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2予期せぬ遭遇と縁談話

 シェフィールド伯爵家の屋敷ではもうジョアンナ達はケイトリンのほっぺは鉄のほっぺって何かの標語みたいに警戒して平手打ちはしてこないけど、相変わらず他の方法で嫌がらせはしてくる。勝手に部屋に入って物を隠すとか、壊すとか、汚すとか。

 あと、盗人に仕立て上げようとするとかも。

 ある日なんて手下のそばかすメイドにジョアンナの宝石をこっそり私の部屋に隠させて、私が宝石を盗ったって騒いだりした。

 勿論、私は犯人になんてならなかった。だってどこを探しても宝石は見つからなかった。

 うん、私がサクッと宝石を消したからね。

 魔法収納にガメたわけじゃない。鋼鉄体でゴリゴリゴリゴリ砕いて粉微塵にまでして目には見えなくしてやっただけ。粉は屋根部屋の小さな窓から撒いてやった。枯木に花が咲くわけはないけど、窓の下の草地だけ妙にキラキラして綺麗だってメイド達が喜んでたわ。

 お気に入りだった高価な宝石が知らぬ間に土に返ってご愁傷様。こっちは部屋を荒らされた挙句、服の中に隠したのねって疑われて素っ裸にまでされたのよ。十分でしょ。

 結局何も出なかったのもあって、私はさすがにやり過ぎだとか同情された。ジョアンナは私のプロポーションの素晴らしさと、後は株を下げて悔しそうにしていたっけねー。


 そんな風に勝手に家捜しされても私の秘密がどうして露見しないのか。つまり誰にもバレずに冒険者装備とかその他の荷物を所持していられるのかは、無論魔法収納能力のおかげね。


 何も対策を取らないままだったらかなり金銭面で痛手になる嫌がらせをされると知っているからこそ、前以て有効な能力をもらってたってわけ。


 更にはこの一件でジョアンナは一部のメイド達から冷ややかに見られ始めた。そんな横暴な令嬢に仕えていたらいつか自分も冤罪を着せられて屋敷を追われかねないってね。何人かはもっと良い職場を見つけたらしく伯爵邸を去ったわ。


 魔法収納はどこに行くにも手ぶらでOKだからかなり楽チン。魔物の残留物とか見つけた宝物なんかも東京ドーム百個分までは収納して持ち運べるって天の声から聞いてたから余裕で大量収集できる。換金所に持ってけばほっくほく! ただ、貧相な私の頭じゃドーム百個分が具体的にどれくらいか想像できないけど。


 まあそれはいいとして、私は今日も朝から冒険者として王都周辺の森に魔物狩りに出掛けていた。


 屋敷じゃいつも汚いメイド服で俯いてるケイトリンの存在なんてジョアンナが不機嫌な時の捌け口にしか必要とされないから、こっそり抜け出しても誰にも文句なんて言われない。仮に私を必要で捜しても見つからなかったらその時は諦めるみたいで行方不明なのかもなんて心配もされない。

 ……そこにチクリとした寂しさを感じないわけじゃあないけど。伯爵家じゃなくて庶民の家に生まれていたならまた全然違った第二の人生になったんだろう。家族団欒もできたのかもしれない。なーんて、今更考えても詮ない事だけど。


 そして、倒す魔物って言っても私でも倒せる程度のやつで決して強いのじゃないわ。それでも魔物の残留物はそこそこいいお金になるの。だ~からやめられない。


 これまで同様あんまり森の奥までは行かないようにして、低級魔物を追いかける。

 へっへ~スライムだぜー!

 スライムの中にはたまーにレアなアイテムを持ってるのがいたりするから面白い。

 茂みの前でスライムが止まった。


「よっしゃチャーンス!」


 最初は鋼鉄体で体当たりが妥当かな。スライムだとそれで大体決するし。

 私は勢いを付けて跳躍。


「覚悟ーっ」


 スライムがこっちに気付いてさっと避けた。


 避 け た。


 こいつはかなり想定外。稀に見る素早い固体だったらしい。ぶつかる相手のいなくなった私は勢いそのままに茂みに突っ込んだ。


「あ……?」


 そこは何とプチ崖って感じになっていて、鋼鉄だったせいで余計に茂みの枝をバキバキ折って茂みそのものを貫通しちゃった私は、必然――。


「――落ちるよねえええ~っ!」


 けど鋼鉄体だから落ちても平気。崖の高さも建物四階くらいだし。仮にデスルートが馬車の事故だったとしてそのプチ予行練習だって思っとけばいっか!


