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4ヒロインと知り合おう

「ケイト! あなたよくもぬけぬけと男を誘惑なんてしてたわね、見てたわよあれ! お姫様抱っこ!」


 深夜、シェフィールド伯爵邸の屋根裏部屋は騒がしくなった。大きな声と音を立てて非常識にも遅い時間に無断で駆け込んできたジョアンナは、眠い目をこする私をキッと睨み付けている。

 案の定見られていたらしい。


「……あらジョアンナ~? もう朝ごはん~?」


 私は寝惚けているふりをしてやり過ごそうと試みる。だってこんな時間にまともに相手したくない。


「はああ? 寝惚けてないでさっさと起きなさいよ! 誰かバケツに水持ってきて頂戴!」


 げっ、それで目を覚ませって? 冗談じゃないっ。


「あら? ジョアンナったらまさか今帰ってきたの? こんな遅くに! 今まで誰とどこにいたの!?」


 婚約者以外のどこかの貴族の男を引っ掛けたのかもしれない。その通りだったのかジョアンナは反問されてうっとたじろいだ。

 父伯爵に男遊びで夜遅くなったと知られれば、多分ジョアンナでも謹慎を食らうと思う。万一結婚前に婚約者以外の男の子供を身籠ったりしたらそれこそ伯爵家の体面に関わる。


「わ、私の事よりケイトあなたよ! 一緒にいた黒髪のイケメンは誰よ!」


 そうくると思った。


「靴ずれを起こして難儀していたのをたまたま助けてくれたアレックス様よ」

「アレックス? どこの貴族?」

「さあ、冒険者をしているみたいだけど、貴族かどうかまでは詳しく知らないの」

「冒険者あ? ……ふっ、ならどうせどこかの貴族から招待状を大金で買って参加した成金商人辺りね」


 何だ気にして損したと悪態をつくとあっさり出て行ったジョアンナは容姿だけじゃなく身分や地位にも固執する人間だ。だからこそイケメンで王族のアレクサンダー王子を追い掛けるようになるんだろう。近い未来、彼は王子として公にあの麗しい素顔を晒すようになるからね。

 因みにざまあな事に、偶然にも屋敷に滞在していた伯爵の耳に入って翌日以降ジョアンナは謹慎を食らった。

 私は良い子の時間に帰宅して早々に公爵家の人間と顔合わせは済んだと伯爵に報告したから当然お咎めはなかった。

 ジョアンナのとばっちりで私への監視も厳しくなるかとも思ったけど、そこも杞憂に終わったのは幸いだった。


 




 王都でよく使われる待ち合わせ場所と言えば、時計塔の下が定番だ。


 この王都にはロンドンみたいに高い時計塔があるの。

 その時計塔には魔法使いギルドに属する魔法使いが常駐しているらしく、基本的には許可なく入れない。

 それでも交通の要所に面している時計塔の下はベンチや噴水のある広場になっているのもあって、待ち合わせに便利だからと人々は集う。


 時計塔には二階部分に小さな外舞台があって、定時になると動き出し人々の目を楽しませてくれる魔法動力人形もあるから、それを見に来る観光客もいたりするようで人の行き来が絶えない場所の一つだ。


 私ケイトリン・シェフィールドも巷の若者達の例に漏れなく待ち合わせ場所として使った。


「良かった。まだアレックスは来てないわ。まさか王子を待たせるなんて失礼はできないもんね」


 待ち合わせの午後二時までにはまだ一時間ある。

 かなり早く来たけど別にハンサム王子との初デートに浮かれているわけじゃない。保身のためよ。

 ……と、そう思っていたんだけど、アレックスはこっちの予想を悉く裏切る男だった。


「ケイト!? 随分早いな!」

「あー……アレックス様こそー、随分お早いですねー」


 時計塔下のベンチに座って気長にぼんやりして時間を潰そうと思っていたら、イメージ面で大量の花をしょった彼が駆けてきた。種類は瞳の赤に合わせて赤薔薇。わーはははゴージャス。道行く女性達も彼を振り返って頬を染めている。


「早く来た甲斐があったよ。その分だけ君と多くの時間を過ごせる」


 早く始めた分だけ早く帰れるって希望は潰えた。


「席の予約時間までは一時間ちょっともあるし、それまでは大通りを散策しようか」

「ええ、そうですね」


 蓋を開けてみれば僅差で先に来てベンチに座っていただけだった私へとアレックスが手を差し伸べてくる。自分で立てるとか本音じゃ思いながらもその手を取ろうとして、横から伸びてきた別の誰かの手が私の手を掴んだ。


