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【連載休止】底辺教会は“投げ銭”と共にダンジョン・レースを踏破する 〜ザ・コンクルサス〜  作者: 不乱慈


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第四話:道行くもの

 二つの鎖鞭が、闇の中で交わり踊るように唸りをあげた。


 実体のあるフリントと、茨から編み上げられたもう一人。


 ──二人は息を合わせるように動き、手際よく皮人形を撃破する。鎖の軌道が生皮を裂き、中から藁束が飛び散るたびに、視審霊の表面を言葉が駆けていく。


『うおおおお』


『強い、強いぞコイツら』


『舐めてたかも』


 二体の皮人形がバタリと倒れるや否や、すぐに増援が降ってきた。

 見上げれば、無数の個体がそこにへばりついている。


「数を減らしながら進むぞ!」


「ワカッタゼ」


 本物のフリントが声を上げ、分身のフリントがその指示に従う。二人のフリントが織りなすコンビネーションは滑らかで、一つの意志を共有しているかのようだ。


 うねった鎖の先端が勢いよく、降り立った皮人形の頭部を正確に打ち抜いた。


『余裕で勝てるんじゃね?』


『分身の方がキレがいい気がする』


『“当たり”の恩寵やね』


 視審霊の文字がざわつく中、“フリントたち”が軽快な動きで鎖鞭を振り回し、敵を吹き飛ばす。ネルシェはじっと集中して、右腕の茨を制御していた。


 だが──。


「くそっ、こいつら減ってる感じがしねえ!」


 本物のフリントが叫んだ。


 皮人形の増援が後ろから、横から、さらには天井から次々と現れる。


 そして。


「ヘッテルカンジガ……シネェ……」


 《ジンジャードール》も攻撃を続けるが、動きが徐々にぎこちなくなる。

 ひとつの動作を行うごとに、その挙動が鈍くなっていくのが明らかだった。


「ネルシェ! 分身の様子が変だ!」


「……っ、うっさいわね。私の集中が切れかけているのよ!」


 ネルシェの額には汗が滲んでいた。

 彼女の腕を巻く紫の茨が微かに震え、杖の動きが揺らいでいる。


 皮人形たちは減るどころか、四方八方から包囲を狭め始める。《ジンジャードール》が一体を薙ぎ払う間に、別の皮人形の二体が迫り、もはや反撃の暇すらない。


「ネルシェ先生、なんとかならねえか? キリがねえよ……!」


 フリントは視審霊の灯りを背に鎖鞭を振り回しながら叫んだ。

 視界の隅に文字が次々と流れ去る。


『やばいやばい』


『これ詰んでる?』


『もう無理だろ』


「くそ……コイツら、手の平ころころ変えやがって!」


 視審霊の向こうの信徒たちに毒づき、フリントが歯噛みする。


『八つ当たりすな』


『ごめんちゃい』


『そのまま帰れば?』


 と、その間にすら、皮人形たちは壁や天井から次々と降り、あたりを埋め尽くしていた。背後の退路は完全に塞がれ、彼らに残されたのは前後のわずかな空間のみ。


 壁のように迫る夥しい皮人形の群れ──。


「ネルシェ! もう無理だ、退くぞ!」


「退く場所なんてどこにもないわ!」


 フリントが叫び、ネルシェが怒鳴り返す。

 二人の声は、明らかに疲労と焦りに満ちていた。


 ネルシェの腕に巻き付いたままの茨は、透明度がさらに増し、《ジンジャードール》はほとんど実体を失っている様子だった。その鎖鞭の威力も下がっている。