 なんて、そうは問屋が卸さなかった。


「人がいるうううーっ!!」


 ちょうど真下に馬に乗った男がいた。


 何でよりにもよってーーーっ!


 鋼鉄体のままじゃ下の男が死ぬかもしれない。


 でも鋼鉄魔法を解いたら私が死ぬかもしれない。


 けど、これはジョアンナ達にしたような仕返しとは次元が違う。誰かを死なせていいわけがない。

 私は魔法を解いた。


「頼むから避けてーーーーーーーーっっ」


 精一杯の受け身を取る。

 もしも奇跡的にニアミスでぶつからなかったら地面に衝突寸前で鋼鉄体になればいい。


 だけど、奇跡は起きなかった。


 だけど、奇跡は起きた。


 人にぶつかった。


 ただし、衝撃はあったけど私は何とその男に抱き留められていた。


 被っていたフードがバサリと外れて、向こうも私を受け留めた風圧でフードが外れた。上からじゃ顔が見えなかったけど若い男だ。


 互いにびっくり眼で見つめ合う。

 まるで時間が止まったようだった。


 ――うん、確かに私はフリーズしたからね。


「君は、妖精? ……ってああいやいや、大丈夫か? どうして崖上から落ちてなんて――」


 彼は私が誰かに突き落とされたとでも思ったのか険しい顔で崖を見上げた。しかしすぐにそうじゃなさそうだと悟ったのかこっちに目を戻すと再び案じる表情になる。


「君、どこか怪我をしていたりは?」

「…………」


 私は言葉を発せなかった。思考回路一時真っ白。それ程に絶句。


「君……? どうしたんだ? まさかどこか痛むのか?」


 私が黙ったまま固まっていたせいか相手の男は顔付きに焦りを滲ませた。

 私はここでやっと我に返った。


「あっ、だだだ大丈夫です。そっちこそ大丈夫ですか!? どこか痛くしてないですか!?」


 思わずがばりと顔を近付けて見える部分をあちこちと確かめてしまった。相手はびっくりしたのか動かなかった。焦ったのはこんな時、落ちられた人間の方が怪我の度合いが重いって聞くからだ。


 私はケイトリンには予期せぬデスルートが存在するのかもしれないと思い始めていた。


 何故なら、私が殺したかもしれなかった男は、王族だ。


 このゲームの一番人気男性キャラ。


 青年王子アレクサンダー。


 パンパカパーン!……どころか葬送曲が流れたよ。





 普段お忍び歩きする際はアレックス・キャンベルで通している隠した彼の正式名はアレクサンダー・キャベンディッシュ。


 容姿も含め、存在が秘密のベールに包まれたこの国の第一王子だ。


 秘密のベールとは言ってもゲームプレイヤーには関係ない。この顔の造りは転生前にゲームで何度も何度も見たから確実にご本人。


 私はそんな高貴な彼への殺人未遂で処刑される可能性が、――大!!


 蒼白な私を何故か頬を赤くして心配そうにする王子殿下へと、私は早くこの場を去らなければ、いや即刻彼の前から消えなければと暗示のように言い聞かせる。私の体重を支え顔を真っ赤にして堪えてる様子から案外非力なのかもしれないし。苦痛まで与えられたって罪を上乗せされたくない。


 艶のある黒髪に赤い瞳の青年は、絶対私ことケイトリンが関わっちゃならない男。


 うん、私だってこんな馬鹿みたいな遭遇でもしない限りは一生関わるつもりはなかった。毛頭なかった。皆無っ!