「時間を潰すなら俺に任せろ。そしてそのまま一日俺とデートしよう。そこの男など忘れてな」


 ベンジャミン・チャンドラだ。


「どうして君がここにいる?」


 彼は昨日の会話を聞いてはいたけど、まさか来るとは思……ってたわ八割方。ゲームでもヒロインとアレックスのデートの邪魔をよくしていたもの。ベンジャミンルートだとその邪魔立てが功を奏するってわけね。

 ベンジャミンは繋いだ手を引いて私を立たせてくれると、放さずに歩き出す。


「えっ、ベン様どこへ!?」

「ケイトが嫌がっているだろう! 手を放せ!」


 私の反対の手をアレックスが掴んで引き留めてきた。


「そちらこそ俺の婚約者に馴れ馴れしく触れないでもらいたい」

「まだ違うだろ」


 ベンジャミンはアレックスの腕を狙って手刀を繰り出す。対するアレックスは手刀を掴んで止めた。

 結果、三人で手を繋ぎ合って輪になるという奇妙な状況が生まれた。え、未知との交信? かごめかごめの外遊び?


「二人とも変に目立ってますからどうか落ち着いて下さい。ね?」


 もしも伯爵家の人間に知られたら私が密かに外出しているのや冒険者やっているのがバレる可能性がある。そうなれば異母妹同様に監視されて屋敷から出られなくなるかもしれない。死亡フラグ回避して伯爵家を出るって方向で行こうとは決めてるけどそこまでの不自由は望まない。

 しかし二人は聞いていないのか睨み合いがヒートアップ。放たれる殺気が余計に衆目を集めている。

 顔を隠したくても今は仮面もないし、両手は二人に握られているから使えない。

 喧嘩か、痴情の縺れかと、どやどやと次第に視線だけじゃなく足を止めて眺め出す野次馬が増えていく。


「アレックス様、ベン様」


 二人はまだ聞く耳を持たないで牽制し合っている。

 だあーっ何なのよ全く! 髪の毛バッサーして井戸から出てきたホラーレディになって顔を隠すしかない?


「……二人は、私と会えなくなってもいいんだ?」


 ホラーまではならないにしても少し俯きがちにして、私は苦労して叫ばずに低い声を出した。口調もおしとやかさなんて気にしない。

 予期しなかった地を這う声の凄みにか、男二人はピタリと動きを止めて揃って私を見つめた。え、今の声はケイトからなのって心底不可思議そうな顔になっている。

 私は据わらせた両目をゆっくりと上げて二人を順繰りに射る。


「手を放してくれない? 目立つのは好きじゃないのよ、ハ!」


 顎を上げて偉そうに命じれば、二人はハッとして恥じ入るように素直に私の手を放してくれた。互いに敵対相手に集中するあまり女の子の手を強引に掴んだままなんて決して紳士的じゃない行動を自覚したらしい。ついでに言えば気に食わなそうに視線を交わしてお互いの手も振りほどく。


「ケイト、その、ごめん!」

「ケイト、無理に済まなかった!」

「…………」


 私は怒った三角眼を緩めない。暫しどこか気まずい空気が流れた。二人は私の言葉を待つように揃ってしょげた大きなわんこみたいになっている。


「アレックス様、お約束通り喫茶店にはご一緒します。……あとは森の件も」


 森の件とは魔物狩りに行こうってあれね。ベンジャミンにまでは知られたくないからそうボカした。アレックスは瞬時に明るい顔になるとふふんと得意そうにベンジャミンを見やった。勝者のつもりだろう。一方のベンジャミンはこの世の終わりみたいに愕然として私を見つめてくる。


