入部祝いを喫茶店で
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──入部祝いを喫茶店で
俺たちは一度本屋を出ると、それからコーヒーチェーン店の方に向かった。
「あ、あれは、よ、陽キャの、たまり場……」
コーヒーチェーン店を前に伊吹がたじろぎ、足が止まる。
陽キャのたまり場て。大手コーヒーチェーン店相手にどういう偏見だよ。
「伊吹さん? こういうお店、あんまり来ないの?」
「な、何か、呪文みたいなの、唱えないと……商品出てこないんだろう……?」
「確かにちょっと注文方法は複雑なところあるけど、慣れだよ、慣れ。ほら、ゴー!」
「う、うわ! よ、陽キャ特有の、強引さ……! やめろ……!」
羽黒さんは伊吹を引きずって店の中に連行していった。まるでワクチン接種のために動物病院に連れていかれる小型犬を連想する光景である。
「……古鷹?」
俺はここでいつもなら伊吹を助けに向かう古鷹が動かないのに気づいた。
古鷹は心ここにあらずという感じで、ぼーっとしている。
「おい、古鷹? 友人がSOS出してるぞ?」
「あ。ごめん、ごめん。ちょっとぼうっとしちゃってたぜ」
「本当に大丈夫か……?」
「心配ご無用」
そう言って古鷹は伊吹の方に駆けていった。
「同志東雲。同志古鷹に何があったんだ?」
「俺が聞きてーっす、部長」
長良部長と俺の童貞コンビには女心が分からぬ。ふたりはラノベの美少女を愛でる文化人である。ラノベを読み、美少女イラストに興奮して暮らしてきた。けれども女心に関しては人一倍に鈍感であった。
……などと思わず太宰治の作品をパロるぐらいに俺たちは女心に理解が及んでいなかったのである。
「東雲君、部長! 早く、早く! お祝いしようぜ!」
「はいはい」
羽黒さんに急かされて俺たちはコーヒーチェーン店に入る。
それぞれ飲み物を注文してから俺たち5名はテーブルを囲んだ。
うきうきしている羽黒さん。借りてきた猫みたいになっている伊吹。相変わらず感情が読めない古鷹。いつも通りの長良部長。そして、絶賛困惑中の俺。
「では、私の入部を祝って!」
「おう。乾杯!」
コーヒーチェーン店で乾杯するやつは俺らぐらいだろうな。
「では、改めてこれからお世話になります。最近、ラノベに嵌り始めたので、先達の皆様にはご教導いただけると嬉しいです。よろしく!」
「では、こちらも改めて文芸部にようこそ、羽黒さん」
羽黒さんが挨拶して、長良部長がそう言い、俺と古鷹と伊吹が拍手。
「いやあ。東雲君についてきて文芸部のことを知れたのは大きかったです。こんなに楽しそうな部活があるだなんて。私も将来的には小説を書いてみたくなっていますよ!」
羽黒さんはそう意気込みを述べた。それに反応したのは長良部長。
「それなんだが。今年も部誌を作ってみようと思うんだ。活動実績がないと、生徒会に睨まれるからね。みんなで小説や、感想文などを書いて、それを部誌としてまとめようと思うのだけれどどう?」
「面白そうっすね。俺は賛成します」
俺も卒業したあとで思い返せるよう何か形に残るようなラノベレビューを作りたい。叶うならばオリジナルの小説の書いてみたいところだ。
「く、く、黒歴史になりそう……。数年後ぐらに、み、見直したときに、死にたくなりそう……」
そんな中で伊吹は妙な心配をしていた。
「私も楽しみかな。これまでずっと読むの専門だったけど。一度ぐらいは自分を書いてみたいしって思っている」
「具体的にどのような作品を?」
「何かヒロインが恋をして、あれやこれやとしている間に結ばれるの!」
「あれやこれやって」
肝心の部分があやふやな羽黒さんだった。
「古鷹はどう?」
「あ、あたしも書きたい小説はあるぜ? ファンタジーだったりするけど……」
「いいじゃん。ファンタジー小説は流行りだし。どういうファンタジーなんだ?」
「恋愛系のファンタジーで、魔法使いの女の子が行き倒れていた騎士を助けて、そこからのんびりものの魔女と生真面目な騎士のふたりの関係が始まるって話。笑わないでおくれよ!」
「笑わないよ面白そうな話じゃん」
俺は素直に古鷹の語る作品は面白そうに思えた。
「伊吹は?」
「わ、私も書かないと、ダメか……?」
「せっかくだからみんなで書こうぜ」
「ぐぬぬ……。か、考えておく、一応……」
伊吹はそう言って注文したカフェラテを手に取る。
「そう言えば長良部長はどういう話を書いてるんですか? 教えてください!」
「自分はファンタジー小説だよ。世界の危機を救うために召喚された勇者が、その使命に従いながら様々な人々と交流を持っていく話さ」
「面白そうですね! 部誌に乗せるなら読ませてください!」
「あ、ああ。是非とも読んでくれ」
長良部長の小説はやたらと女の子の描写が詳しくて、特に胸のサイズについての言及がやたらとあったりしてて、頭を撫でただけで女の子が主人公を滅茶苦茶好きになるという小説だが、そこそこ面白いぞ。
「で、東雲君は?」
「俺はラノベの感想」
「ええー! 君も小説を書きなよー!」
「いやでーす」
まだ小説を書いて、他人に見せるのはやはり恥ずかしいのだ。
「まあ、まだ時間はあるから各々ゆっくりと考えてくれ」
「はーい」
長良部長がそう仕切り、みんなが頷く。
「そう言えば羽黒さんはどういう経緯で文芸部に興味を?」
「東雲君が入部してたから、ですね。東雲君が知らなかったら、私も知らなかったと思いますよ。それで最初は入る気とかなかったんですけど、見学してみたら面白くて! これからが楽しみです!」
「ほうほう。同志東雲がね……」
そう言って長良部長が俺を方をちらりと見る。何やら文句言いたげな顔。
「しののめっちがそこまで交友が広いとは思わなかったけど、しののめっちなら誰とでも友達になれるよね」
「そこまでコミュ強じゃねえよ」
「謙遜しなくてもいいんだぜ」
またここでからかうように古鷹が言ったかと思ったら、急に真顔になる。
「しののめっちはいいやつだから、もっとモテていいぐらいなんだけどな。まあ、ちょっとひねくれた性格とダチョウみたいな鈍感さを、まずは治さないといけないけれど」
「うるせえ」
余計なお世話だと俺はコーヒーを口に運びながら古鷹をじろり。
「さてさて。何はともあれ我らが文芸部に新しい友が加わった。これからはこの5名で文芸部を盛り上げていこう」
「おー」
長良部長はそう言ってこの入部祝いを締めくくり、俺たちは解散することに。
「今日は楽しかったか、羽黒さん?」
「うん。マジで楽しかったよ。入部して正解だった。これからみんなと仲良くなれるといいんだけどな!」
「なれるでしょ。羽黒さんのコミュ力半端ないし」
「そうかな。ちょっと照れる」
コミュ力が強いというのは押しが強いということも意味する。
「しののめっち。今日はありがとね」
「ああ。お前が言っていた本、今度貸してくれよ」
「うん」
と、ここで古鷹からそう言われ俺がそう返すと、古鷹は笑っていた。
なんだかんだで今日はかなり平均的な青春が送れたような気がするぜ!
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