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第五話:1>2

【前回までのあらすじ】

 聖なる儀式「コンクルサス」に挑むセント・ハーナル教会の騎士フリントと祭司ネルシェ。古代ダンジョン「暗廟」の奥で彼らを待ち受けていたのは、不気味な異形「皮人形」たちだった。フリントはネルシェの恩寵 《ジンジャードール》で作り出した分身と共に奮闘するも、敵の増援に追い詰められる。

 絶体絶命の中、儀式に挑む教会のひとつ「エセンディアの書庫」の祭司ゲレマルクと騎士ガズラが現れ、皮人形を一掃。助けられた彼らだったが、ゲレマルクから突然の「決闘」の提案を受け──。

 ネルシェは老祭司の提案に、おもむろに眉間にしわを寄せた。

 静寂がしとりと降りる大広間。滴る水音が、ひときわ耳障りに響く。


「私たちを助けたのは、決闘で始末するためだったの?」


 彼女の声にはわずかな苛立ちが滲んでいた。


 ゲレマルクは杖を軽く鳴らしながら、一歩、また一歩と彼女に近づく。

 その仕草は余裕と優雅さに満ちているが、底知れないものを漂わせていた。


「始末だなんて恐ろしい言い草だな、若人よ」


 ほほほ、と笑いながら、彼は続けた。


「私はただ……君たちがどれほどの“力”を持つか、見てみたくてね」


「……私たちに何のメリットが?」


「この場での命は保証しよう。それだけでなく……」


 彼はローブの内側から小瓶を取り出し、澄んだ琥珀色の液体を見せびらかすように掲げる。液体には僅かに“とろみ”があり、薄い暗闇でぼんやりと光る。


 この発光は、魔力を帯びている証だ。


「視審霊の前で、信徒たちに、神の名に誓って言おう。これは“エリクサー”だ」


 視審霊の表面を、光の文字が走る。

 その向こうの信徒たちが、ざわめいているのだ。


『うおおおお!?』


『爺さんめっちゃ金持ち』


『本物?』


 フリントが目を細めて小瓶を睨んだ。


「……へぇ、勝ったらそれをくれるってか?」


 エリクサー。それは万病大傷に効く治癒のポーションだ。


 勇者の物語と共に、その名と効能が広く知れ渡る一方で、極端なまでの希少性から、多くの人々は現物を目にすることなく寿命を終えるのが普通だ。


 もし、まともに手に入れようともすれば、城ひとつ建てられるほどの代償を払うことになるだろう。……これは、比喩であったり、誇張された皮肉ではない。


 ゲレマルクは柔らかく笑い、肩をすくめる仕草を見せた。


「勝ち負けは問わんよ。ただ、お前たちの恩寵が見たいだけだ。それだけでこの秘薬を差し上げるとしよう。……さて、準備をしてもらおう、戦いの準備を」


 ネルシェは鋭い目つきでゲレマルクを見据えた。


(──この老いぼれ、いったい何を考えているの?)


