サメ映画にて始まる
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──サメ映画にて始まる
俺と彼女の間に生まれるはずがなかった接点が生まれたのは偶然からだ。
その日、俺は文芸部の活動で使う本の下見に本屋を訪れていた帰りだった。
「毎回毎回ラノベのレビューなのもバランスが……」
と、思いながらちょっと難しそうな一般文芸の本を見てきた。推理小説、時代小説辺りが売れ筋らしく、渋い表紙のそれが平積みにされていた。
だが、推理小説は頭を使うし、時代小説は前提知識が必要だしで、小説を『完全な現実からの逃避』としている俺にはなかなかに辛いのだ。
「よし。無理してもしょうがない」
結局、ラノベのコーナーを見てから帰っていたところ──。
「ええっ!? 来れなくなったってどうして!? なんでっ!?」
ショッピングセンターの店舗の並ぶ廊下──その映画館前で突然女の子の大声が聞こえてきて、俺も周りの人も驚く。
それから思わずそちらの方を見れば、それは知った顔だった。
「羽黒さん……?」
声の主は羽黒凛さん。学校の人気者で、ゆるふわなビジュアルでカワイイ系の女子だ。いわゆる一軍女子ってやつで、二軍に甘んじている俺と接点はない。
まして、羽黒さんはデートでもするかのように着飾っているのだ。そんな女子と接点があるほど俺は陽キャじゃないです。
「時間がって……!? まだ間に合うよ! 今からでも……!」
そんな彼女が周りと大声で驚かせたことにも気づかずスマホに喚いている。
やばいな。修羅場の予感がする。
「知らない!」
彼女はそう吐き捨ててスマホを叩きつけるようにショルダーバッグに仕舞う。
そこで俺と彼女の視線があった。ばっちりと。
「あ……」
羽黒さんはかあっと赤面しながら俺の方を見るのに、俺は素早く視線を逸らす。
俺は休日でも制服を着ていたが、可能限り無関係を装った。人様の色恋や修羅場に巻き込まれていいことなどないのだ。オレ、シラナイ、ナニモミテナイ。
コマンドは『にげる』あるのみ!
「し、東雲君、だよね?」
しかし、まわりこまれてしまった!
「……どうも。俺のこと覚えてました?」
「当然、当然。クラスメイトだもん。それに最初の自己紹介で『人生は平均が一番です』って言ってたの爆笑したし!」
「あはははは……」
そう、人生は平均が一番だ。
もっとも共感できる人がいて、もっとも同じ悩みを抱えていて、もっとも平凡でこれと言って目立たない。そんな平均を俺は愛している。
「……7日前から約束していたデートをすっぽかされた女って恋愛人口の平均に入るのかな……」
ずうんと暗い様子で羽黒さんが呟くのに、俺はやはり修羅場だったと確信した。
「じゃ、じゃあ、俺はここら辺で……」
「待って。ここで女の子を見捨てて去るのは絶対に平均じゃないよ」
ぐいっと俺の服の裾を掴んで羽黒さんがそういう。
「平均はもっとも真ん中で大勢が選んでいる選択肢。つまり、社会常識的な選択肢。可哀そうな女の子を見捨てて去るのは、絶対に社会常識じゃないよね?」
この人、自分で可哀そうな女の子を自称し始めたぞ。
「うん。絶対にそう。だから、ちょっと付き合って。ね?」
「付き合うっていうと、何に?」
「映画。はい、チケット」
問答無用とでも言うように羽黒さんは俺に映画のチケットを押し付けた。
「『ギガトリプルヘッドシャークタイフーン』……。これ、誰が選んだんだ?」
「私。面白そうでしょ?」
絶対つまらんぞ。本当にサメが出てくるかすら怪しい。
「もう始まるから行こう。ほらほらほら! 美少女と映画観れるんだよ!」
「分かりましたよ……」
ばりばりにデート仕様の女の子と映画を見る。青春だ。実に青春だ。
そして、俺は最近気づいたのだが、口を開けてぼーっとしていても青春は手に入らないようなのだ。青春は、それを積極的に掴みに行かなければ手に入らないものだと。
なので、たまたま手に入ったこの青春を味わおうと思う。
……まあ、本命の代用品なんだけどな。
* * * *
「映画、クソつまんなかったな!」
