第七話 「俺が」「じゃあ俺も」「どうぞどうぞ」が成立するわけない
「ああ、おかしい。言うに事を欠いて詭弁ですって! 自ら言っていた事の自白かしら?」
エメリン……さようなら私の天使……こんにちはカッコイイちっちゃな女王様。
「ではここに居る皆に詭弁かどうか訊いてみましょうか? ねえ、オーカお姉様はたった今婚約が破棄となったわ。皆はどうするの?」
一瞬その場が静まり返ったかと思うと、すぐにグリーンさんが前に進み出た。屈強な身体を私の前で縮め、跪く。
「では、遠慮なく。オーカ様、俺と結婚して下さい!」
「えっ」
「「グリーン!?」」
クライヴ王子とアイルさんとがハモった。でもグリーンさんは気にする様子もない。私は固まって、彼の熱い視線をただただ受け止めるだけになってしまった。
「俺は貴女の、強力な力に惹かれています。俺では貴女に一生敵うまいとも思っています。だがこの命あるかぎり貴女を御守りしたい」
グリーンさんは私を見つめ、逞しい腕を差し伸べてくる。そこへ長髪の美形魔術師が割り込んだ。
「待て、グリーン! 僕だってオーカ様と結婚できるならなんでもする!」
「アイルさん!?」
「オーカ様、僕は貴女が自身の力に奢らず研究を続ける姿をずっと好ましく思っていました。僕は貴女の傍でずっと研究を支え、この国を共に守っていきたいのです!」
美しく微笑み跪いて、やはり片手を私に差し出すアイルさん。と、その横に歩み出てきたのは顔を真っ赤にしたカーンさん。えっ、彼まで!? 頭が痛くなってきた……。
「オーカ様、この世界に最も詳しく、今までも様々な事で貴女を支えてきたのは私です! これからも貴女の力になれるのは私だと思います。私と結婚してください!!」
騎士団長、魔術師団長、王宮の事務次官までもが私に求婚したとあってクライヴ王子の顔色が明らかに悪くなる。エメリン女王様がまたも高笑いをした。
「ほーっほっほ! 勿論三人はオーカお姉様を『この国で一番強い聖女』と思っているのでしょう?」
「そ、それはそうですが、エメリン様、僕はそれで求婚をしたわけでは」
「俺はオーカ様を純粋に愛しています!」
「私もそうです! 国王の座ではなくオーカ様をお慕いしているからで」
慌てて言いつくろう三人に、エメリンはそのアクアマリンの瞳をにやりと細めた。
「よいよい、国王の座を狙うという事はオーカお姉様をこの国一の聖女と認める事と同義なのだから。ああ、本当に残念だわ。私が男の身なら真っ先にお姉様に愛を語るのに」
そう、実はこの国の王政は世襲制ではない。この国で一番の聖女が現れたなら、その聖女と結婚した男が次の王となり国を統べる決まりなのだ。
聖女の力は絶大で、聖女がいない国は魔物に襲われる。だから聖女を他国に取られないように縛り付けるための制度といえば筋は通っている。
そしてマクミラン王家の人間は代々自分達の一族が王座に着くために努力してきた。しかし努力の方向性が少々歪んでいる。
一族の女は聖女の力が顕現すれば儲けもの。王家パワーでこの国イチの聖女だと吹聴する。事実、クライヴ王子とエメリン姫の母親である現王妃はマクミラン一族の人間で【守りの聖女】。今、城壁の周りに毎晩結界を施している人だ。彼女は美男かつ国を治める能力のあった大臣の息子を婿にとって、国王に据えたらしい。……少なくともこの選択は間違ってなかったと思う。現国王はちゃんと国を治めてるから。
女で聖女の力が顕現しなければ、美しい男を夫にして美しい子を産み次代に賭ける。一族の男は幼少期から美貌を磨き、聖女のあらゆる口説き方と国の治め方を学んでいるという。そうやって何代もマクミランの一族で王家を牛耳ってきたのだ。
私は召喚されてすぐにクライヴ王子にプロポーズされ、それを了承した後で王制の真実を知った。つまり、クライヴ王子は顔が良くて女たらしなだけの、聖女口説き装置だったのだ。
ハッキリ言ってコイツが次代の国王って普通に不安要素すぎる。そんなのに引っ掛かって、つい最近まで大馬鹿たれだと気づかなかった私も私なんだけどさ!!!