「ですが、それで私達はもう会わないようにしましょう」

「ケイト……?」

「はっ、さすがは俺のケイト。誰より良識のある女性だ。彼女と俺には家同士が結んだ強固な赤い糸があるんだ。貴様には決して太刀打ちできないような、な」


 今度はアレックスがショックを受けて、ベンジャミンが勝ち誇った顔付きで一人勘違いする。

 はあ、頭痛がしてきた。ゲーム内で見てきた彼らの痺れる~な独占欲とかポジティブ精神が現実のしかも当事者になるとこうもウザいと感じるなんて自分でも予想外よ。


「ベン様も、申し訳ありませんが、私達の縁談はなかったものとお考え下さい。私はあなたと結婚できません」

「な……に?」


 それぞれ言葉を失くす美形二人を前に、私は最後通牒を言い渡すかのように大きく息を吸い込んだ。


「お二人には悪いのですが、私には――――」


 ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン……。


 まだ定時でもないのに時計塔の鐘が大音量で辺りに鳴り響いた。びっくりして動けずに聞いているけど、多くても十二回までな鐘の音が鳴り止む気配はない。


 ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン……。


 この時、私は世界から色が無くなったように感じた。

 だけど、視覚に色はある。なのに、どこかの感覚が狂ったような変な感じだ。あたかも自分がこの現実に属していないみたいな……。乖離するみたいな……。

 しかも更に、異変が起きていた。


「な!? 人が……っ」


 ――止まっている。


 歩いていたはずの、談笑していたはずの、転びそうになっていたはずの、一切の人々の活動が静止している。

 私はハッとして振り返った。


「アレック、ス、さま……――」


 アレックスとベンジャミンの二人も例外なく止まっていた。


 依然、鐘はゴーンゴーンと無限鐘突きかって感じでうるさく鳴り響いているってのに。


 と、私の耳は時計塔から微かに何かが軋む音を捉えた。


 警戒もあってぱっと勢いよく顔を向ければ、何と時計塔の外舞台に造られている魔法動力人形達が動き出している。


 それらは毎日定時になると、およそ二分の間動いて人々の目を楽しませてから止まる仕組みで、回転したりしながら簡単な物語を紡ぐの。

 広場の人間も鳥も脇道を通っている馬車馬だって嘘みたいに動かないのに、魔法仕掛けの人形だけがシュールにも共に奏でられ始めたメルヘンチックな楽しい音楽の中で決められた役割をこなしていく。


 音楽と鐘とが重なって頭の奥でハウリングしてくらくらしてきた。


 なのに逃げもできず、耳を押さえながら私は呆然としてそれらを眺めるしかない。


 一体全体これは何の冗談?


「……時間の魔法?」

『――いいや違うよ』


 硬い動きで畑を耕していた農夫役の人形が無機質な目をギョロリとこっちに向けてカタカタと口元を動かした。


 信じられない事に確かに声はそこから聞こえてきていた。大人と子供の声が合わさったような変な声が。


「あっ! その声、――天の声ね! これはどういう状況なのよ!」

『どうも。これはこの世界から君への第一の警告さ』

「世界からの警告……? どういう意味?」

『転生前に言った事を覚えているかな? メインキャラ達のエンディングを変えない方がいいというやつを』

「勿論よ。だから今二人に断ろうとしていたんじゃない。そこを偶然にも邪魔されたん――……って、もしかして、故意に邪魔を?」

『そんな目で見ないでくれ。私ではない。世界が、だ』

「どっちでも似たようなものでしょ?」


 そう言ったら少し切なそうな沈黙があった。区別してほしいの? まあ天の声の事情はどうでもいい。


「だからそれで? この先ヒロインを好きになるように無駄な執着を捨てさせようとしたのよ。何か警告される筋合いがあるの?」

『キャラ達の精神を壊しても、世界崩壊を招くんだよ。君に振られたら彼らは失意のドン底を突き抜けて地獄の底くらいまで沈んで、ヒロインと恋愛どころではなくなるからね。彼ら自身の設定に則した仕事すら手に付かなくなって評判もガタ落ちで、そんな駄目男にはヒロインでなくても恋なんてできない』

「え……はい?」

『振るにしても、お手柔らかにーと言うか何と言うか……まあ無難になるようにそっちで上手いこと調整してくれ』

「はあああっ丸投げってこと!? それに超絶面倒な反則レベルの規則だし!」


 嘘ーん、彼らをここできっぱりフッたら駄目なのー? 失恋の痛みで精神崩壊するとか、なんっっってガラスのハート!! ヒーロー達のくせにっ!!


『そんなわけだから宜しく。一つ助言すると、段階を踏んで彼らに君は高嶺の花だと思わせて身を引かせるように仕向けるといいよ。急に衝撃ドカーンだとパリーンといくだろうからさ』

