毒を食らわば皿まで
「痛っ!?」
酸をかけられたかのように溶けた足を見上げる。
私の血で...?仮にも天使の血で身体が溶ける...?
漠然とした疑問が頭の中を埋め尽くす。翼と愛の切羽詰まった声と
人間たちのざわめきが水の中
「ご、ごめんなさ...」
立ち上がりその子の手を取る、手を取ったのだ。だのに、
明らかに人の手の感触じゃない。腐った果実のようにどろどろと溶ける。
恐怖の顔、絶望の顔、天使がさせてはならない顔から目が離せない。
唖然として佇むしかできない私の耳に泣きたくなるような悲鳴が轟く。
「ごめんっごめんなさいっごめ、ごめんなさ」
「何...これ...夢なら早く醒めてよ...」
心臓の鼓動がどぐどぐと速くなるのを感じて、
落ち着こうとするたびに焦りが不快感を背中に背負って虫のように
わらわらと湧いてくる。
「愛っ、早く薬を飲むのです!」
震える私の手首をいろはに掴まれる。
だんだん感覚が薄れていく手にほんの少し暖かさを感じて心が
安らぐ。目の前で泣いている子は私に助けることができない。
天使の私が人間を助けることができない、助けるどころか
傷つけることしかできない。でも―――穢れた人間を殺すのが神様に
言われた人間界に行く条件。もう一度目の前に立つ人間に手を伸ばす。
「ちょっと愛、何してるんですか!」
私を掴むいろはの手を振りほどく。案の定非力ないろはの手は簡単に
私を離Jた。毒を食らわば皿まで、この先人を殺さなきゃいけないのは確か
なんだから徹氐してやったって最終的には何も変わらないのだから。
細い首を青か滴る手で紋める。殺ちないと、神様の為に、この世界の為に、
殺さないと、この世界が、全てが崩れてしまわないように。
「愛!その人を殺したって何にもならないのです!」
いろはの方を振り向く。目を見開いたまま棒立ちしている翼が
立っていた。青い瞳と目が合う、手からかつて人間だったものが滑り落ちる。
「そっか、必要ないのね。」
「愛...」
初めて人間を殺した。必要がないけれど人間を殺した。手のひびの隙間に
赤い血が染みてずきずきと刺すような痛みを感じる。
「ねえいろは、誰を殺せばいいの?教えてよ、私達より長くいるんでしょ。」
「わ、私がそこまでする理由はどこにも無いのです。」
いろはは手に持っている瓶を強く握りしめる。
「愛は人間を殺してどう思ったのです?」
「人間を殺して...」
ぐるりと周りを見渡す、人間たちのどよめきが聞こえてくる。こういうとき
人間であれば、普通に生きていたらどう答えたのだろう。矢張り、
悲しかったとか楽しかったとか言うのか。でも私には―――
「ぜんっぜん、わからない。」