 それを問い詰める間もなく、ゲレマルクは冷たい声を放った。


「ガズラを殺すつもりでかかれよ。そうでなければ君たちが死ぬ」


 その言葉を聞いた途端に、フリントの背筋に冷たいものが走った。

 大鎌を構えるガズラの巨大な影が、静寂を破るかのように軋んでいたのだ。


「どうするよ、ネルシェ」


 ちら、と振り返り、フリントが訊ねる。

 ネルシェは頭を掻きながら答えた。


「いまのやりとりで、私たちに選択肢があったと思う?」


「だよな、……援護を頼むぜ」


 じゃらり、と金属音を鳴らしながら、彼は鎖鞭を引き抜く。

 先端の重たい錘が威嚇するように石床を打った。


「おい、大鎌野郎。挨拶のひとつくらいしてみたらどうなんだ?」


 ──沈黙。


 ガズラは答えるつもりがないのか、微動だにせず。


「聞いちゃいないか。まあいい。……合図とかってするのか? 爺さん」


「ふむ。お前さんの好きに仕掛けるといい」


 ゲレマルクの答えに、フリントはトンガリ帽子を被り直した。


「あいよ。──さて……」


 彼は横目にネルシェを見る。フリントを模した彼女の《ジンジャードール》は、もうほとんど編み終わっている様子だった。もうそろそろ頃合いだろう。


 視線に気づいたネルシェが静かに言った。


「いつでもいいわ」


 その言葉と共に、編み出されたもう一人のフリントが動いた。


「アイサツノ……ヒトツクライ、シテミタラドウナンダ?」


「はいはい、いくぜ相棒」


 《ジンジャードール》がフリントと同じように鎖鞭を構えると、二人のフリントは完全に息を合わせて動き始めた。その動きはまるで一対の鏡像のようである。


「先手必勝ッ!」


 腕を高く掲げ、鎖鞭を振るいあげる。

 跳ね回る鞭が鋭い軌道を描き、ガズラの鎧に食らいつく。


 《ジンジャードール》もそれに続いた。


 二連の鎖鞭が、鋭利に、そして力強く鎧の表面を打った。


 しかし。


「キイテナイゼ」


「……そうみたいだな」


 激しい鎖鞭の嵐が空間を満たす。金属の轟音が響いた。

 それでも、そよ風でも吹いているかのように、ガズラは歩みを進める。


 体幹がまるで揺らいでいない様子から、ダメージは皆無なのだろう。


『賢者VS田舎者、早くも決着か?』


『硬すぎんだろ……』


『相性が悪いね、相性が』


 やかましい、と言わんばかりに、ネルシェは文字の流れる視審霊を手で払った。


「そんなものかね。いや、そんなことはないだろう」


 ゲレマルクが独り言のように言う。

 言葉に反応するように、ガズラが鎌を振り上げた。


「来るッ!」


 フリントが短く叫び、分身も応じる。


 二人は同時に背後に飛び退く。その直後には大鎌が振り下ろされた。

 大きく内側へ反った刃が、石床をさくりと抉り取る。


「──なんてパワーなの……」


 粉塵が舞い上がる中、フリントは荒い息を吐きながら視線を前に向けた。大鎌を振り下ろしたガズラは微動だにせず、彫像のように固まっている。


「くそ……あの鎌、床ごと削るなんてシャレにならねえな」


 あごヒゲを触りながら、ゲレマルクが言った。


「その分身、力の程はオリジナルと同程度のようだな。次は締め技でも試してみてはどうかね? 男二人分の力であれば、ガズラも堪えよう」


「なんだ、あのじじい……」


 フリントは怪訝な視線を送る。

 まさか、敵からアドバイスをもらうとは思わなかった。


 ましてや、このガズラは彼の騎士であるというのに。


 ゲレマルクは楽しげに笑い、杖を軽く鳴らした。

 その響きが、静まり返った広間の空間に柔らかく広がる。


「ネルシェ、どう思う?」


 振り返ったフリントに、ネルシェは小さく頷いた。


「……試してみる価値はあるわね」


 ネルシェの承諾に頷き返し、フリントは駆け出した。


 向かうはガズラが立つ左手側である。

 意図を理解したネルシェもまた、《ジンジャードール》を操った、


 偽物のフリントがガズラの右手側を駆ける。


「さあ、絞首刑だぜ……!」


 横振りで鎖鞭を素早く投げる。


 先端が慣性を伴って回転し、ガズラの首元に巻き付いた。

 直後、《ジンジャードール》も同じように鎖鞭を放つ。


 左右両方から伸びる鎖鞭が、がっちりとガズラの首を巻いた。


「……せーのっ!」


 二人のフリントは腰を低く落とし、力いっぱいに柄を引く。


 二本の鎖鞭がギリギリと音を立て、ガズラの首に喰い込む。


 その力は二人のフリントが全力を込めたものであり、尋常な相手であればここで決着がついているはずだった。……だが、ガズラはまったく微動だにしなかった。


「……嘘だろ!?」


 フリントが叫び、汗がこめかみを伝う。


《ジンジャードール》もまた必死に力を込めるが、その顔には動揺の気配が見える。それは恩寵の茨を操るネルシェの集中が揺らいでいる証拠でもあった。


「……まだよ!」