「くうぅーーーーっこっちの身にもなって! そもそも手違いで死んだってのに何でこんな苦労をしなきゃならないのっ。私が何をしたってのよーーーーっ!」

『まっまあそこは本当に申し訳ないとは感じているよ。そうだ、せめてもの償いにもう一つ何か能力をあげよう』

「……二言はない?」

『ないない』


 うーん、二人に無理だと納得してもらえるよう説得できる弁の立つ思考回路とか? いやいやそんなの勿体ないか。


「すぐには思い付かないから、保留にしても?」

『オッケ~』


 天の声ホント軽いっ。


「なら必要になったら頼むわよ。世界からの警告は理解したから、そろそろ戻してほしいんだけど?」

『ああ、そうだね。因みに警告は三回までしてくれるから。これも手違い死にした君へのせめてもの償いだよ。タブーを知らないで転生人生を破滅させたら不憫だからね』

「それはどうもっ。それと、こんなある意味ホラーな心臓に悪い演出もうやめてよね。チャッキー思い出したわよ」

『あー、あの昔のホラー映画か。中々にマニアックだね。だけどそかそか悪いね、先方に言っておくよ。私もこの形で話し掛けるのは少し想像してなかったしね』


 天の声め、この世界があたかも同僚かのように……。哲学的になりそうだから深くは考えないでおこう。

 とにかく、現実に戻ったら二人とまだこの先も顔を合わせないとならないってわけかあ。刺激し過ぎてもNGとか、彼らの心の強度がわからないから手探りかつ綱渡りも同然だ。


『ああっ、そうだそうだ、もう一つ大事なお知らせがあったのを忘れていたよ』

「さっさと言え!」

(ちべ)たい……。君は生きたくてこの世界を壊さないようメインキャラ達を遠ざけるんだよね』

「まあね」

『実はさ、残念ながら世界を崩壊させて世界ごと人生を終わろうとしている者がいるんだよ』

「えっ!? まさか私の他に憑依転生者がいるの!?」

『んー、彼は憑依転生ではないね。君のような脇役やそこの広場にいるようなモブですらない、ゲームには出てこないがこの世界で生きている姿も役もない住人かな。少し前、彼はこの世界が何なのかを知ってしまったようでね。ちょうど人生に絶望していた彼は世界ごと自らを滅ぼしてしまおうと考えているようなんだよ』

「モブですらない人にそんな事ができるの?」

『できるよ。行動によってはゲームのメインキャラ達の結末を変えられるからね。所詮はゲームキャラ達もその世界の中から見れば普通に生きている生身の人間だ。周囲の影響で行動を変化させるのも可能だよ』

「……何か無責任、天の声は」

『そう言わないでよ。私はあくまでも天の声であってこの世界じゃないんだから』

「薄情声~……」


 ふふふ、と天の声は笑った。


『だからね。くれぐれも彼には気を付けて。――今もこの場に来ていて、君を見ているよ。世界の秘密を知った影響か、彼も例外的に動けるから』

「それを早く言えーーーーっ!」


 焦る私は全てが止まる広場をぐるりと見回し忙しなく視線を巡らせる。


 どこ、どこなの、どこにいる? どこ――……?


 くくっと、本当に微かにだったけど遠くで笑った男の声が聞こえた。


 即座に視線を突き刺した先、人の重なったほんの隙間から見えた向こう、そこにそいつが立っていた。


 滾る怒りに燃えるような赤い髪をした、背の高い若い男が。


 明らかに私を見つめて愉快そうに口元を笑ませて。


 停止世界にたったの二人きり、動いている。


 でもロマンスなんて感じない。


「あの男……!」


 どう見ても嘲笑だった。

 世界崩壊を止められるなら止めてみろ、受けて立つ、とでも言うような。

 短気な私は咄嗟に駆け出そうとして、しかし思わず足を止めてしまっていた。


 何故なら、男の横には一人の少女が笑顔を浮かべて立っていたからだ。彼女は笑みの形を微塵も変えないままに止まっている。


 桜の花のようなピンク色の髪、ここからじゃ笑んで細められているのもあってはっきりと色までは見えないけど、きっと鮮やかなグリーンの、まるで宝石のエメラルドみたいな色の瞳の持ち主だろう。いや、だろうじゃない、持ち主だと断言する。