 ああああどうしよう~~って落ち着け! まだ破滅と決まったわけじゃない。アレクサンダーはヒロインとくっ付くための近道ルートから遠回りルートまでが何個も存在する。つまりは男性キャラの最大株。


 ケイトリンとたったの一度会ったりしたところでその運命の赤い糸が乱されるなんて有り得ない。


 しかも、関係ない事を言えば、私はこのゲーム内キャラで言うなら眉が太くて筋骨逞しい青の騎士団長ロイみたいな野性味のある男がタイプだから、超絶美形で正義漢で優しくて時に子犬みたいに可愛い面もあるこのゲーム屈指の人気のキャラたる王子殿下になんざ、落ちない。


 欲を言うなら、押しキャラの青の騎士団長ロイ様とは関わりたいけど彼の周りにはこの王子がいる。何しろ護衛対象だから。故に墓穴を掘るのは御免被るからきちんと予防線を張って我慢するわ。で、何でロイ様の護衛対象がこんな森の中で一人きりなのかは知らない。用を足しに行ったとかでたまたま傍を離れたとかかも。しかしまあ私には関係ない。うん。もし近くにいたらこっそり実物見たいけど、我慢する。うん。


 この世界のモブキャラにだって好みのイケメンは普通にいるだろうし、恋人はそっち方面で探そうと思う。うん。


 そのためにも、早いとこ死亡フラグ折って伯爵家からエスケープってか独立しないとー……ってさて、意識を現実に戻そうか。


「えと、ごめんなさいっ! 私は大丈夫なので下ろして下さい」


 暗殺者なんかじゃないですよーってな人畜無害な微笑みを浮かべてやれば、王子は安心したように頬を緩めた。器用に馬上で抱き留めてくれた彼は一度私を前に座らせて、彼が先に馬から降りて次に私を降ろしてくれた。

 くっさすがは優しさ満点甘やか紳士アレクサンダー・キャベンディッシュ!


「どうもありがとうございます。ところで本当の本当にどこもお怪我はありませんよね?」


 私は念には念には念には念をと彼の無傷を確認する。


「ああ、ははは、本当に僕は大丈夫だ。心配されるべきは華奢な君の方だよ」

「私はこう見えて冒険者で、インナーマッスルそこそこ鍛えてますんで!」

「なるほど。でも無防備な落下にはあまり関係ないんじゃないか? ……まさか、強がりじゃあないよな?」

「いえいえ鋼鉄のように中々に丈夫なので、心配には及びません!」

「鋼鉄? 全然体は軟らかかっ……ごほごほ、と、とりあえず何ともないってわけか」

「はい。おかげさまで。本当に何っとお礼して良いのやら。このご恩は胸に深く刻んで忘れません! あ、これドロップアイテムです。謝礼にどうか受け取って下さい! それでは若旦那、道中ご無事でっ!」

「えっ? ちょっと!?」


 魔法収納からそこそこレアな物もあったここ最近の稼ぎ分を引っ張り出して有無を言わせず彼に押し付けると、私はさっさと彼から距離を取って熱血野球少年がその日の終わりに監督にするくらい大きく頭を下げるや、素早く身を翻した。


「えっ、あ、ちょっと待ってくれ君!?」


 待つかーーーーっ。


 追いかけて来るな追いかけて来るなよーっと念じつつ全力疾走する。彼は追いかけてこようとしたけど天の助けか馬が不機嫌だったようで暴れてくれた。まあ、いきなり私を受け止めた衝撃を与えられて馬だってそりゃ何だごるあって驚いて不機嫌にもなるか。


「なっこらっ、大人しくしろっ、……くっ、僕はアレク……アレックス! アレックス・キャンベルだ! またどこかで会ったら、その時はっ、是非君の名前を教えてほしい!」

「ええっええっその時は是非っ! 次があれば~っ!」


 どうせ会わないだろうからと、適当に叫び返した。

 もうこの日は森の中を熊にも魔物にも会わずにすたこらさっさーっと逃げ切った私は、森の出口で膝に手を置いてぜえはあと息を切らしながら「この人生勝った……!」と何となく悪どくほくそ笑んだ。


 その日以来、大きな安堵が自信に繋がり、私は着々と私腹を肥やしていった。


 一年経つ頃にはあれこれやって王都にある標準的な貴族屋敷をまるっと買えるくらいはひと財産を築いた私は、これでもう十八歳と二ヶ月時のデスイベントさえ乗り切ればこの人生行けるっと確信していた。勝ち馬だわ~!


