疑わしきは罰せず
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──疑わしきは罰せず
羽黒さんはそのまま阿賀野と図書館デートへと突入したようだ。
「ねえ、しののめっち。あたしたち何してるんだろう……?」
「……野次馬?」
俺と古鷹はそれを隠れて見守っていた。
「どうにも気になるんだよ。阿賀野ってそこまで性格悪そうじゃないのに、何か羽黒さんに塩対応だろ? もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「……別れるつもりなのかも」
「え」
俺の憶測に古鷹が目を丸くしていた。
「いや。完全な憶測だぞ、憶測。別に分かれると決まってるわけじゃない。ただ、これまでの阿賀野の対応を見てるとさ。どうにも羽黒さんを彼女として認識していない気がするんだよ」
「そうなの?」
「仮にお前が付き合っている男のデートをすっぽかして、そのせいでその男が他の女の子の存在を匂わせたら、お前ならどうする?」
「急いで謝る、かね。急いで機嫌とろうとはすると思うけど」
「だが、阿賀野は適当に謝っただけだ。どう思うよ?」
「あたしもそんなに男女の付き合いを知っているわけじゃないけど、ちょっと酷くないかなって思うね。それでも阿賀野伊織って確かにモテモテらしいけど……」
「そこがな。普通、いくら顔が良くてもあんまりな性格してたら避けられるだろ? だから、阿賀野もそこまで性格は酷くないはずなんだ。なのに、彼女にするように羽黒さんに接しないのはやっぱり……」
「別れるつもり、だと」
俺の推測に古鷹が考え込む。
「あたしは阿賀野とは違うクラスだから、そこまで詳しくないけど、しののめっちは阿賀野について多少面識があるのかい?」
「ねえよ。同じクラス以上のことはない」
「そっかー」
だから、俺の言っていることは完全な憶測に過ぎない。今のところは証拠不十分で推定無罪ってところだろう。
「よう、東雲君だろ?」
「うわっ!」
と、古鷹とひそひそ話をしていたら、阿賀野がいつの間にか目の前にいた! 俺たちジャンプスケア喰らったみたいにびっくり!
「何だよ、そこまで驚かなくてもいいだろ。凛とは部活動で図書館に?」
「あ、ああ。そういうことになる」
「そうか。文芸部も楽しそうだ」
てっきり『俺の女の周りをうろうろしやがって!』と切れられるかと思ったが、思った以上にフレンドリーな阿賀野。
「凛から聞いたけど部誌に小説を載せるんだって?」
「まあ、そういうことになるな」
「凄いな。俺は小説書くなんて想像もできない。読むのは結構読むんだけど」
「へえ。どんな小説?」
「賞を取った作品とかだな。話題作りに読んでるぞ。実際に面白いし、ためになる。……その本、アーサー王の時代にアメリカ人がタイムスリップするやつだろ?」
と、ここで懐かしげに阿賀野が俺の持っていた本を指さす。
「まだ読んでないから分からんけど、そういう話らしいな」
「中学のときに読んだけど、滅茶苦茶面白かったぞ。それがきっかけでアーサー王伝説の本を何冊か読んだし。それを選ぶとはいいセンスだ」
「俺は選んでもらっただけだから」
阿賀野がべた褒めするのに俺は古鷹の方に視線を向けた。
「そうか。東雲君。お前はいいやつそうだから、凛と仲良くしてやってくれよ。それと文芸部の活動、頑張ってな。それじゃ」
阿賀野は俺の肩を叩くと、羽黒さんの方に向かった。
「じゃあな、凛。俺、部活があるから」
「今はサッカー部だっけ? そろそろどこに入るか決めた?」
「あははは。まだだ。どれも面白そうでさ」
「早く決めなよー」
阿賀野はそれから爽やかな笑顔で帰って行った。
「……なんかいい人そうだったね?」
「だな……。陽キャらしい明るさだった……」
阿賀野が去ったあとで古鷹と俺はそう言葉を交わす。
あれがどうして羽黒さん相手にはノンデリボーイになるのか、やはり理解できない。あんないいやつがデートすっぽかして平然としているのは何故にホワイ?
「ごめんね、東雲君、古鷹さん。急に図書館デートになっちゃって」
一方の羽黒さんは先ほどの状況に満足しているのか、いつもの1.8倍くらいニコニコしていた。
「別に構わんけど。それより阿賀野はどうして図書館に?」
「私がいたからだよ。それ以上に理由がいる?」
羽黒さんはどやっと自慢げにそういう。
「いろいろと心配してくれててね。私ってちょっとせっかちでしょ? 文芸部みたいな落ち着いた場所にちゃんと馴染めるのかって心配してくれたみたいでさ。様子を見に来てくれたんだよ~」
どやどやっと羽黒さん。
ちょっとせっかちというか、新幹線並みの速度の暴走ガールが気がするが……。
「それにさ、それにさ。私たちの学校と図書館の間にある道路は、交通量が多いから事故に気を付けてって。私ってばしっかり愛されてるな~。愛されすぎてるな~」
「……親から見た小学生みたいな心配されとるな……」
惚気るようにいう羽黒さんに俺はそう突っ込む。
事故に気を付けては確かに気を付けるべきだろうが、恋人として他の男の影が見えているのには無反応なのかい?
「というか、それで満足したなら、もう匂わせとかしなくていい?」
「そうだね。もう一度伊織とやり直してみるよ。またデートとかしちゃって……」
そう言う羽黒さんは本当に恋する乙女という感じがして、ちょっと可愛かった。
「なら、そろそろ文芸部に戻ろうか?」
「了解」
羽黒さんはルンルン気分で足取りも軽やかに図書館から出ていく。
「……やっぱり恋愛っていいね」
そこで古鷹がそう呟く。
「そうかー? 相手の態度に一喜一憂して振り回されて。大変そうだけど……」
「それがいいんのだよ。ひとりの相手に夢中になれる。一喜一憂するのも楽しみのうち。しののめっちはその点がひねくれてるねー」
「うるせー」
古鷹がからかってくるのに俺はそう返した。
しかし、まあ、恋愛も青春のうちなんだろう。人間関係で思い悩んでこその青春なのかもしれない。
もっとも俺は悩みの少ない人生を送りたいので、そこら辺は省きたいのだが。
「それに青い恋ができる青春ってのは今だけだからさ。これを逃したらもうずっと青春はないんだ。今を精一杯エンジョイしようぜ、しののめっち!」
「はいはい」
俺は古鷹に適当に返したが、この発言を見るに古鷹もやはり恋をしているのだろうかと思う。だとすると相手は誰なんだ?
う~ん。ここで『それは俺に違いない!』と思えるほど俺は心臓が強くないし、自信過剰でも、童貞臭くもない。童貞だけど。
それに古鷹とは正直文芸部に入ってからこれまでずっーと何もなかったしな。友達ではあるけどそれ以上にはなれない関係だと思っている。ぶっちゃけ男友達みたいに接しているしさ。
俺はそう思って古鷹の方をジーッと見る。
「な、なんだい、しののめっち。急にこっち見て……」
「いや。女心はエニグマ暗号のようだと思ってな」
「なら、しののめっちもコンピューターにならないとね」
「女心はコンピューターによる総当たりで分かるのかー?」
いししっと笑う古鷹に俺も思わず笑ったのだった。
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