 ふわりとした少女のあの可愛らしい顔立ちは忘れようがない。


 ――ヒロイン。


 このゲームのプレイヤーが動かす主人公、シャーロット・エバートン、彼女だ。


「う、そ……よね?」


 この時期まだ彼女は出身地方から出てきていないはずよ。

 聖なる力の覚醒で聖女候補として王都に上京してくるのは私ケイトリンが十八歳になってから。

 ゲームではその頃に王都の新聞で聖女候補がついに上京って騒がれていた。


 それが、どうして今ここに……なんて愚問か。


 全てはあの赤毛の男だわ。これは確信。


 こんな時なのに、悪役って割かし赤髪系のキャラに多いわよねーなんて頭の片隅で思った。


「こ……っの!」


 現行犯で捕まえてやろうと改めて一歩を踏み出そうとした矢先、唐突に周囲の全ての喧騒が戻った。


 戻ってしまった。


 動き出した沢山の人々に紛れて二人の姿が見えなくなる。


「あっ待っ――」

「「――ケイト!」」


 慌てて駆け出そうとすると、アレックスとベンジャミンから呼び止められてしまった。あー、すっかり存在を忘れてたー。


「本当に悪かった!!」

「心から済まなかった!!」


 アレックスとベンジャミンから二人同時に深々と頭を下げられては無視もできず、もういいからと即座に赦した。


 急いでさっきの辺りを捜したけど、生憎と広場にはもうどこにもあの男とヒロインの姿を見つけられなかった。






「――ふっ、面白い」


 赤髪の男は小さく口の中で呟いた。

 全てを失い酷く絶望した日、彼は自分が何百何千何万回と同じ人生を送ったのを唐突に自覚した。


 正確な回数は多過ぎてわからない。もしかしたら億を超えるかもしれない。

 そして、この自分の生きる世界には自分と言う存在は無価値であり、唯々諾々と名もない、誰にも知られる事のない人生をこなしていくしかないのだと悟り、憤った。


 この世界はごく少数の人間だけのための世界で、メイン以外はどう生きようとも関係ない。


 仮に自分が明日死のうとも、誰にも認知もされずこの世界の設定という括りに埋没する。土の墓よりも余程残酷だ。


 どうして自分だけが奇跡的にこの異質に気付いたのかはわからない。最早その原因や理由はどうでもいい。

 加えて、この世界の数多の分岐も頭の中に強制再生され、彼は自分が世界の秘密を知ってしまった罰をその身に受け発狂して廃人になってしまうのではと危ぶんだ……が、幸いそうはならなかった。


 この世界にはメインキャラがいて、彼らの恋愛模様を含めた運命を神の意思のごとき何者からが導いて行くというものだとも知った。


 どうして彼らのために自分は繰り返し生きなければならないのか。理不尽という名の下に沸々とした激しい怒りが渦を巻く。

 だったらもういっそ、この世界をねじ曲げてしまえと、そう強く思った。

 それが人生の最後の一度になるのだと天啓のように悟っても、罪の意識など少したりとも湧かなかった。


 この世界には未練などない、望むところ、と。


 だから、それからはこの世界の知識を活用し世界の大筋に影響のない範囲で動いて急いで一財産を築くなどして、メインキャラへの干渉の基盤を整えた。

 最も手っ取り早く世界を壊すには、ヒロインをヒーローとくっ付けなければいい。ヒロインを全く関係のない男に懸想させてしまえばいいとして計画を立てた。

 本来の筋道を逸らしてやればきっと上手く行く。


 だが、この世界から浮いた存在は自分だけではなかったのを知った。


 一人の女がそうだと知って、面白いと思った。

 競う相手がいた方が断然退屈しない。

 今日まではあまりにもすんなりスムーズに事が運び過ぎていて、多少手応えのなさに失望していたのは否定しない。


 ヒロインのピンク髪に劣らず、紫色のレアな髪色から相手が何者なのかもすぐにわかった。


 死に令嬢ケイトリン・シェフィールド。超の付く脇役だ。


 彼女は天の声とか言うよくわからない存在と会話していたが、どうして脇役が本来とは異なる動きをするのかはさておき、もしも彼女が邪魔になるようなら、この世界のストーリーに則して死んでもらえばいいだけだ。


 そう思ったら一層可笑しくなった。


 この世界に翻弄されている自分にも、彼女にも。


「まあ彼女の命運がどう転ぶにせよ、世界の結末をこの目で見届けるのは俺だ」


 彼は、そんな風に笑って広場を後にした。






 先の騒々しさが嘘のように時計塔の鐘は沈黙し、外舞台の人形達は静かに動かず次の出番を待っている。


「ケイト、一度座って休んだらどうだ? 何か飲むか? 僕がすぐにでも調達してこよう」

「誰を探そうとしていたのかはわからないが、良ければ俺も手伝う」


 アレックスとベンジャミンは二人からすれば不可解な急激な私の焦りと苛立ちに少し驚きはしていたものの、彼らにもまだ先の反省心があるのか優しくも案じる言葉を掛けてくれた。

 素直にベンチに座った私はやっといつもの感覚を取り戻した。

 両脇に座る二人は大人しく私の言葉を待っている。ぐいぐいヒロインと距離を詰めようとする本来の彼らの性格からすると意外な従順さね。……私ってそんなに怖い?

 まあいいか。攻略チョロいとか嘗められるよりは。


 ふう、と小さく気休めに息を吐く。


 ぶっちゃけきっぱり縁を切ってしまいたい。けどできないのがもどかしい。とは言え何か釘を刺しておかないと。

 私は腹を決めるとベンチを立ってくるりと反転、青年二人へと正面を向く。


「二人に相談なのですが、私には好きな人がいるんです」

「ロイか!」

「青の騎士団長だな!」

「えっ何で知って?」

「「見ていたらわかる!!」」


 うーん、私ってそんなにわかりやすい?