 男性キャラ達とは接点もないしこの先だって持たない。継母は私を社交界には決して出そうとしなかったからそもそも知り合いようがなかった。そこは唯一感謝した点ね。


 因みに一つ歳下のジョアンナは十四歳時にとっくに社交界デビューを果たしている。

 そんなわけで私は上流社会の誰にも顔を知られてないってわけ。幽霊みたいな存在よ。

 何食わぬ顔で庶民でーすって暮らしてもお前貴族令嬢だよなって変に注目される煩わしさがない。ある意味良かったこの不遇設定。


 今日も起床早々に屋根裏部屋をノックされて、私はどうせこれもジョアンナの嫌がらせの一つだろうと適当に流そうとした。


「ケイトリンお嬢様、旦那様がお呼びです」


 だけど予想外にも来訪者はいつも父親の傍に控えている五十がらみの執事の男だった。


 彼がこの部屋に足を運ぶのは非常に珍しい。しかもこんな朝一に。

 しかもケイトリンお嬢様呼び。彼は腹ではどう呼んでいるにせよ外面から落ち度は見つけられない男だった。そういう完璧執事キャラとしてゲーム内では最後まで描かれている……って言ってもほとんど出て来ないけど。私と一緒で。


 にしても、あの冷血漢シェフィールド伯爵がケイトリンに用がある? 久々に帰って来ていたのは知っていたけど、面と向かう機会が訪れるとは思いもしなかった。


 ジョアンナにするみたいに贈り物をって線はないわね。そんな事をしたら継母が黙ってない。機嫌を損ねて面倒だろうし、既に夫婦仲は完全に冷え切っているから伯爵は夫人との面倒事を嫌う傾向があるのよね。


「旦那様、ケイトリン様をお連れ致しました」


 執事のノックと中からの(いら)えの後にしずしずと進み入ったシェフィールド伯爵の書斎は、テンプレだった。

 ただ一つ言わせてもらえば、品良く落ち着いたって感じよりも全体的に壁紙が茶色く無駄を省いたのか装飾もなく書棚が多めだから部屋が沈んで陰気な印象を受けた。冷血漢のイメージにピッタリね。私は机の前まで足を進めた。


「来たか」

「はい」

「顔を上げなさい」


 そう言って、部屋の真ん中の書斎机で書き物をして待っていた伯爵は私のくたびれたドレスに最初は眉をひそめたけど、食べて寝て運動もしている血色の良い私の顔を見ると僅かに意外さを滲ませた。


 きっと痩せて青白い顔色をした見るからに虚弱って娘の姿を想像していたに違いない。屋敷の皆の前ではいつも下を向いていたからこれまで誰も気付かなかったケイトリンの変化だ。


 どことなく安堵しているようにも見える……ってそう見えただけか。私は何を期待したんだか。父娘の情? あはっ馬鹿らし。この男は娘をよりハイクラスな貴族の男と婚姻させて自分は甘い蜜を吸おうって男だ。出世のために娘を売ろうとするような奴なのよ。ゲーム内でもジョアンナや継母と並んで嫌われているキャラね。

 不愉快だわ。とっとと用件を済ませてよ。


「お父様、ご用件というのは?」


 怒るかもとは思ったけどこっちから訊いてやった。伯爵はややハッとしたようになってから一つ咳払いをして口を開く。


「ケイトリン、近いうちにお前の縁談を決めようと思っている」

「え……」


 縁談んんん!?






「――相手の家はランカスター公爵家だ」


 ランカスターって、ちょっと待って嘘でしょ? まだその話が出てくるのは先のはず。


 十八歳の誕生日にそのランカスター家との婚約が決まったって急にそう言われるんじゃなかったっけ?


