと付き合ってるんだよな?」
「おうとも。花音ちゃんは今も俺のスイートハニーだぜ」
最上花音が天竜の付き合っている彼女。
「なら、ちょっと聞かせてくれ。もしだぞ。お前が最上さんとのデートをすっぽかして、そのあと最上さんがインスタに別の男を匂わせるような写真を上げたとしよう。お前は全く気にせず『デートに付き合ってくれる代わりがいてよかった!』って言う?」
俺がそう尋ねると天竜が先ほどまでの笑顔が消えて真顔になった。
「言うわけねえだろ。貴様、喧嘩売ってんのか」
「だよな」
俺がおかしいわけではなかった確認できてよかった! 天竜に怒られたけど……。
* * * *
その日の昼休みのことである。
さあ、昼飯だとコンビニで買った弁当を準備していると────。
「東雲君。ちょっと来て」
「え?」
羽黒さんが俺の席の前に立ち、ぐいっと俺の手を掴んだ。
俺は羽黒さんに引きずって行かれるままに屋上に通じる階段の踊り場に。ここには誰もないのが常だ。
「東雲君、聞いてたよね! ありえなくない!?」
そして、着くなり羽黒さんが叫ぶ。
「いやあ。あれは俺もドン引きだったわ。流石にそれはなくない? って感じで」
「だよね、だよね! 私がおかしいんじゃないよね!?」
「羽黒さんは至って正気だと思います」
おかしいのはあの阿賀野だよ。
「2ヶ月付き合ってて伊織のことが分かったつもりになってたけど、全然分からなくなっちゃった……。あいつが何考えているのか全く分かんない……。あの態度はどう解釈したらいいの……?」
羽黒さんは頭を抱えて悪夢にうなされているかのように呻いた。
「あの、用事はこれだけ?」
「いや。私は昨日の作戦はまだ正解だと思っている。こっちきて」
羽黒さんに再び手を引っ張られ、同時に羽黒さんがスマホを構える。
いきなり自分の手を羽黒さんの柔らかい手が触れて驚く俺をよそに、ぱしゃりとスマホが明るく瞬いた。
「よしよし。いい感じに撮れたね」
写真にはいい感じの笑顔を浮かべた羽黒さんと俺──正確には俺の方は羽黒さんと握った手だけが映っている。匂わせ写真だ。
「匂わせ作戦、続けんの……?」
「そうだよ! 今日の阿賀野のあの余裕の態度見たよね! あれは完全に私を安い女だと見くびってる証拠だよ! もっと焦らせなきゃ!」
効果あるのかな、これ。あのマンボウより鈍感そうな男に通じる気がしないのだが。
「だからね。協力してね、東雲君」
「俺に拒否権あるんですかね?」
「ん~。ないよ!」
爽やかな笑顔で羽黒さんはそう断じた。
「あ。もちろん、ただで協力してとは言わないよ」
そう言うと羽黒さんはお弁当を広げ始めた。女の子らしいサイズのお弁当箱には無理やり詰め込んだような唐揚げが。
「はい。唐揚げひとつあげる。東雲君、いつも昼食はメロンパンかあんパンでしょ? それじゃタンパク質足りないよ。タンパク質取らないと疲労が取れないんだぞ」
お弁当箱の中には入っている唐揚げをひょいと爪楊枝で拾い上げて、俺の方に差し出す羽黒さん。
……協力の対価、安すぎない? 俺=唐揚げ一個の等価交換か?
「ほらほら。早くあーんしてよ」
「え? あ──」
そして、ちょっと口を開けたところに唐揚げを強引にねじ込まれた。むぐぐ!
「じゃあ、これからもよろしくね、東雲君!」
「ふぁい」
唐揚げをもぐもぐと食べながら俺は去っていく羽黒さんに手を振った。
羽黒さんの唐揚げは冷凍のものではなくとても美味かったが、男子が憧れる初めての女子からのあーんがこれか……。
何だか、フェイスハガーにファーストキスを奪われたような気分だ……。
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