「なら話は早いですね。お二人にはどうかロイ様との仲を応援して頂きたいんです!」 

「「え……」」


 舞台女優よろしく思い切り私が感情を込めれば、二人は鉄バットでガンガン頭を殴られたかのような衝撃を受けた顔になった。

 これは完全脈なしな一発でしょ。二人からは好きだって言われたわけじゃないから先手必勝と制した。

 二人にプライドがあるならもう私に接触なんてしてこないはず。縁談だってベンジャミンの方から取り消すようにランカスター公爵に進言するに違いない。


 さて、喫茶店は約束だし、アレックスがキャンセルしようって言わない限りは同行するしかないわよね。


「そうだ、喫茶店、そこで相談に乗って頂けますか?」


 極悪で歪に嗤うだけが悪女じゃない。

 私は綺麗な微笑みをその頬に浮かべた。






 まさかこの世界に敵って言っていい存在が居るとは思わなかった。人類の敵たる魔物は別として。あの赤毛の男め、必ず見つけてギッタンギッタンにしてやるわ。


 自分の行動だけを注意していたんじゃ間に合わないだなんて、何って割に合わない転生よ。しかも他まで注意していても危ういとかっ。何の地獄っ。


「ケイト? その紅茶美味しくなかった?」


 じいーっと口も付けないでティーカップの中を睨んでいたからか、向かいの席からアレックスが心配そうに声を掛けてきた。


「ああえっと、まだ飲んでいないので何とも……」


 ここは約束のスイーツ喫茶。


 結局、アレックスは私との喫茶店行きを望んだ。


 私の無神経女を演じる悪女な意図に気付いていて敢えて気付かないふりをしたのかもしれない。……うーん、いや、やっぱり細かな恋の機微には疎そうだし素で気付かなかった線もあるかな。

 何にせよ、確かにアレックス一人では来づらい場所だわ。甘い香り漂う店内には女性客がとりわけ多いし、男性はカップルで来ている人がそこそこなのと、あとは友人数人と来ているんだろう人達だ。これじゃもしもアレックス一人だったら注目されたわね。


 ここで私ははたとした。


 そういえばアレックスはまだヒロインのシャーロットに出逢っていないんだろうか。


 彼女の運命は彼なんだし、上京時期が本来の時期と違ってるなら、私と森で遭遇したみたいにイレギュラー展開が起きて既に知己になっている可能性がないとは言えない。


「アレックス様、一つお訊ねしたいんですが」

「何だ?」

「最近、珍しいピンクの髪の女性に会いました?」

「いや、ないな。そのピンク髪の人がどうかしたのか?」

「あ、あー、ないんですかそうですか」


 予想は外れー。

 元々の展開だと聖女候補として上京してきたヒロインが教会での彼女のお披露目式中に魔物に襲われたところを、お忍び歩きしていたアレックスが助けるシーンが二人の出逢いだ。彼女は聖女候補であるがために魔物連中から危険視されていて災いの芽を摘んでおこう的な思惑から攻撃を受けたってそんな展開。

 その襲撃事件は私の十八の誕生日よりも後だから、まだ何ヵ月も先。

 加えて、シャーロットは私と同い年だけど誕生日は私のより約一月早い。


 とにかく、王道カップルにはイレギュラーがないのかと正直少し残念な心地で私はようやく紅茶に口を付けた。


「――珍しいピンク髪の女性なら、俺は会った事がある」

「ぶほーっ!」


 噎せる私の横で円テーブルに静かにティーカップを置いたベンジャミンがしれっと口を挟んだ。


 実は彼も一緒に喫茶店に来ていた。広場じゃガーン!ってな感じに凹んでいたけど意地なのか付いてきた。

 予約は二人だったけど、店の配慮で親切にもベンジャミンの椅子も用意してくれた。予約席が広くてよかったわ。


 話を戻すと、何とまあ爆弾発言よ。


 彼も後々ヒロインとは会うけど、アレックスよりも先ってのは想定外。びっくり仰天だ。


「ごほっ、えっ!? ごほごほっ、それはいつどこで!?」

「だ、大丈夫かケイト?」


 アレックスが普通に気遣ってくれる横で、ベンジャミンは私にハンカチを差し出してくれつつ無言で向こうの方へと指をさす。あらありがと。アレックスもハンカチを出そうとしたけど僅差で出遅れて頬を膨らませた。子供かっ。


「今日ここで、ついさっき会った……というか見た」

「ええ……?」


 半信半疑でベンジャミンの指し示す先を見れば、そこには給仕の制服を着て一つに髪を結ったピンク髪の少女がオーダー帳を手に客の注文を受けている。


 え。


 ヒロインいたーーーーっ!!