 伯爵の指示でケイトリンの誕生日に実母亡き後じゃ初めての誕生パーティーが開かれて、彼女としては心底戸惑っていた最中、唐突に婚約が決まってショックを受けるって話だったはず。

 更には三ヶ月の内に結婚のために屋敷を出るはずだった。それなのに二ヶ月目、結婚直前で殺されてしまったから婚姻は成立しなかった。


「ええとお父様、私はまだ十七なのですが?」


 本来縁談が持ち上がる十八じゃない。まだ十七と約半年よ? なあ何か計算ミスってない?


「もう、だ。十七で婚約者もいないのは貴族令嬢としては些か遅いだろうに」

「最近は晩婚化が進んでいるみたいですよ~」


 伯爵は何故かじっと見つめてきた。


「お前は、この家にお前が必要だと?」


 ぐっ、きっつ~。反論してやりたいけど、我慢だ。後腐れなくこの家を出るまでの!


「とにかく、話は進めておく。用件はそれだけだ。下がっていい」

「……わかりました。それでは失礼致します」


 私はドレスの裾をつまんで淑女の礼を取って部屋を後にした。最初からケイトリンには拒否権はない。この点はゲームと同じだ。


 この体になってから、ゲーム内では名前だけで詳しいプロフィールの出てこなかったランカスター公爵が少し気になって私独自に調べたところ、彼は十年も前に奥方を亡くしてからは独り身で、ケイトリンとは半世紀以上、およそ六十の歳の差がある老人だった。


 地位も名誉も資産もあるが、まるっと爺さん。


 世の中歳の差なんて気にならないカップルもいるけど、ケイトリンのは別ものだ。枯れ専で恋したならともかく、一度も会った事のない相手だし。

 まあでも、悪くない縁談だと思う。老い先短い旦那様だし、金持ち未亡人になるまで夜はベッドを共にしないでどうにかやり過ごして、介護の必要があるならその時は仕方ないから面倒を見るわ。私だってヨボヨボ爺さんを放り出す程鬼じゃない。


 何故シェフィールド伯爵が事前に意思確認みたいな真似をしてきたのかは知らないけど、当分は何も起こらないと思う。だからと言って気は抜けない。少なくとも十八までに完璧に独立準備を進めておかなくちゃ。


 ……そう楽観視していたのが間違いだった。


「は? マスカレードおおお?」

「左様にございます」


 数日後、また屋根裏部屋を訪れた五十執事の口から、今度は近々ある仮面舞踏会(マスカレード)に出席するようにって伝えられた。

 強制参加よ強制参加。


「え、でも夜会用のドレスなんて持ってないですけど」

「今から採寸させて頂いて、旦那様が用意していた物に手直しを加えれば間に合うでしょう。それと、ランカスター公爵家の方も会場にいらっしゃるとの事で、揃いの仮面を着用されている方を探して合流なさって下さい。まあ、当人同士の顔合わせですね」


 マジかー……。けど七十過ぎて八十近いお爺さんなんだし目印の仮面なんて必要ないと思うけど。そんな年齢の人はほとんど来ないから見たら一発だもの。

 ああでも仮面舞踏会は素性を隠してってのが醍醐味だから、どこのお爺さんかまではバレないように顔を隠す必要があるのかも。


 仮面舞踏会って場を借りての初顔合わせなんて、かえって面倒よね。とは言え密会しろとか言われても猛烈に嫌だけど。何でわざわざそんな面倒な真似しないとならないんだか。まるでまだ内々の話で身近な人間に気取られたくないみたいじゃない。

 もしかして、ジョアンナ? 格上の公爵家に嫁ぐだなんて分不相応だわって暴れそうだもの。そうなったらそうなったでじゃあそっちが七十過ぎの爺さんに嫁げばいいって言ってやるけど。


 あれ、え、もしかしてだからケイトリンは殺されたの? そういう妬みで?


