絵の達人
美しい山麓を望む丘。さびれた工房を訪ねた。
「あの、ここに絵の達人がいると聞いたのですが」
せまい室内にはびっしりと絵が飾ってある。
「誰だ」
「私、各地にいる達人を取材しているものです。お話を聞かせてください」
「ここにそんなやつはいない」
脂ぎった長い髪をした男は自嘲する。
「ラファエロさん、ですよね?」
「……帰ってくれ」
「あの、レリクス砦の話が本当か、それだけ教えてください!」
百年戦争を引き分けに持ち込んだ決死の防衛戦。その戦功第一位、獅子心勲章を授与されたかつての英雄ラファエロ。しかし、
「……放っておいてくれ」
目の前にいるのは英雄とはほど遠い、すさんだ男の姿である。
「なにがあったんですか?」
「なにもなかったんだよ。だから俺はここまで落ちぶれた!」
「お願いします。話を聞かせてください」
輝かしい栄光の影に隠れた男の過去とは。
「つまらない話だ」
「お願いします」
重い口から真実が語られる。
百年戦争末期、俺はガキだった。
毎日、絵を描いて暮らしていたがそんな日々は突如として終わりをむかえた。
「ラファエロ。お前に召集令状が出ている」
俺は14にして戦場送りにされた。こんな子どもを徴兵するくらいだ。戦況は最悪だった。
「逃げるな! 逃げる者は裏切り者として処刑する」
劣勢。戦いで死ぬ人間より逃げる人間の方が多いからって、味方同士で殺し合いをしてんだ。
だからこそ祖国に家族のいる、まだ若く世の中を知らない馬鹿な俺は重宝された。
なにも知らされず激戦区に送られ、生きて帰ったら次の戦場へ。
「神様……」
死ぬまで終わらない地獄に慈悲はない。1年後、
「次はレリクス砦へ向かってくれ。ここが最後だ。ここを乗り切れば君は家に帰れる」
上官から命令が下る。
この頃には馬鹿な俺でも状況がわかるようになっていた。
最後。その言葉は嘘じゃない。ようやく終わる。ただし家に帰るときは棺の中だ。
レリクス砦に入るや二重三重に敵軍に包囲された。
籠城戦。敵は水の手を切って、兵糧攻めするつもりのようだ。
そのおかげで時間ができた。
死ぬまでの時間。せめてもと思って俺は絵を描くことにした。
死んでいった仲間たち。いま生きている仲間たち。正確に、こいつらはここで生きていたんだよって残るように、家族に伝えられるように。俺は一生懸命に筆をふるった。
俺の絵は好評だった。中には「俺はもっとカッコイイはずだ」って言うやつもいたけど、誰が見てもそっくりに、まるで生き写しのような良い絵を描いた。
ある日、それが上官の耳に入って、
「絵を描いてくれないか?」
軍から正式な依頼があった。
「なにを描きますか?」
「池を描いてくれ。豊かで澄んだ美しい池を」
変な依頼だと思った。でも俺は初めての依頼に喜んで、
「おまかせください」
引き受けることにした。
兵糧が尽き、仲間が次々に餓死していく。そしたらそいつの血を飲んで、肉を削いで食べた。池の水が血に染まらないよう、俺は昔、祖母の家の近くにあった湖畔を思い出し、美しい思い出に浸りながら寝る間を惜しんで描いた。
そして間に合った。生きているうちに絵を完成させた。
「参謀殿できました!」
「……よく、やった」
「でも、なんで池なんて」
上官はふっと笑って池を指した。
「ご覧。鳥がいるよ……」
みると白鳥が本物の池だと勘違いして降りてくる。それを仲間たちが弓で射る。
「参謀殿!」
食料問題は一旦の解決をみせ、頃合いだとやってきた敵を返り討ちにした。
そして、そうこうしている間に戦争は終わった。
「これが俺の戦争だ」
「貴重な話をありがとうございます。貴方は国の英雄だ」
「英雄? くだらない」
ラファエロはイーゼルスタンドにある描きかけの絵を投げ捨てる。
「平和になったこの世界で、俺の絵はまったく評価されない! なにが印象派だ。くだらない!」
「それでも貴方は英雄です」
「俺は画家だ! 英雄なんて称号はいらない。クソッ、俺の絵を評価してくれたのは仲間と鳥だけだ」
僕はかける言葉もなく、英雄の家を後にした。
申し訳ありませんが更新を停止します。
異世界転生ものを書きたくなったので、そちらを書くことにしました。
7/1から毎日更新しますので、よろしければご覧ください。