 つい小一時間前まで広場を赤髪の男と歩いていた気がしたけど!? あの後ここの仕事に来たの?

 なら赤髪の男ももしかしてここの従業員だったり……?

 期待して店内を見ていたけど、そいつはいなかった。

 まあ、そんな都合よくいかないか。

 でも幸運にも手掛かりはある。ヒロインシャーロットよ。彼女に話を聞ければ一気に進展しそうだわ。






 そんなわけで、早速話を聞いた。


「――赤い髪の? ああっあの人ですね、道を訊かれて案内してあげたんですよ。話が面白くて楽しい人でした」

「あ、そうなの、へえー。変な事を訊いてごめんなさいねー」

「いいえー」


 前置きとかどうぞ宜しくとかまどろっこしいのは嫌だったからあなたを広場で見かけたんだけど、と壁ドンしてシャーロットに直接訊ねたらそんな回答があった。

 落胆して席に戻った私を青年二人はどこか不満そうに見てくる。


「え、何か?」

「ちらっと聞こえたけど、赤い髪の男を探しているのか? そいつの身分は?」

「広場で途中から様子がおかしかったのは、その男のせいか。何者だ? もしや脅されているのか?」


 わー、結構距離があったのに地獄耳。話を聞かれないように敢えてシャーロットの所まで行ったのに。

 彼女はゲームと同じように声も可愛かった。さすがに多くの耳目のある場所で聖女候補云々って話はできなかったから、その話は後々彼女と仲良くなってから聞き出そう。どうしてこの時期に王都に来ているのかとかも含めてね。

 メインキャラとは関わりたくないって思いは変わっていない。しかしながら状況がそれを許さない。私はヒロインとも繋がりを持たないと駄目みたい。

 だからこそ、この機会を有効に使おうじゃない。


「あ、店員さーん、追加で注文いいですかー?」


 私は敢えて話を切ってシャーロットを呼んで頼む。


「アレックス様とベン様も追加で何か頼んでは? 私だけ食べても申し訳ないので、あ、何も頼まないなら先にお帰り下さって構いません。ああいえ、お帰り下さいね」


 二人はすぐそれぞれシャーロットにコーヒーを頼んだ。

 畏まりましたと去っていく背中を見送って、二人へと目を向ける。


「どうでした?」


 二人は急な振りに戸惑った顔をした。


「どうって、何が?」

「何についてだ?」

「今の注文取ってくれたあの子です。とーっても可愛らしいと思いませんでしたか? 思ったでしょう!? それはもう惚れちゃうレベルで!!」


 ついつい身を乗り出すと、二人はへへっと何やら照れ臭そうに笑う。


 おっ、その反応はやっぱりそうよね、とどのつまり二人はメインキャラなんだから本筋に沿ってヒロインにほの字になって当然よ。二人共私に気兼ねせず真実の恋を追いかけてーん。


「普通に可愛い子だとは思う。だけど僕は普通にじゃない可愛い子がいいから」

「俺はそれが予定であれ一度身を固めたら余所見をしない主義だ」


 はあ~~~~。しぶとい。巣食ったシロアリとかゴキちゃんの方が余程あっさり退散しそうに思えるしぶとさよ。

 その日は何度シャーロットに注文を取ってもらっても男二人は微塵も揺らがなかった。

 結局がっくりきた気分で、喫茶店を出る最後までを過ごした。


 翌日、私はまたスイーツ喫茶に来ていた。今度は一人で。


 通い詰めてシャーロットにまずは私に親しみを覚えてもらおうって魂胆だ。……ストーカーちっくな真似をしている自覚はある。だけど長生きを目指す私としては背に腹は代えられないのよ。

 しかし、思惑は外れた。

 シャーロットはいなかった。

 昨日と同じくらいに来たんだけど、働いている時間が昨日とは違うとか? 少し粘ってみても現れる気配はなく私は肩を落として店を出た。余談だけど煩わしさのない中で味わったスイーツは美味しかった。


「時計塔広場で少し休んでいくかな」


 もしかしたらまたあの男を見かけるかもだし。


 しかし目立たないよう冒険者ローブ姿でベンチでだらーっとしていた私が見かけたのは、期待していなかったシャーロットだった。


 しかも彼女は意外なものを着ていた。


「何で王都の高等学校の制服を?」


 貴族の子女達が通い、または寄宿舎生活をしたりするそこはかなり学費が高い。片田舎の庶民出のシャーロットがポンと払える額とは思えない。

 予定よりも早く聖女能力が開花してそのお陰で教会から通わせてもらえてる、とか?

