部誌作りの始まり
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──部誌作りの始まり
その日の放課後は当然ながら文芸部に顔を出す。
「おお。東雲君、来たね~」
「榛名先生」
一応スーツ姿をしたちびっ子が部室にいた。一見すると小学生ぐらいにしか見えないが、この人は立派なこの学校の女性教師の榛名真白先生ある。そして、文芸部の顧問だ。
他にも文芸部の部室には長良部長、古鷹、伊吹、そして羽黒さんが揃っている。
「それでは部誌を作ると長良君から聞いています。これまでの部誌のように製本する際には先生が手配しますので、みんなは締め切りを守って、指定された形式で作品や感想文を作ってくださいね~」
榛名先生はおっとりとそういう。以前長良部長に聞いたところ、榛名先生はここ3、4年文芸部の顧問をやっているので、部誌作りにもなれているらしい。
しかし、何かを書かねばならぬわけだが……。
「ラノベの感想書いた部員ってこれまでいます?」
俺はそう疑問に思って榛名先生に尋ねた。
俺が人生に求めるのは平均。だから、浮いたこともしたくない。
で、部誌というからには記録に残るわけであり、あとになって文芸部に入った生徒が『この人、文芸部なのにラノベの感想書いてる……』と言ってドン引きされたりするのは嫌なのである。
「ライトノベルですか? う~ん。ライトノベルの商業的な側面を分析していた子はいましたね。確か……」
榛名先生は本棚に向かってそこから昔の部誌を取り出す。
「これですね。『ライトノベルに見る現代文学と商業主義』という作品です~」
「わあ」
これは滅茶苦茶難しそうなやつだ……。タイトルを見ただけで頭のいい人が書いてると分かるものだった。
これのあとにただの『ラノベの女の子はこんな感じで可愛くて……』という低レベルな話を部誌に乗せたら、まるっきり阿呆である。
「助かりました、榛名先生」
事前に聞いておいてよかったー! 危うく馬鹿丸出しだったぜ!
「それでは他に相談したいことがあれば、何でも聞いてくださいね~」
「せ、先生。し、締め切りはいつまで、ですか……?」
ここで伊吹が心配した様子で尋ねる。
「そうですね。例年通りであれば、夏休み前の7月初週になります。夏休みが開けたときには完成した部誌を見れますからね~」
「わ、分かりました……」
伊吹は書くのを嫌がっていたけど何を書くつもりなんだろうか。
「他にはどうですか~?」
「大丈夫です!」
羽黒さんが元気よく言い、長良部長たちも頷く。
「それでは先生は職員室に戻りますね~。何かあったら呼んでください~」
榛名先生はそう言って部室から立ち去っていった。
「では、諸君。今日から部誌作りだ。小説を書いてもいいし、詩でもいいし、感想文でもオーケーだ。特に縛りはないよ」
そして、改めて長良部長がそう告げる。
「よーし。私も大作を書くぞー!」
「いや。こういうの素人はまず短編から書いた方がいいらしいぞ」
「そうなの? 短編か……」
羽黒さんが張り切るが、素人がいきなり超大作を書くのは無理だぞ。
「しののめっちの言う通り。書いたことない人は短編からだぜ。長編をやるならちゃんと完結させたいしね。そのためのノウハウを短編で得るってこと。長良部長も長編書いてるから分かりますよね?」
「ソ、ソウダネ。短編カラ書クベキダネ」
古鷹が当然でしょというように長良部長に振ると、長良部長は明後日の方向を向いて視線をそらしていた。
「……俺、実は長良部長の見せてくれた小説から、部長のWeb小説投稿サイトのID調べたんですけど……」
「ああ! やめるんだ、同志東雲!」
「……滅茶苦茶エタらせてますよね?」
評価ポイントやブックマークはそこそこながら完結した作品がひとつもない長良部長のアカウントのIDを俺は古鷹たちと共有した。