当然、この仕組みの上に成り立つこの国は厳重な一夫一妻制度だ。クライヴ王子は聖女二人を娶ることは出来ない(まあできたとしてもそんなのごめんだけど)。私が国一番の聖女である以上、王子は今まで私との婚約を破棄したくともできなかった。そして今、必死に私を聖女でないと言いはり婚約を破棄し、ヒナがこの国で一番の聖女ということにして彼女と改めて婚約するつもりだったのだろう。
けれどアイルさんやグリーンさん、カーンさんは私を聖女と認めて求婚している。
「……ほら、他の者は求婚しなくて良いのかしら?」
エメリン姫の言葉に、どっと他の魔術師や騎士たちが「俺も」「ハイ僕も!」「じゃあ俺も」と手を挙げ始めた。えええ。独身男性はほぼ全て立候補してない? 王宮の廊下の高い天井にみんなの声が反響して大騒ぎだ。
様々な男達の手が挙がり、まるで竹林のように見える中、クライヴ王子がその右手をそうっと上に向かって挙げ始めた。
おいおいおい、ちょっと待ちなさいよ! まさか「俺も」ってやろうとしてるの!? 貴方が手を挙げたら皆が「どうぞどうぞ」って譲るとでも思ってるの!? どんだけ大馬鹿たれなのかと頭が更に痛くなる。もう、誰かお酒頂戴……。呑みたい! アルコールでやなこと全部吹き飛ばしたい!
「静かに!」
エメリン姫がパンパンと手を叩き、再び廊下は静まり返った。
「ほほほ。冗談ですわ。流石に聖女の婚約破棄は国王陛下にきちんと報告してからでなければ、次の婚約者は決められませんもの。ただ、これでこの場に居る人間の殆どはオーカお姉様をこの国で一番の聖女と認めたという事ですわね」
エメリン姫の「冗談」という言葉にあからさまにガッカリする人達が何人もいる中、胸の辺りまで手を挙げていたクライヴ王子がホッとした顔を見せ、続く言葉で私が聖女であると皆に認められていると聞いて再度顔色が悪くなる。この大馬鹿たれ!!
「父上に報告するまではお兄様とお呼びしましょう。ですが正式に婚約を破棄した後はただの愚かな男よりも聖女であるわたくしの方が立場が上と弁えてくださいな、お兄様」
「……エメリン、お前たかが【癒しの聖女】の癖に生意気だぞ! お前はヒナよりも聖女としては弱いだろう!」
「ほほほほ……そうやって自分の力でもないのに誇示しようとなさるなんて、本当に愚かしいわ。ヒナ様、お兄様より賢くて素敵な殿方が他にいるとお思いになりません?」
「えっ!?……あっ」
ザッと音でもしそうなくらい、皆の視線が一斉にヒナに集まる。彼女の目がきょろきょろとせわしなく動いた。ヒナは少しだけ考えた後、口を開く。
「でもぉ~。みんな桜花さんが好きなんでしょぉ? 私はぁ……クライヴ様かなっ」
「ヒナ!!」
「きゃっ」
クライヴ王子はさっきまで「俺も」と手を挙げかけた事も忘れ、感極まったようにヒナに抱き着いた。私は彼に呆れると同時に、ヒナに対する評価を見直した。やっぱりこの子馬鹿じゃないわ。ここでクライヴ王子を選ぶことで自分の一途さや純粋さをアピールできるのもあるけど……多分、王子なら己の掌で転がせると判断したのだと思う。優秀なグリーンさん達を相手にすればヒナの秘密を見抜かれるかもしれないから。
「……ふふっ」
そんな事を考える私も相当腹黒いな。ヒナの事を言えないわね……と、私の自嘲は思わず忍び笑いになって表に出てしまった。周りの人の空気が一瞬ぎょっとしたように変わったのを肌で感じる。ああ、いけない。誤解させてしまう。私は明るい笑顔を作った。
「さ、行きましょ」
寄り添って二人の世界を作っている彼らを横目に通り過ぎ、私は国王に報告するため謁見の間に進んだ。