第二話 大型魔獣急襲
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ここ最近、満月の夜には魔獣型の強力な魔物がどこからともなくやってくる。出所は城壁の外にある西の森の方かなと思うんだけど、普段は捜索しても魔物の巣みたいな所が見つからないんだそう。だから都度返り討ちしかない。
普段の夜は【守りの聖女】の力で城壁の周りにドーム型に張り巡らせている結界で魔物の侵入を防いでいればいい。けれど強力な魔物相手ではそうもいかない。もしも結界を破られでもすれば一般人に大きな被害が出る恐れがある。
そこで【浄化の聖女】と呼ばれている私こと塩谷 桜花の出番ってワケ。万一のために城壁沿いに控えていて、魔物が現れれば浄化してやっつける算段なのよ。
どう、と御者の掛け声がして馬車が止まった。
王子が先に降りる。続く私が降りきる前に【守りの聖女】サマが群衆を割って飛び出してきた。淡いピンク色できっちり巻いたツインテールがぶんぶん揺れている。
「あっ、クライヴ様ぁ~!」
「ヒナ!」
二人は駆け寄り、頬染めて見つめ合う。オイオイ、仮にも婚約者の目の前だぞ。もうちょっと自重せんかい。
ヒナはバリバリの日本人らしいけど、見た目は日本人離れしている。大きなお目目に長~くてばっさばさの睫毛、細くて白い手足にブリーチしてピンクに染めた髪。新しい聖女として召喚されたお人形のような彼女を見た瞬間、王子は心を奪われたんだと思う。
一方私と言えば、28歳。アラサーである。髪色も顔の作りもフツー。肌なんか連日外で訓練してるせいか若干日焼けして小麦色になってる。
「オーカ! 何をぐずぐずしている。早く来い!」
たった今ヒナに甘い声で呼びかけていたのと同一人物とは思えぬほど、氷のような冷たさをもってクライヴ王子が私を呼びつける。もうどっちが婚約者かわかりゃしない。
……でも、まぁね。彼の気持ちもわからなくもない。私とヒナじゃ単純な見た目レベルが違う。それにもしも見た目が同じレベルだったとしても、18歳のピチピチのお肌と、最近水をはじきにくくなって小じわも目立つ28歳のお肌を比べたらクライヴ王子のテンションもダダ下がりだろうさ。
「あー、はいはい」
「なんだその気のない返事は! 少しはヒナを見習え!」
ヒナを見習え? あんなむやみやたらに語尾を伸ばした甘えた話し方をしろと?
……まあ、私の素っ気ない塩対応よりは可愛気はあるかもね。でもアラサーがやってたらイタイだけだと思うよ!
そんなにヒナが良いなら、ちゃんと段階を踏んで、私に詫びて婚約を解消してからヒナと婚約し直せば良いのに……多分できないんだろうな。それなのに「ヒナ、ヒナ~」と目の前で王子がデレデレしているのは正直キッツい。
はぁ、そりゃーついついヤケ酒も進むってもんですよ。あーハイハイ。色んな人に【酒浸り】とか【酒乱聖女】とか陰口を叩かれてるのも実は知ってますよ。
だいたいヒナもヒナだ。王子に媚を売ったり、ご自慢の美しい見た目を維持する努力しかしない。多分、マクミラン王妃には最初の挨拶以降会ってすらいないんじゃないかしら。王妃には学ぶべきところが多くあるのにもったいない。ヒナが今より少しでも国を守る事にその能力を使ってくれれば――――――
そんな事をつらつらと考えていた時、突如として夜空を裂くような咆哮が響き渡った。
「魔物だ!!」
騎士団と魔術師団を含めたその場の全員が顔色を変える。
「大丈夫ですぅ! 私が守りますからっ!」
甘ったるく緊張感の無い喋り方でヒナが皆に向かってバチン☆とウインクをした。マジ? イタくない?
私たちは騎士団に守られながらも、走って正門の外に向かう。かなり遠くから魔物がこちらに向かって駆けてくる姿が、月明かりでうっすらと見えていた。やはり……
「ヒナ、四つ足! 魔獣型! 1体単独! 推定10メートル以上!」
そうヒナに声をかけつつ振り返って「ゲェ」と声を出しそうになった。
騎士達に四方を固め守られていたハズのヒナの横に、何故かピタリとクライヴ王子が寄り添っている。
彼女が祈りの形に組んだ手に自分の手を添えて、なんか囁いてるよ。愛の言葉かな?
邪魔! あんた今は次期国王(見込み)の存在でしょ! こんな前線で怪我したらどうすんの! 周りの騎士さん達もやりにくそうにしてるじゃん!
ヒナもまんざらでもない顔をしてる。このバカップルめ!!
日に日にアホさを露呈していく王子に、何でこんな奴と婚約したのか……あ、甘い言葉と顔か……そういや日本でもホストにちょっとだけ貢いだ事もあったなぁ……とか、この緊張感溢れるシーンにはめちゃくちゃ場違いな事を考えつつ、既に冷めていた恋心メーターが尚一層急速に下がっていくのを実感する。
そのメーターに比例するように魔物が距離を詰めてきた。デカイ。全身からは瘴気が漏れ出ているのか、通り過ぎた周りの木が何本か萎れて傾いた。
闇に溶けそうな青鈍色の体毛が月の光を照り返して所々銀色に見える。目は魔物特有の血の色。大きく裂けた口からは白い牙がギラリと光り唾液が滴った。
犬……狼の魔獣型魔物かな。コイツなら真っ向勝負の方が良さそうだ。私は気持ちを切り替え、たった独りで騎士団より数メートル前に出る。
「ヒナ! プランAで!」
城壁の50メートル程外にはこの街をドーム状に取り囲むように【守りの聖女】が張った結界がある。それをビニールか何かのように魔獣があっさりと前足の爪で切り裂いた。大きさで予想がついていたけどコイツ相当強いな!
「5秒前、4……」
魔獣は後ろ脚で立ち上がるように体をもたげ、4~5階建てのビルくらいの大きさになる。その高さから振りかぶった前脚が私の目の前に迫った時、計算通りカウントダウンがちょうど終わった。
「……1、ゼロ!」
ガキイィィィン!!