「部長、エタ常連作家だったのか……」
「し、しかも、ま、また新作を書いてる……」
古鷹と伊吹ががっかりという視線を長良部長に向ける。
「東雲君、エタって何だい?」
「いろいろな理由はあれど作品が未完で終わっていること。まあ、Web小説界隈だとよくあることなんだけどな」
「へえ」
へえと言いながらも羽黒さんは理解できてなさそうな顔をしている。
「そうだよ! エタ常連だよ! けど、同志東雲が言ったようにエタはWeb小説ではよくあること! だから、羽黒さんも恐れず挑戦に挑んでいいのだよ! みんなに広がれ、エタ作家の輪!」
「わあ。ありがとうございます、部長」
長良部長の言い訳しているのか、それとも励ましているのか分からない叫びに羽黒さんはとりあえず共鳴していた。
「……エタは、よくない。わ、私の読んでるWeb小説も、ひ、ひとつも完結せずエタりやがった……。……こ、こっちは、続きが気になるのに…………」
「うぐ!」
伊吹にそう言われ、長良部長がダメージを負った。
「というか、小説って完結せずに終わったりするの?」
そこで今さらな質問を投げかける羽黒さん。
「するぞ。Web小説でも商業小説でもエタることはあるぞ」
「あんまり想像ができない……。だって小説って1冊で完結するよね?」
「シリーズものだとよくあるんだ。長編になるといろいろな……」
「どんな感じなのか気になる」
「やめろ。エタの苦しみを知らぬものがその苦しみを知る必要はない」
本当に『ここで切れてるのかよ! 続きは!?』って永遠に苦しむからな……。
「しののめっち。これは完結してるから安心して読んでくれ」
そう言って古鷹が差し出したのは、土曜日に話していた小説だ。SFっぽいお洒落な表紙のそれは俺も覚えていた。
「おう。ありがとう、古鷹。読ませてもらうぜ」
俺はその小説を早速受け取る。
「う~ん。短編ってことは、ちょっとしたお話から始めるといいんだよね?」
「そうなるな。どっかに作家の短編集みたいなやつがあったぞ」
「探してみる」
そう言って羽黒さんは本棚を漁り始めた。
「さて、人ことばかり話してないで、俺も何書くか考えないとな……」
ラノベの感想はなしになったので、俺は何か別のものを書かなければならない。ここで何も書かずにすっぽかすというのは平均ではないので。
「古鷹はファンタジー小説書くんだったよな?」
「短編のね」
「部長は新たなエタ作品として。伊吹は?」
古鷹の書きたい作品の構想は前に聞いた。長良部長は新しくエタらせる作品を書くのだろうが、伊吹は決まってないはずだ。
「……お、教えない……。……馬鹿に、す、す、する気だろう……」
「しない。っていうか、どうせ部誌に載せるから全員見ることになるし、未来永劫この学校が存続し続ける限り、誰かに読まれるんだぞ?」
「……さ、最悪だ……」
この世の終わりのような顔をする伊吹。
「そこまで深く考えなくてもいいのだぞ、同志東雲、同志伊吹。どうせ過去の部誌なんてそこまで読まれるものじゃないし。我々は我々が楽しめる部誌を作ればいいのだ」
「楽しめる、か……」
どんな作品も誰かの感情を揺さぶるために書いてあるものだ。
共感させて喜ばせたり、悲しませたり、怖がらせたり。そういうことができる作品っていうのが楽しませる作品って言えるんだろうな……。
だが、俺にそんなのが書けるか? どうにも疑問だ。
「東雲君」
そこで羽黒さんが俺の顔を覗き込んでくる。距離が近い。もうちょっと離れろ。まつ毛が数えられるぐらい近いぞ。
「書いたら読ませてね」
「あ、ああ」
そうだな。羽黒さんも俺の書いたものを読むんだよな……。
そう思うと下手なものは書けないぜ。
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