 ネルシェが叫ぶと、《ジンジャードール》の下半身に変化が生じた。

 徐々にフリントの形を模していたそれが、異形のものとなる。


 そう──、半人半馬。馬車馬の下半身を持つフリントの姿へと。


「はああ……!」


 裂帛の声と共に、ネルシェが杖を強く握りしめた。


 《ジンジャードール》が蹄を石床に蹴り付け、踏ん張る。


 ガズラの首もとで小さな火花が上がりはじめた。

 鎖鞭がぎりぎり、ぎりぎりと軋んでいる。


「……ほう! そんなこともできるのかね」


 ガズラの身体が震えていた。

 手を叩いて、ゲレマルクが感心を示す。


「とっとと……落ちろ!」


 この機を逃すまい──、フリントは一層の力で鎖鞭を引く。


 次の瞬間、ガズラの兜を留めていたボルトが弾けた。

 兜が甲高い音をあげて飛んでいく。


 直後、視審霊の光が強まり、怒涛の文字列がはしった。


『え? 兜だけ?』


『中身どうなってんだ!?』


『兜の下に……兜……???』


 フリントとネルシェも一瞬動きを止め、ガズラの素顔に目をやる。だが、その兜の下には、肉や皮膚の代わりに、人の顔を模した鉄仮面があるのみ。


 いや、それこそがこの“ガズラ”の素顔なのだろう──。


 フリントとネルシェは同時に顔を見合わせ、直感した。


「……ゴーレムなのね」


「いかにも。といっても、これはまだ未完成品だがね」


 ゲレマルクは朗らかに言いながら、杖を鳴らして音を響かせた。


「……さあて、このくらいで良しとするかの」


 彼は懐に手を突っ込むと、小瓶を掴んで放りなげた。


 フリントが慌ててそれをキャッチする。エリクサーだ。

 冷や汗がどっと沸くが、平然を装って彼は尋ねた。


「本当にこれ、くれるってのか?」


「約束だからの」


「わけのわからねーじじいだ……」


 ゲレマルクは杖を軽く地面に突き、ふっと息をつく。


「いやはや、君たちは実に良い“素材”だ、セント・ハーナルの若人よ」


 その言葉に、フリントたちは眉をひそめる。


「素材だと? 俺たちは人間だぞ」


 フリントが鎖鞭を腰に戻しながら、不満げに口を開いた。


 ゲレマルクは一瞬だけ目を細め、視線をフリントに向けた。

 その目は、冷たい知性の欠片をひけらかすような光が宿っている。


「確かにその通りだ。しかし、どのような人間であるか……そこが重要だよ」


「どういう意味?」


 ネルシェが問いかけると、彼は微笑を浮かべたまま続ける。


「私が手にした《アーカイブ》は、残念ながら可能性に乏しいごく平凡なものであったからの。我らエセンディアの書庫は、暗廟に隠された“真実”を求めている。そして君たちのような者が、神に選ばれた恩寵を持ち、その力を示す姿は……何より貴重な観察対象だ」


「要するに、テメーの恩寵が気に入らなかったことへの腹いせか?」


「面白い解釈だな、若人よ。まあ許せ、エリクサーが手に入ったのだぞ」


 フリントはゲレマルクの言葉に、渋い顔をしたまま瓶を手の中で転がした。


「……まあ、貰っとくけどよ」


 ガズラが兜を拾いあげ、その不気味な鉄仮面を仕舞いこんだ。

 鎌を携え、静かにゲレマルクの傍へと向かう。


 フリントは思わず舌打ちをし、ネルシェに小声で囁いた。


「……ろくでもない奴らだったな」


「同感ね。でも、これ以上ここで争うのは得策じゃないわ」


 ネルシェは静かな声でそう言い、ゲレマルクに向き直った。


「あなたたちと関わるつもりはないわ。道を空けてもらえるかしら?」


 ゲレマルクは微笑みを浮かべたまま、少しだけ肩をすくめた。


「もちろん。暗廟は広大だ。それぞれが歩む道を選べばよい」


 彼は杖で軽くガズラを促して、そのまま大広間の奥へと進んでいく。

 その後ろ姿を見送りながら、フリントたちはしばらく無言で立ち尽くしていた。

(― 冒険記録 ―)

・冒険場所:暗廟 儀礼の大広間(浅深度)

・発生イベント:

→・「エセンディアの書庫」の騎士ガズラと決闘。

→・ネルシェが《ジンジャードール》を応用し、偽フリントを半人半馬の形態に。

→・決闘に辛勝。ガズラの正体が未完成のゴーレムであることが発覚。

→・決闘の報酬として、万能の秘薬「エリクサー」を受け取る。


(― 現在の資金 ―)

現在の資金:2100ナルクス(増加なし)


(― パーティーステータス ─)

・フリント(騎士)

→・状態:健康、疲労、ストレス

→・装備:ツギハギの鎧、とんがり帽子、ナイフ、

     鎖鞭、暖かい毛布、エリクサー

→・感情:「今すぐにでもコイツを飲みたいぜ」


・ネルシェ(祭司)

→・状態:健康、恩寵保持者、

→・装備:古びた法衣、恩寵 《ジンジャードール》、

     錫杖、黒曜石の聖杯

→・感情:「もう彼らとは会いたくないわ」

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