 ゲーム内じゃさらっとしていて細かな動機までは語られてなかったけど、何がしかの理由を付けないとならないならその線が最もありそうだ。


 今まで見下げて侮蔑の対象だったのが急にハイクラス貴族の一員になるなんて聞かされて、しかも急ぐように結婚するもんだからジョアンナも焦ったのかもしれない。早く手を下さなければと。で、①②③のうちのどれかではあるけど足の付くお粗末展開の殺人をやらかした。


 そうは言ってもまだ起きてもないあれこれを憶測したところで意味ないか。今を考えよう。どれだけ嫌でも行かなきゃならないんだろうから行くしかない。


 そんなわけでやってきました仮面舞踏会当日。


「なんっで私があんたのような下等な者と同じ馬車なのかしら!」

「お父様の言い付けだから、私に怒ってもどうしようもないわジョアンナ」

「何か引っ掛かる言い様ね」

「え? 思い過ごしよ。私はただ……」


 舞踏会会場へと向かう馬車の中。目を潤ませて言葉を濁してみせればジョアンナは腕組みして舌打ちした。こんな悪女上等ってな態度、私とジョアンナしかいないから堂々と取れるんだろうな。


 到着すると予想通りジョアンナとは別行動だった。彼女はさっさと馬車を降りて別の馬車で来ていたメイド数人を連れて行ってしまった。

 言うまでもないけど私には誰もいない。伯爵からは私にも一人は付き添わせるようにって言われていたけど、やっぱり伯爵の目が届かないここじゃジョアンナの意思決定のが効力は強い。口裏を合わせるように言ってきたから快く承諾したわ。いても煩わしいもの。

 気分転換に一夜限りの恋人を探すなんて目的の者もいる仮面舞踏会。ランカスター公爵との顔合わせが目的の私はともかく、ジョアンナには継母の強い希望で決まったらしい婚約者がいるけど、彼女はイケメンには目がない。大方この仮面舞踏会にも火遊びできるイケメンを探しに来たんだろう。


 さて、お揃いの仮面を頼りに会場内を歩き回って探したものの、一向にランカスター公爵は見付からなかった。


「ふうぅー、ヒールの高い靴は長時間はキツイ……足いた~。疲れた~。公爵も歳だろうし急にぎっくり腰とかになって来れなくなったのかも」


 靴ずれの足が痛くなってきたからと、私は一人バルコニーに出て仮面を外して涼んでいた。ちょうどいい高さの手摺に凭れ掛かって夜風を首筋に当てる。屋内の熱気に少し汗ばんでいた体は気化熱で少しの涼を得た。そのまま手摺に肘を突いてぼんやりと夜の庭を眺める。


「会えないで帰ったら怒られるかなー」


 でも、私は会場内をちゃんと探した。居なかったラングドシャーだかランカスターだかのご老人の方が悪い。


 キィ、とバルコニーに出る扉を開ける音がした。


 ああその扉少し油を差した方がいいんじゃない? こっちとしては人の出入りに気付けたからいいけどね。

 折角の休憩を邪魔されて何だよと内心舌打ちしながらも振り返る。


「お、結構涼しいな」


 ふぅーとやや暑さに疲れたような息を吐き、仮面を外しながらの一人の男性のシルエットがそう呟いた。

 私が勝手にバルコニーを占有する権利はないし、知らない男と二人きりなんて気まずいし醜聞になりかねない。そんな話が伯爵の耳に入ったら婚約を控えた未婚の娘がふしだらだって雷が落ちるだろう。仕方がない、譲ろうか。


 逆光もあって相手の顔はよく見えないけど誰かなんて関係ない。大体社交界に知り合いなんていないもの。


 私は相手をほとんど見ないままに軽く会釈して横をすり抜けようとした。

 息を呑む気配がした。


「あっ、――君! 待ってくれ、君はっ……!」

「え?」


 予想に反して慌てたように手首を掴まれた。私を取り逃がしてはかなわないとでも言うように。


「君は、もしかして森の時の!」

「え、森? いきなり何――」


 全く以ての無礼千万にキレかけて睨み上げた私は、ようやく相手の顔を認識して大きく目を見開いた。


 げえーーーーっ、この男はっっ!


 ――アレクサンダー王子!


