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割れるラムネ瓶

「てん...し...?」


 そう呟く少年を中心に赤い液体が広がっていた。

人間は死に際は人間界に存在しえないものが認識できる。

彼にとって私達は自殺した自分を天へ導く存在に見えるだろう。


「あっ、どうもどうも...」

「え。あっ、なんですか....」


 ——会話が続かない。


「あっあの、これはなんというか。」

「あっこれ天使って二回来るんですか?」

「えっ?」


 怪訝そうな目で見つめられる。

そして面倒なことがどんどん積み重なる音が聞こえる。

異世界から来た天使ならもう彼は天界に連れていかれたはずだ。

私達以外に休暇中の天使がいるというのか?

 彼が飛び降りた場所であろうビルの屋上を見上げる。ああ、一人の天使――

少し癖のある髪と金色に光る輪。高い鼻は青空を泳ぐ雲の方をつんと向いていた。

おそらく私は彼女を見たことがある。一体いつだったか...


「あら、ミラちゃん?」

「ああ~、えっと。はい、あはは。」


 ダメだ、知ってるはずなのに名前が出てこない。そんな私を置いていくように

にこにこと孤を作った目で笑う天使がどうも憎たらしく見えてしまう。


「あの...何をして...」

「え~?この子を天界につれてこっかなって思ったのよ。可愛いお顔でしょう?」


 横たわる少年を見やる、確かに整った顔立ち。

なんというか幸薄いという言葉が二重の意味で似あうような雰囲気だ。


「別に休暇中だから仕事しなくていいじゃないデスか。」

「えっ休暇?」

「聞いてなかったんですか?」

「ああ~ここ数十年は天界に帰ってないからねぇ。」


 天界に帰っていない...?あっ聞いたことがある気がする。

世界一のサボり魔の天使だとかなんだとか言われていたはずだ。

名前は確かシャウラだったような...


「あの...」

「この子は天界に連れてくるからついでで話は聞くわよ」

「いや、だから仕事はない...」

「この子に死んでもらったのはただの私情だから仕事じゃないわ。」

「これ人間じゃん、勝手に殺したら神様が――」


 もしも彼は彼一人だけでいたら自殺していなかったのだろうか?

乾き始めた血が少しずつ黒くなっていた。特に処置もしていないので

流石にもう死んでいるだろう。

 何か言おうにも何も出てこず気まずい沈黙が流れる。


「あっそういえば昨日ベガちゃんに会ったのよ~」

「今のタイミングでその話しマスか...?あとベガって誰...」

「それでね、天使にも効くお薬作ってもらったの!

 これあげるから!神様には黙ってて!」


 シャウラがポケットから袋を取り出す。手書きの文字で

天使用と書かれている。


「いや、普通に天界に連れてくので薬は...」

「でも穢れにさらされてる以上、天界に連れるのは危険よ?」

「穢れ?」

「その死体の血触ってみたらわかるわよ。」


 穢れ、神様もそんなことを言っていたような気がしたけれど――

頭が疑問で満たされていくうちにシャウラが地面に降りてきた。

シャウラがしゃがんで少年の死体から広がる血を指で触れる。

しばらく見ていると血で汚れた部分からじわじわと硝子のような

ヒビが広がっていく。


「なにこれ...」 

「ここ十年ぐらいで妙に居心地悪くなっちゃったのよ。

 どこもかしこも段々と穢れに侵されてる。」


 みるみるうちにシャウラの手は全体にヒビが入っていく。

死への恐怖とも違う何かに心が侵されていく。

見たことも無い光景に目を背けそうになった瞬間、


――ぱりんっ


落としたラムネ瓶が砕けるようにシャウラの手が砕ける。

汚くて綺麗な蒼がどろどろと溢れ出す。痛みにぐにゃりと

熱された硝子のように顔をゆがめるシャウラの顔が恐ろしいことに

どことなく美しく見えてしまう。


「ね、言ったでしょう?私と一緒にいれば薬も手に入るから。

 この子の事黙っててくれる?」


 そう問うシャウラの言葉に私はただ頷くしかできなかった。

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