「まずい……圧し潰される……ッ!」


 ──が、そのときだった。


「ちょっと通るぞ、若人よ」


 静かな声が闇を切り裂いた。


 二人が振り向くと、隙の無い甲冑姿が猛進していた。

 大鎌を振るい、皮人形を薙ぎ払っている。


 大鎌は、恐ろしいほどの剛腕で振るわれたことが分かる。

 皮人形たちの胴体は強引に引き千切られていたのだ。


 そのまま、フリントたちをもろとも刈り取らんとするばかりの勢いで──。


「ガズラ、人間は斬るな」


 再びの声が発せられると、騎士の動きはピタリと止まる。

 鎧を鳴らし、鎌を両手で持ったまま、騎士は二人の間を通った。


「……ひえっ……どうも……」


 フリントが恐る恐る会釈をするが、騎士は応えない。

 ネルシェも咄嗟に発動した防御魔法を解いた。


 騎士に背後には人影が見えた。

 それが言葉を発していた男の正体だった。


「すまんな、若人よ。ガズラは礼がなっとらんのだ」


 杖を突きながら、その老人は静かに歩み寄る。

 傍らには、彼に付き添う視審霊の姿。


 彼らは別の教会からの祭司と騎士のようだった。

 式典に出ていただろうか──フリントは逡巡する。


「貴方は……」


 ネルシェが静かに口を開いた。


「“エセンディアの書庫”より馳せ参じた祭司ゲレマルク。早う、この道を通りたい。手こずっているようならば、手を貸そう。些か不躾ではあるが、良いかな?」


 白いヒゲを撫でながら、ゲレマルクと名乗る老いた祭司は告げた。


 ゲレマルクがゆっくりと二人の間を前進し、杖を掲げる。細身の木製の杖から微かに光が漏れ、周囲の闇を薄く切り裂いた。光は広がると同時に明瞭な形を持る。


 光が天井や壁を照らし出すと、彼は命じた


「ガズラ、掃討せよ」


 老祭司の声は柔らかいが、その声音には揺るぎないものが宿っていた。


 ガズラは無言で大鎌を振り上げると、再び皮人形たちに突進した。圧倒的な力で次々と薙ぎ払っていく。床に転がる藁と破けた皮の音が、空間に不気味に響いた。


 *


 ゲレマルクとガズラは、整然とした動きで前進を続ける。大鎌を振るうガズラが皮人形を次々と薙ぎ払い、その後ろを悠々とゲレマルクが進む。彼らの進撃は容赦がなく、皮人形たちは次々と床に倒れ、藁と皮の積まれた道を、フリントたちは追う。


「あんなあっさりと……」


 フリントが口元を歪めて呟く。彼は一瞬、鎖鞭を握る手を休め、ふと視線をネルシェに向けた。ネルシェは何かに気づいたように眉をひそめている。


「どうした、ネルシェ?」


「……あの騎士、動きに一切乱れがない……」


 ネルシェが言い終わらないうちに、通路を占領していた皮人形の最後の一体が排除された。残るは、壁に張り付いたままこちらの様子を伺う個体ばかり。


 が、突如として、ぬらっと現れた影が降り立つ。

 その皮人形は一瞬にしてゲレマルクの背後を取った。

 

「危ないぞ、じいさん!」


 フリントが声を上げる。

 その言葉を聞くまでもなく、ゲレマルクは瞬時に動いた。


「わかっておる」


 皮人形がその異形の腕を振り下ろそうとする直前、ゲレマルクは杖を片手で軽々と操り、その勢いで皮人形の攻撃をいなす。同時に、老人らしからぬ素早い身のこなしで皮人形の背後を取ると、杖を突き立て、皮人形を壁に押し付けた。わずか数秒の出来事。