「やっと、やっと会えた。見つけた。この一年ずっと君を探していたんだ!」


 あーっ、仮面を外すんじゃなかった……っ。





 王子はこっちを覚えてたの? 通りすがりも同じだったからもう忘れてるもんだとばかり。

 でも何で私を探してたわけ?

 まっまさか、あの時本当は怪我をしていて、王族を害したってその咎を償わせようと?


「あっあの時は申し訳ありませんでした! こっちも強引に金で解決しようとしたのも悪かったとは思いますが、怪我していたならあの時にハッキリそう言ってくれたらよかったんですよ」


 脳裏に牢獄行きからの処刑ルートが浮かんだ私が人生計画丸潰れだーっと青くなって訴えると、相手はキョトンとしてから半端な立ち位置だと気付いてか、バルコニーの奥へと私の手を引っ張った。痛くはないけど簡単には放さないって強さで。


「誤解させたみたいだな。怪我なんてしていないよ。ただ、あのあと森では君を全然見かけなかったから……」

「ああ、より実入りの良い所に狩り場を変えたからですねそれは」


 あなたが居たら嫌でそこを避けていたんだとは言わない。言ったら不敬罪で人生終わる。


「そうだったのか。道理で……」

「あのー、ところで手を放してもらっても?」


 彼は掴んだままだったのを悟ってか、僅かに力を緩めたけどまたすぐに元に戻した。つまりは、放してくれなかった。

 え、何で?


「そうだ、その、ところで……僕の名前を覚えてるか?」

「へ? アレクサ……ごほごほっ、アレックス・キャンベル様、でしたよね」


 危なーっ、アレクサンダーって言うところだった。


「そうだ。アレックスだ。アレックス・キャンベル。覚えていてくれたのか。良かった!」


 彼はとても喜ばしそうに微笑んだ。プリンススマイル全開。

 彼はにこにこにこにことして、私を見つめてくる。しかも手を離してもくれない。


「あのーキャンベル様?」

「あ、え、うん。僕はキャンベルだ」


 様子がおかしいけど、どうしたんだろう?


「その、さ、……君の名前を教えてくれないか? あの時に次の時にはと約束してくれただろう」

「あ、あー、そうでしたね」


 やや畳み掛けるようにして言われた。次なんてないと思っていたあの時の自分に鼻フックだわ。

 どうせここで言い渋って逃げても無駄だろう。この仮面舞踏会は招待状が必要な集まりだ。王子の権力をチラ付かせて主催貴族から送り先リストを手に入れて調べればそのうち私に辿り着く。それ以前に教えなかったら王族を欺いたなって処刑されるかもしれない。アレクサンダー自身は優しいけど彼の回りは違うから。


「ケイトリン、です」

「ケイトリン嬢か。……家の名は?」


 やっぱそこ来ますよね、答えなきゃ駄目かー。


「シェフィールド、です」

「ああ、君は伯爵家の令嬢なのか」

「ええ、はい」

「ふふっ、まさか伯爵令嬢が森で一人で狩りをしていたなんて、かなり予想外だよ。そりゃあ王都の街中を捜しても見つけられなかったはずだな」

「そ、そうですか。運動不足を解消したかったので」

「なるほど」


 あ、納得しちゃうのかー。まあいいけど。すぐに名前と爵位が繋がるのは凄いわ。さすがは王族。国内の貴族達のプロフィールは全部頭に入っているんだろう。

 私が不遇の身の上なのまでは知らないとは思うけどね。


「あ、ですが冒険者しているのは誰にも内緒にして下さいね。はしたないって怒られてしまいます」

「そんな事はないと思うが。むしろ素晴らしい才能だと言われると思う」


 それはお宅が魔物狩り好きだし得意だからよ。しかも男で王子だし。他の貴族連中は半分もそう思わないわよ。でも言ってもわからないタイプだったっけこの無駄に爽やかにカッコ良く我が道を貫く王子様は。彼が広めれば皆確かにそうかもと頷いてしまうカリスマ性がある。