 だとすればバイトなんてする必要はないはずよね。

 あ、まさかその学費のためにバイトしているとか? あり得る。夜遅くまでバイトを掛け持ちしながらの苦学生って線が最も考えられそうだ。

 これも親しくなる好機と思い私はベンチから腰を上げた。


「あれ~、もしかしてあなたはスイーツ喫茶の店員さんではないですか~!」


 何食わぬ顔で話し掛けたら、シャーロットは「あ、昨日のお客様」と向こうもやや驚いたような笑みを浮かべた。


「へえ、学生さんなんですね。ここに住んで長いんですか?」

「あ、いいえ、この前上京したばかりで……幸運にも」


 幸運? 彼女は喜びを噛み締めるように最後にそう呟いたけど、それはつい、ふと呟いてしまった言葉だったみたいだ。

 私の不思議そうにした顔に気付いてハッとする。


「あ、ええと、実は勉学に集中できるようにと学費を全額支援して下さる方がいまして。とは言ってもお会いした事は一度もないのですけれど」


 へえ、足長おじさんってやつ。


 ――臭いわね。


 シャーロットが学生するのはともかく、足長おじさんなんてそんな存在ゲームには出てこなかった。


 脳裏に赤い髪が翻る。

 もしもヒロインのハートを掴むなら、王都で何気に知り合いになって後々実はその足長おじさんは私でーすって正体を明かせばかなりポイントは高いんじゃないの?

 そもそも学生をやらせるだけでもアレックス達との接点は減りそうだわ。メインキャラ達のほとんどは飛び級したケースもあるけどもう卒業している年齢だもの。


 彼女を敵に良いようにさせるわけにはいかない。


「あの……? どうかされましたか?」


 急に私が黙り込んでしまったからか、シャーロットは訝るようにして見つめてくる。

 私はしかと相手の目を見つめた。


「その学費、――私に出させてくれませんか?」


 もう四の五の言ってはいられない。ヒロインは私が頂く!

 って、百合展開じゃないわよ。

 彼女を掌の上で転がすならそれは私だって意味。


「え、ええと?」


 まあそりゃ思い切り怪しい提案よね。見ず知らずの同年代の女から支援するなんて急に言われたら。


「あ、私はケイトリン・シェフィールド。今は格好があれですけど伯爵家の娘です。将来有望な学生を援助するという家の慈善事業の方針で、実はそういう学生を探していて、それであなたに会ったものですから。素性の知らない相手よりも身元が確かな私から支援を受けた方が安心ではないですか?」


 伯爵家の方針云々は真っ赤な嘘だ。だけど学費は私が出すのはホント。シャーロットはここで初めて足長おじさんに疑いにも似た小さな不信感を抱いたのかもしれない。私の言葉に小さくハッとなった。よし、もう一押し。


「誰かも知らない相手では、後々学費の見返りを要求される心配だってないとは言い切れませんよ。私の知るケースでは老貴族の側室だったり身売りを要求された人もいました。失礼ながらあなたのパトロンがその手の善からぬ目的の相手ではない保証はないのですよね?」

「そ、れは……」


 押し黙るのは肯定の証か。


「伯爵令嬢として、同じ女性としても、私はあなたが安心して学問に励めるようお手伝いしたいのです。一度考えてみてくれませんか? バイトをしているのは学費面だけでは足りないからですよね? 必要なら私があなたの生活面だって支えます!」


 シャーロットの実家は貧しい。だからこの王都での生活費を彼女は自らで稼がないとならない。むしろ、実家へ仕送りをしてやらないと、と思っているに違いない。ゲーム本編で聖女候補になった彼女は仕送りをしていたから。

 私はこれでもかと必死に訴えた。その努力が届いたのか、シャーロットはこくりと頷いた。


「わ、私はシャーロット・エバートンと言います」

「シャーロットさん、と呼ばせてもらっても? 私の事はケイト、と」

「はい、ケイト様」

「それじゃあ、この後お時間がおありかしら?」

「はい。バイトも今日は非番なので」


 私は良かったとお嬢様っぽく指先を合わせて微笑みながら、内心は疑う事を知らない無垢なヒロインのお人好しさにほくそ笑んでいた。……って別に彼女に悪さはしないんだけどね。

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