「動く者には意志がある。ゴーレムにおける“意思”こそが……これだ」


 ゲレマルクの頭部に、青い光が宿る。

 それは茨の王冠の形を成して、強く輝き始めた。


「《アーカイブ》」


 ゲレマルクは、その恩寵の名を告げた。


 光が杖を伝い、皮人形の額に触れる。その瞬間、額を引き裂くような青白い光が漏れ、ゲレマルクの杖の先に吸い寄せられるようにこぶし大の光の塊が現れた。


 光はゆっくりと凝縮し、形を変え、やがて一冊の本となっていく。装丁は黒ずんだ革でできており、その表紙には複雑な文様だけが浮かび上がっている。


 額から“本を引き抜かれた”皮人形は、やがて、そこに居る意味を失ったかのようにうろうろと歩き出し、次第にその身体は朽ちて、瓦解しはじめた。


「ほれ」


 ゲレマルクは振り向き、本をネルシェに放り投げた。


 受け取った本をパラパラとめくった彼女の顔は青ざめた。


「“皮を剥げ、皮を剥げ、皮を剥げ、皮を剥げ……”。何よこれ……」


「命令式でよ。ゴーレムなら必ずある」


 ローブを正したゲレマルクが、「ほれ、行くぞ」と軽く言い放つと、大鎌を振るうガズラが一瞬だけこちらを振り返り、無言でフリントたちを促した。


 藁と皮で埋め尽くされた通路を悠々と歩くエセンディアの書庫。ネルシェとフリントは一瞬目を見交わしたが、言葉を交わすことなく、彼らの後を追った。


 その様子を見ていた視審霊は、一層ざわつき始める。


『なんであのじいさんに付いてくんだよwww』


『完全におまけ扱い』


『後ろを歩くだけの簡単なお仕事www』


『やっぱり負け犬にプライドはないんスね』


 それらを横目に、ネルシェが舌打ちする。


「クソ。言いたい放題ね、コイツら」


「といってもよ……従うしかねえだろ……」


 フリントが苦虫を嚙み潰したような顔で言った。


「あの鎌で挽き肉にされるのは御免だぜ」


「同意よ、勝ち目がない」と、ネルシェが肯定する。


 *


 やがて辿り着いた広場は、暗廟の荒涼とした雰囲気の中にあって、なお異様な空間だった。四方の壁に整然と並ぶ古びた石柱は、明らかに儀式的な配置である。


 もっとも、古代的なその意匠を汲み取ることはフリントにはできなかったが、それ以上に理解しがたいのは、前を行く二人が自分たちを助けた理由であった。


 エセンディアの書庫──もはや教会とも思えない名を持つ彼ら。


「彼らは厳密には“教会”ではないわ」


 フリントの逡巡を察したのか、ネルシェが耳打ちする。


「──ハイバンシー魔術大学、その上位にある研究集団よ」


「知ってるよ。“公然の秘密”って奴だ……」


「ここには神の時代の遺物が多く残されてる。きっと宝の山よね」


「そんなことはどーでもいいって。問題はなんで助けられたかだろ」


 しばらく流れの治まっていた視審霊の文字たちが、再び早くなる。


『ひそひそ話するな』という全会一致の意見だった。


 フリントは下瞼を引き、舌を出して侮蔑のジェスチャーで応える。


 と、そこでおもむろにゲレマルクが喋りはじめた。


「ほぉ……ここは良い。広く、見通しも。うむ、ここにしよう」


 改めて見渡す。白い大理石の大広間。


 天井はひときわ高く、ぽつりぽつりと滴る水滴の音が、静寂を崩す。


 無数の柱が並ぶが、それらはほとんど壁の際にある。


「何をする気だ、じいさん?」


 フリントが警戒を滲ませながら口を開く。

 その鎖鞭を腰元で軽く握り、いつでも対応できる様子だ。


「そんなに尖るでない。何、少し頼みたいことがあってな」


 ゲレマルクは白いヒゲを撫でながら微笑む。

 彼はゆっくりとネルシェに顔を向けた。


「さて、旧く貧しきセント・ハーナルや……」


「あ゛ぁ!? 喧嘩売ってんのか!」


 ピクリとフリントの眉が動き、野犬のような唸り声をあげる。


「よしなさい、フリント」


 ネルシェが即座に制して、老人の言葉を促した。


「ははん、“喧嘩”か。ある意味では、な……」


「なに……?」


「──いまからここで、ワシの騎士と戦ってもらえぬかな」

(― 冒険記録 ―)

・冒険場所:暗廟 大回廊→儀礼の大広間(浅深度)

・発生イベント:

→・異形の者「皮人形」と戦闘。

→・皮人形を複数体撃破するも、包囲される。

→・「エセンディアの書庫」が加勢し、同行開始。

→・祭司ゲレマルクからの決闘の申し出。


(― 現在の資金 ―)

現在の資金:2100ナルクス(増加なし)


(― パーティーステータス ─)

・フリント(騎士)

→・状態:健康、疲労

→・装備:ツギハギの鎧、とんがり帽子、ナイフ、

     鎖鞭、暖かい毛布

→・感情:「なんつーデカい鎌だよ」


・ネルシェ(祭司)

→・状態:健康、恩寵保持者、

     疲労、集中力低下

→・装備:古びた法衣、恩寵 《ジンジャードール》、

     錫杖、黒曜石の聖杯

→・感情:「まったく、不安的中ね」

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