 そうなると家族に金を溜め込んでいるのを悟られかねない。それは絶対的に避けたい。


「……その、私が恥ずかしいので目立ちたくないのですっ。お願いします二人だけの秘密にしておいて下さいませんか?」

「二人、だけの……」

「あのっ、もし良ければレアなアイテムをお譲りしますからお願いします!」

「えっいやいや秘密は守るがそういうのは要らないからっ、ただ君と今度魔物狩りに行けたらなあって考えていただけだ」

「へ?」

「だから今度、お忍びで森に狩りに行かないか?」


 あはっ、冗談きついわよー。これ以上関わりたくないー。


「ええとあの、キャンベル様」

「アレックスと」

「え、ですが」

「アレックス」


 彼はそう言って頬を膨らませたリスみたいにこっちをじいーっと見つめてくる。え、これは承諾しなきゃ駄目なやつじゃないの? それにそうしないと手も放してくれない気がする。はー、王子なんて身分に生まれると多少の無理は通せると普通に思うのかも。彼はなまじ顔が良いだけに女性から無下にされた経験もなさそうだし。私は心の中ではあ~と深い溜息をついた。


「わかりました。ではアレックス様と」


 表情を明るくした彼は「アレクとか呼び捨てでもいいからな!」ともっと無理目な呼び方を推奨してくると、今度は私にも何か言ってほしそうな顔をする。

 まさか……。頬が引き攣りそうになった。


「わ、私の事もケイトリン、もしくはケイト、とお呼び下さい」


 ぱあっと花が咲くように彼は笑った。


「ああ、ケイト!」


 呼び捨て……っ、いきなり親密だなおいっ!

 よりにもよって王子と望んでもないのに親しくなってしまい辟易とした。

 しかし、一歩の踏み込みの大きいフレンドリー展開で終わりじゃなかった。

 アレックスは掴んでいた私の手をやっと放してくれると、ごくごく自然に彼の両手でその手をまた握った。


「改めてお願いするよ。ケイト、今度一緒に狩りに行こう?」

「……えーと」

「駄目か? 頼むよケイト。ケイト……?」


 向こうの方が背は高いのに、顔の角度が彼を上目遣いにさせている。

 …………もう、何なんすかね?


「わ、かりました。ただし、周囲にバレるリスクはそうそう冒せないのできっちり一度だけですよ?」

「ああ、わかった! ありがとうケイト、楽しみにしている。うーんでは、後日こっそりお伺いの魔法鳩を送る。日程が良ければサインして鳩に持たせてくれ」

「わかりました」


 人気のアトラクション施設に行けるって聞いた子供みたいにやけにはしゃいだ王子様は、どうしてか続けて期待の目をこっちに向けてくる。


「ケイト、君は今夜は誰かパートナーと来ていたりするのか?」

「いえ、妹と一緒の馬車では来ましたけれど、別行動なので一人です」


 ランカスター公爵と落ち合う予定だとは告げなくてもいいわよね。実際本人が来てるのかもわからないし。


「そうか、ならもう少し休んだら会場に戻って一曲踊らないか?」

「え、誰が誰とです?」

「ケイトが僕と」

「ええと、申し訳ないですけど、他の方を探して下さい。実は慣れない高いヒールを履いたら足が痛くて」


 断る理由は明明白白、超絶面倒臭いから。足が痛いのも事実。

 それともう一つ。単に踊れないからだ。

 このケイトリンには習った記憶がない。やった事があれば体が覚えているものだけど、転生前だって学校の授業以外じゃ社交ダンスとは縁がなかったし。

 何より、私と踊れば彼は恥を掻く。王子に恥を掻かせたと後々になって断罪されるのも理不尽だからそもそも踊らないのがベストな選択だろう。


「足が? ――大変だ、赤くなっているじゃないか!」

「え、――え!?」


 私の言葉を疑ったのか足元に視線を下げたアレックスは顔色を変えた、かと思えば何と私を両腕で抱え上げた。

 俗に言うお姫様抱っこだ。


「手当てをしないと!」


 キラキラしたメイン男性キャラの心髄が今ここに降臨……!

 ああああ何故にこうなるーーーーっ!

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