人間と天使
神様から世界を終わらせることを告げられて数日後、ある程度仕事を
片付けてから人間界で休暇を楽しむことを決めた俺たちは人間界での生活に
ついて詳しく調べるために資料室に来ていた。
「地球かあ、日本とかがいいな~治安良いんでしょ。」
「まあ普通に暮らす分にはそこそこ良いんじゃないですか。」
随分とはしゃいでいる様子のミラがぐるぐると地球儀を回す。
ミラの幼子のような純粋な笑顔を見るのはいつぶりだろうか。
「思ったんですけど、世界終わるまでずっと人間は死にますよね、
その人たちはどうするのでしょう?流石に異世界の天使にまかせっきりには
いかないと思いますが。」
「アリアさあ...」
満面の笑みから呆れ声と共にきゅっと眉間にしわを寄せる。
—―仕事の話になるといきなり不機嫌になるなこの天使。
「なんか友達の噂だけど、なんか天使パワーでなんか未練をなんかどーん消すんだってさ。」
「なんかが多すぎます。」
「でもここまでブラックなのこの世界だけだから異世界の天使に
ある程度任せても大丈夫だと思うよ。」
確かに感覚が麻痺していたがここまでブラックな世界なんて滅多にないだろう。
そもそも、天使の役目を仕事と認識して面倒くさがることも普通起きない。
世界の寿命の何倍も老いずに生きるが、ずっと忙しい日々を送っていると
こんなことも忘れてしまうのか...こわ。
「じゃあ話を戻して、世界が終わることが知られると混乱するに決まってるから
人間に擬態する必要があるでしょう?だから...偽名とかさ。」
「地名とかからとればいいんですよね。」
高く積みあがった資料の中から日本の地図を適当に引っ張り出す。
見てみるとひし形に尾がついたような――この形は北海道か。
日本国民の情報が載った本も取りに行こうと思い、埃と紙の匂いにまみれた
本棚の奥へ向かう。
「真駒内、石狩、江別、恵庭、白石...いっぱいあるわね。
真駒内とって真駒愛とか?アリアは...空知翼とか。」
本棚の向こうからミラのつぶやきが聞こえてくる、どうやら資料を集める前に
決められてしまいそうだ。頭をかきながらミラの座っている机に戻る。
「もう決めてしまいましたか。」
「うん、今日からアリアじゃなくて翼だね。だから私は愛って呼ぶんだよ~」
真駒愛、空知翼。今までの名前とは全く違う響きで慣れそうにないな。
ミラ、ではなく愛が楽しそうに身体を揺らす度にプリズムのように髪が照明の光を
反射して虹色に輝く。いつもはどんな色も髪に現れていたが、どこか桃色の割合が増えている気がする。愛という名前に沿ってか、それとも自分の気のせいか。
とりとめのないことを考えながら、ぼんやりと愛の姿を眺める。
なんだかんだ二人きりでこうしてゆっくりと過ごしている時間が一番楽しいかもしれない。
「じゃあ翼、神様に人間界に行く許可もらいに行こうか。」
「そうですね。」
愛と資料を片付けた俺たちは、資料室を出た。
「愛は人間界行って何がしたいですか。」
「人間に混ざって人間として生活したいな。」
にこりともせずに愛は言う。
「世界、終わりますけどね。」
「終わっちゃうね、人間からしたらどうなんだろう。数年したら世界が終わる、
転生するかもしれないけれど、絶対みんな死ぬじゃない。」
「天使とか、俺たちなんのために産まれたんでしょう。世界ってなんであるんでしょう。」
「それを言ったら終わりよ。」
天使もいずれ終わりは来る、死ではなく無機質な終わりが。
生死というのは人間にとっては身近だが天使にとっては遠い存在だ。
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