「だね! つまらなすぎて死ぬかと思ったよ!」
一緒に映画を観たあとで俺と羽黒さんはショッピングモール内にあるコーヒーチェーン店でそう言い合っていた。
「ギガトリプルヘッドシャークタイフーンってタイトルなのにいつまでもサメ出てこないし! 出てきたら病みそうなぐらい質の悪いCGだし! よく分からないノリで終わったし! あんな続編フラグ出したって二度と見ないよ!」
「いや。この手の映画ってそういうものだぞ。サメ映画とはサメが出ないらしいんだ」
「ええー……。ジョーズみたいなものだと思ってたのに……。裏切られた気分だ……」
羽黒さんは高濃度のクソ映画を摂取したせいでがっくりしていた。
「でさ。言いたくないなら言わなくていいんだけど、さっき何があったの?」
ここまで来て修羅場に関わり合いたくないなどと言っても通じない。むしろ、状況を把握しておいた方が生き残れる。
「……知ってるかもしれないけど、私、伊織と付き合ってるんだ」
「伊織って阿賀野伊織?」
阿賀野伊織はばりばりの陽キャで成績抜群、スポーツ万能のできる男だ。爽やかイケメンとしても知られていてモテモテだとか。
「そ。でさ、もう2ヶ月になるんだけど、まだどっちも告白してないって言ったら、東雲君的に笑う?」
「う~ん。人付き合いはそれぞれのペースがあるから……」
いやあ、俺、女の子と付き合ったことないから分からんとも言えず、当たり障りのない言葉でその場を濁した。
「私的にはおかしいんだよ。だから、今回のデートでばっちり決めようと思ったんだけど、よりによってそのデートをすっぽかされました……ははは……」
またしてもずうんと意気消沈する羽黒さん。
「何といっていいか。阿賀野は急用か何かで?」
「そうみたい。けど、彼女とのデートより優先すべきことなんてあるかな!? そんなのないよね!?」
「親戚一同がいきなり事故で全滅したとか……」
「それでもデートには来なくちゃだめだよ! デートに忌引きはないの!」
かなり滅茶苦茶なことを言っているのだが、自覚はあるのだろうか。
「はああああ…………。もしかしたら、私、安い女だって思われているのかも」
「安い女って」
次は何言いだすんだ、この人。
「だってそうでしょ? 本当に私のこと大事に思ってたらデートすっぽかすなんてありえないし。私なんて放っておいても別れ話が出る心配ないからって思って、ぞんざいに扱われてるんだよ。きっとそう!」
そこでずいっと羽黒さんが向かい側の席から身を乗り出す。
「私と伊織の間に必要なのは、きっと緊張感なんだよ。そこで──!」
羽黒さんはバッグからスマホを取り出すと、俺の顔がぎりぎり映らない範囲で、ぱしゃりと写真を撮った。映ったのは笑みを浮かべる羽黒さんと俺の手がコーヒーの紙コップを持っているところぐらいだ。
「よしよし。これをインスタに上げて、と!」
「え。それ不味いんじゃ……」
これっていわゆる匂わせってやつだろう? 女の子に付き合っている男がいるかもって示すような、そんな感じの下手すると炎上するやつ。
「ふふふ。これで私を放っておくと他の男に取られるぞ、って示せるわけ。伊織も焦り始めると思うんだ。どうよ、完璧な作戦でしょ?」
「そうかな……そうかも……」
下手すればこれを口実に阿賀野に振られる可能性がある諸刃の剣のような気も。
それにもし映っているのが俺だと特定されて阿賀野に『俺の彼女に手を出すとはいい度胸だな! 痛い目に遭ってもらおうか!』とか絡まれたら最悪なんだけどな。
「今日は無理言ったのに付き合ってくれてありがとう、東雲君。君っていいやつだね! あいにく彼女にはなってあげられないけど、友達としてはこれからも遊びに行ったりしよう!」
「それはどうも」
俺はコーヒーを飲み干し、満足げな羽黒さんに手を振った。
「じゃね!」
羽黒さんはそう言い、去っていった。
もう二度と、こんなラッキーで青春が味わえることはないだろうな。
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