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愛の達人

 おごそかな大聖堂。美しき祈りの間に男がいる。


「あの、貴方がこの教団の教主様でしょうか?」


 きらびやかな衣装に身をまとった男へ、僕はペンを手に問いかけた。

 男は柔和(にゅうわ)に、


「そうです。ようこそ我が家へ」


 にこっと微笑む。


「僕は達人を取材している者なのですが、貴方のお話を聞かせていただけないでしょうか?」

「それはそれは。私はなにも秀でておりませんが、答えられることがあればお答えしましょう」

「では」


 僕はメモを開き、目を落とす。


「基本的な質問で申し訳ありませんが、確認させてください。貴方は救世主と呼ばれていますが、そうなったきっかけを教えていただけないでしょうか?」

「救世主……。畏れ多いことです。断っておきますが私は一度としてそのように名乗ったことはありません。きっかけは、そう……」


 男は昔を思い出すように目をとじ、とうとうと語りだした。



 私は一年を通して温かく、果実が良く実る平和な南国の島に生まれ、暮らしておりました。

 ある日そこへ賢者様がお見えになりました。

 賢者様は私に言います。


「おお、救世主よ。老いた私に代わり、人々を導いてはいただけまいか?」


 私は大いに悩み、困り果てました。


「私はそのようなたいそれた者ではありません」

「いいえ。貴方は神に選ばれました。貴方には聞こえるはずです。神の声が」


 賢者様の言葉に私はハッとしました。

 たしかに生来、物心ついたみぎりより私にはある声が聞こえるのです。


「どうしてそのことを?」

「神の御心によって」


 賢者様は膝をつき、じっとこちらを見据えます。

 真剣な眼差しにうたれた私は、旅に出ることにしました。

 人々を救う、という大層なことではなく、私が何者なのかを知るための旅に。


 まず西の国へ向かいました。そこでは物乞いが飢えに苦しんでいました。


「どうぞ、これを」


 私は路銀を渡しました。


「いいのかい? アンタだってこれがないと困るだろう?」

「私は一年を通して実りある大地のもとで育ちました。もうお腹いっぱい食べたのです。多少の飢えなど苦しくありません」


 物乞いは涙を流して、感謝しました。


 それから北の国へ向かいました。そこでは子どもが寒さに凍えていました。

 

「どうぞ、これを」


 私は着ていたローブを渡しました。


「いいの? アナタも寒いでしょう?」

「私は一年を通して燦燦(さんさん)と輝く太陽のもとで育ちました。もう十分陽の光を浴びたのです。この程度、寒くなどありません」


 子どもは笑顔で手を振って、感謝しました。


 今度は東の国へ向かいました。そこでは召集令状を手に震える若者がいました。


「私が代わりに行きましょう」


 私は若者の手から召集令状を抜き取りました。


「いいのか? アンタは怖くないのか?」

「私は平和な島に生まれ、戦を知らずに育ちました。もう十分平和を謳歌したのです。それを思えば貴方ほど怖くは感じておりません」


 若者は老母と一緒になって、感謝しました。


 戦場。生涯において武器を持ったこのない私はすぐに倒されてしまいました。

 敵が槍を私の首に伸ばします。と、


「ア、アンタは……!」


 よく見ると、その敵は西の国で出会った物乞いでした。


「どうぞ、おやりなさい」


 私の人生は幸せでした。いまここで死んで、この方の戦果となるならそれもまた良いでしょう。


「できるわけないじゃないか! ……そこでじっとしていてくれ」


 物乞いは私に死体を被せ、逃してくれました。

 

 夜。星を隠す雲の下、せっかくの厚意を無駄にしないよう私は懸命に走りました。

 ですが、飢えと渇きに苦しんだ末に街の手前で力尽き倒れてしまいます。

 

 日が昇り、温かくなっても私の体は一向に動きません。


「大丈夫ですか?」


 運よく通りかかった親切な行商人に助けられ、九死に一生を得た私はそこで悟りました。


 ――愛を回せば、人は幸福になる。私はそれをお手伝いすべく生まれたのです。


 そして愛を回し始めました。まず孤児院を建てました。やがて巣立った子どもたちが成功を収めるようになります。そうしたら今度はその子どもたちへお願いし、路頭に迷う者へ戦以外の仕事を周旋していただきました。衣食足りれば戦う必要がありません。戦が止めば人々は武器を置き、愛を求めるようになります。私は若者に出会いの場を提供し、愛を育みました。

 


「そんなことをしているうちに皆様から救世主と慕っていただくようになったのです」

「なるほど。貴方は素晴らしい方だ」


 取材をひととおり終えると夜になっていました。

 記者の方をお見送りし、自室に戻ると声がします。


(嘘つき)


 今日も聞こえる神の声にほっとした私はゆっくり眠りにつくのです。

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