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ダンジョン再生の達人 その1

 古代の地下迷宮。かつて栄えたダンジョンもいまは寂れて久しい。


「昔はよく冒険者の方がお見えになりました」


 そう語るのはダンジョン近くにある町の町長だ。


「町中の宿が満杯になって、役場を開放して冒険者の方を受け容れたこともあります」


 ――なぜ冒険者は来なくなった?

「攻略法が出回ったのです。迷宮の地図がいまや銅貨三枚で売られています」


 町長は力なくうなだれた。


 ダンジョンのクリア。冒険者にとって輝かしい実績も、町にとっては観光資源の枯渇を意味する。


 閑古鳥(かんこどり)のなく町。そんな町にダンジョン再生の仕掛け人が降り立つ。

 馬車からあらわれたのはダンジョンマスター、カイバ(43)氏だ。


「ダンジョンだけではなく、周辺の地域コミュニティも一緒に再生する。それが僕の仕事(コミットメント)


 氏はこれまで多くのダンジョンを再生させてきた実績を持つ。


「大事なのは顧客(ステークホルダー)とその先にいる冒険者(ユーザー)、皆と将来(ヴィジョン)を共有すること」


 そんなカイバ氏に密着し、活動を取材した。



 町の大通り。馬車停で町長が出迎える。


「どうも」

「ようこそ、おいでくださいました」

「ヨロシク」

「こちらこそ。ダンジョンを、町を、どうかよろしくお頼みします」


 ――町でなにを?

「町の資源(リソース)を確認します」


 町長の先導で空き家の目立つ通りを歩き、一軒のお店に案内される。


「町の名物。牛肉まんじゅうです」


 店主が蒸籠(せいろ)からまんじゅうを取り出し、氏に渡す。


「とてもおいしいです」


 口に含むや肉汁があふれだすまんじゅうは、どこに出しても恥ずかしくない町の名品だ。

 うつむき気味だった町長も自信に満ちた顔で胸を張るが、


「この町、自慢の一品です。昔はよく冒険者の皆さんがお弁当代わりに買っていかれました」

「なるほど。それでいまは?」


 すぐに肩を落とし、首を振った。

 

「羽振りのいい冒険者ならともかく、牛肉はどうしても値が張るので貧しい町人にはなかなか……」

「そうですか」


 ほかにもあれこれとカイバ氏は丹念に町を見て回った。



 翌日。私はカイバ氏とともに古代の地下迷宮へ向かった。


「なるほど」


 地図通り迷うことなくダンジョン深部へ。ご丁寧なことに地図には罠やモンスターが出てくる場所まで記されていた。


「これは劇的(ドラスティック)改築(リノベーション)が必要ですね」


 カイバ氏は目を閉じ、指揮棒を振るように手を動かしはじめた。


 ――なにをしている?

「イメージです。どうすれば町との相乗効果(シナジー)を最大にできるか、計画(プラン)を立てています」


 暗いダンジョンでどれほどの時が経っただろうか。やがて氏は手を止め、


「決まりました。あとは持ち帰って具体策を練ります」


 汗の滴る顔で笑ってみせた。



 翌月。カイバ氏は大量の資材や大勢の大工をともなって迷宮を訪ねた。


「皆さん。ヨロシクお願いします」


 氏の号令で工事が開始する。


 ――ダンジョンをどうするのか?

「詳しくは申し上げられませんが、そうですね、強いて言えば冒険者(ユーザー)に楽しんでいただけるような仕掛け(アトラクション)を用意します」


 そう言ってからは口を閉ざす氏に変わり、作業をおこなう大工のゲンさん(58)にも話をうかがった。


 ――カイバ氏との付き合いは長いのか?

「だいぶ古い付き合いだよ。あの人はいっつも無理な注文してくっから大変で、仕事を請けるのはウチくらいのもんだよ」


 ゲンさんの言葉に、氏は苦笑いする。


「まあ、でも、退屈はしないやねえ」


 ゲンさんはにやりと笑う。



 二か月後。工事が終わったと連絡を受け、早速迷宮へ向かった。


「こちらへどうぞ」


 ダンジョンの前でカイバ氏やゲンさんらと合流し、中へ。

 ダンジョン内部は様変わりしていた。


 ――以前はなかった道がいたるところにありますね。

「前まで分岐を網羅するような迷路でしたが、あえて道を増やし交差させることで、地図があっても正解の道をたどり辛くしました。うっそうとした森をイメージしていただければわかりやすいと思います」


 なにも考えなしに、あるいは右、左と交互に分岐を歩いていくといつの間にかスタート地点へ戻されてしまう。


「それだけではありませんよ」


 そう言って氏は一行を、ある通路へと案内した。


 ――ここは?

「わかりにくいですが、実はここに転移の魔法陣があります。日替わりで別の魔法陣とつながるので、地図があってもまっすぐには進めないというわけです」


 長くダンジョンを存続する仕組みのようだ。


「私はこれを多次元迷宮装置(クロノメイズ)と名付けました。まだ試作段階ですが開業(オープン)には間に合わせますよ」


 と、氏が石に足をとられ魔法陣を踏む。

 

「あっ」


 ビュンっと一瞬にして氏の姿が消えた。これは冒険者も驚くことだろう。

 しばらくしても戻ってこなかったので、我々は迷宮の入口で氏を待つことにした。



 カイバ氏が姿を現したのはそれから二日後のことだった。


 ――遅かったですね。

「……ええ。設計者の私ですら迷宮の攻略には時間がかかるということです」


 氏のお腹が鳴る。


 ――大丈夫ですか?

「大丈夫です。こんなこともあります。もちろん、開業(オープン)までには冒険者(ユーザー)の皆様に安心してお使いいただけるようしっかり調整(テスト)します」


 言うや氏は空腹で倒れ込んでしまった。



 翌日。カイバ氏不在の中、迷宮へモンスターの搬入作業がおこなわれる。

 私は氏に変わって作業を指揮する冒険者ギルド支部長のメル(29)氏に話を聞いた。


 ――モンスターの危険性について

「そんなのアンタに言われなくてもちゃんとわかっているわ。安心しなさい。搬入するのは日陰を好む低級のモンスターばかりで、迷宮からは出てこないわよ」


 ――なぜこんなことを?

「もちろん依頼されたからよ。まあ、あとは初心者(ルーキー)の子らに実戦経験を積ませる場を用意できるという意味で、ウチにもとってもいい話だからだけど」


 すぐ横を檻に入れられたゴブリンが通り過ぎる。


「最近はどこも攻略済みで、若い子らはなかなか冒険できないからね」


 メル氏は優しい目をしている。とはいえ、モンスターに追いかけられれば迷宮攻略の難易度は跳ね上がるだろう。


「もちろん、死傷者を出さないようギルドでもしっかり管理するわ」


 それも依頼のうちだと彼女は語った。



 そして一か月後。いよいよ迷宮がオープンする。

 各地の冒険者ギルドへ依頼書が張り出される。


『古代の迷宮にモンスター巣くう! 求、冒険者!!』


 応募するのはギルドが推薦する若い冒険者たちだ。


 この日、町は各地から派遣された若い冒険者で活況を(てい)していた。

 大通りでは飛ぶように牛肉まんじゅうが売れていく。


 ――まんじゅうは美味しいですか?

「はい。戦の前の腹ごしらえってことでちょっと贅沢しています。死んじゃったらもう食べられませんからね」


 ボリュームのあるまんじゅうは若い子に人気のようだ。

 おいしそうにまんじゅうをほおばる冒険者らを町長が嬉しそうに見守っている。


 ――町が活気づいていますね。

「はい。これも皆さんのご尽力の賜物(たまもの)です。町に、こんなにも多くの若い方がお見えになるなんて、もう……夢のようで……」


 町長の目から涙がこぼれる。


「すみません。昔を思い出してしまって。実は私もかつてはあの子らのような冒険者で、迷宮攻略に挑んでいたのですが、攻略されてからは村を離れていて。膝に矢を受けてからは廃業して町にもどったのですが……」


 町長は涙を拭き、若返ったかのように屈託のない笑みを浮かべた。


「ご覧ください。これが私の生まれた町。私の愛するふるさとです!」


 彼もまたかつての元気な姿を取り戻したようだ。



 迷宮の入口では冒険者らが列を作って順番を待っている。どうやらあまりの人気で入場制限がかけられたようだ。

 私は待機中の冒険者を取材することにした。


 ――どこから来ましたか?

「あ、はい。冒険者ギルド第八支部から」


 ――本日はどのような目的で?

「ギルドの仕事でダンジョンの内部構造を調べに。昔、調べたときと大分変っているみたいで」


 ――モンスターがでるようですが?

「正直ちょっと怖いです。でもようやくちゃんとした仕事をいただけたのだから頑張らないと」


 冒険者は震える手を握りこんで力強く答えた。

 さらにダンジョンから出てきた冒険者にも話を聞く。


 ――中はどうですか?

「最悪です。どこも似たような景色ですごく迷いやすいです。その上、テレポートする罠があって地図がまったく役に立ちません」


 ――テレポート?! それは大変ですね。すぐに帰ってこれましたか?

「あ、はい。飛ばされた先にも同じ魔法陣があって、それを踏めばもとの場所に戻れるみたいです」


 どうやらしっかり調整されているようだ。

 そんな冒険者らの姿を少し離れたところでカイバ氏が見守っている。


 ――大成功ですね。

「はい。初動(スタート)はまずまずといったところで安心しています」


 ――皆さん真剣な様子で。

「そうですね。ギルドにはここが人為的に作られたダンジョンだとは伏せてもらっていますから、皆さん本番同様、しっかり経験を積んでいただけるでしょう。それに経験だけでなく、実はちょっとしたお宝も仕込んでいます。本当は二束三文の品なのですが商会に話を通してあるのでそれなりの値段で買い取ってもらえます」


 氏はクスッと笑う。


「お宝は冒険の醍醐味(だいごみ)ですからね。ぜひ冒険する楽しさを味わっていただき、まだ未攻略のダンジョンへ挑戦するきっかけとなって、人類の活動圏を広げる一助となっていただきたい」


 ――楽しみですね。そんなカイバ氏の今後の目標をお聞かせください。

「はい。これからもダンジョン再生を通じて、地域コミュニティや冒険者らの活性化をはかり、より良い社会の実現を目指しますよ。あとは僕のダンジョンで腕を磨いた冒険者が名をあげて、俺はあのダンジョンでレベル上げをしたんだ、とか言ってもらえたら嬉しいですね」


 ――最後になりますが、氏には迷わず目標に突き進んでいただきたいと、陰ながら応援しております。

「ええ。自分の作った罠で死にかけるのはもうごめんです。あはは(怒)」


 これからもカイバ氏の挑戦は続いていく。

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