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第十話 正体はモフモフの美形獣人

 獣人。話に聞いたり文献や資料を読んだりはしていたけれど、実際にお目にかかるのは初めてだわ。


 マクミラン王国の西には大きな森があり、さらにその遥か西側には獣人の国があると聞いている。獣人族は皆その身体に魔力を持っていてヒト型とケモノ型で変身が出来るし、人間よりも長命で力が強く、瘴気への抵抗力もある程度は持っている。故に聖女の力に頼らなくとも魔物に対抗し種族を維持できているのだそう。


 尤も、古い書物の中には伝説の【原初の聖女】の周りに集まった動物たちへ聖女が力を与えたから獣人達が生まれた……って書いてあるものもあったけど、所詮人間族が書いた書物だからね。自分達に都合のいいように伝説をねじ曲げてる可能性もある。


「うん。俺は狼の獣人族。驚いた?」

「驚くに決まってるでしょ……なんで早く獣人だって言わないの!」

「ははは、ごめん。俺、瘴気に呑まれて暴れちゃっただろ? それで実は獣人だったとバレたら俺達の国とこの国との友好関係にヒビが入るかもしれないしさぁ」


 今この男、明るくケロッととんでもない事を言ったわね。つまり、


「ヒビが入っては困るから、殺されるか浄化して貰えるかの可能性に賭けて、ただの狼のフリをして近くの森にいたってワケね?」


 彼は私の言葉に一瞬だけ目を丸くし、そしてニヤリと笑った。


「そ。この国には強力な浄化の聖女が居るって無事に帰ってきた仲間からちょっと聞いてたからさ。まさか満月の夜に完全に瘴気に呑まれて大暴れしちゃうとは思ってなかったけど。悪かったね」

「……呆れた! じゃあ先月も先々月の魔物もあんたたちの仲間なのね?」


 ここのところ満月の夜になると魔獣型の強い魔物が現れていたのは、彼の仲間が同じ目に遭って私が全部浄化していたって事か!


 マクミラン王国が聖女の力を他国に貸すことは基本的に無い。国家間で聖女の奪い合いになるのを恐れているからだ。普段聖女の力に頼らない獣人の国の彼が抵抗しきれない程の大きな瘴気に取り憑かれたから助けてくれ! と正直に言っても恐らくこの国の人達は助けないだろう。

 彼らのやった事は騙し討ちに近いが、魔物として退治される可能性もあったのだから文字通り命懸けだったわけだし、結果的にこの国には被害が出ていないのだから強くは責められない。


「ごめん。それは謝罪する。だけど俺の国に瘴気()まりができちまったからどうしもようなくてさ」

「瘴気溜まり?」


 私は王宮の資料をあさった時の事を思い出す。確か、この世界には時折瘴気が淀む場所が突然発生する。発生時期や条件などは解明されていないが【守りの聖女】が張った結界の中で発生した事は過去一度もないそうだ。この国ではマクミラン王妃が毎晩夜通しで結界を張ってくれている。だから少なくとも今の王と王妃の体制になってからこの国には瘴気溜まりは発生していない。それ故にこの国には瘴気溜まりについての資料が少ない。


「うん。ソコから生まれた瘴気に中てられた奴が何人か魔物になっちまってた。俺が瘴気溜まりを潰したからもうこんな事は起きないはずだけど、その時俺自身が瘴気に取り憑かれちゃってさ。カッコ悪いよなぁ」


 言いながら彼は恥ずかしそうに笑う。その顔を見て完全に毒気が抜かれてしまった。彼も私と多分同じ、仲間を守るために自らの身を危険に晒せる人なのだろうと思ったから。


「はぁ……そう。もういいわ。誰かに見つかる前にさっさと国に帰りなさいよ」

「嫌だ。オーカが俺と結婚してくれるまで帰らない」

「はぁ!?!?」


 吃驚して大きな声が出かけ、思わず口を抑えて扉のほうを見るが何事も起きなかった。……良かった。外に詰めてるメイドさんや騎士達に聞かれてまた部屋に乗り込まれたら、今度こそ大パニックだ。私は声を潜めつつもチャッピーにキツい口調で言う。


「ちょっと何言ってるかわかんないわ!」

「ん? だって王子との結婚の約束はなくなったんだろ? 俺はオーカに惚れたから奥さんになって貰いたいんだけど」


 あっけらかんと、これまた毒気の欠片もなくチャッピーが言う。


「惚れたって……」


 一瞬絆されかけて、すぐ気を引き締める。そうか。予想以上に強力な聖女の力に惚れたって事ね。それが獣人の国や自分の安全の為にという保身の気持ちからなのか、それとも強いメスに惹かれているという獣の本能からなのかはわからないけど、兎に角、私自身じゃなくて聖女の力を欲しているという事だ。昨夜廊下で「俺が」「俺も」と手を挙げた男達と大して変わらない。


「……私がこの国を出て行く事は許されないわ。だから王子と婚約破棄をしたとしても貴方とは結婚できない。諦めて」

「ん? 別にこの国の中で結婚したっていいわけだろ? どうせ俺は瘴気に憑かれた時点で国を出た身だし」


 チャッピーの軽い物言いからすると、この国の為政者は世襲制ではないと気づいてないのだろう。だがそれを知っていようといまいと他国の人間が聖女に近づいたという事実だけで、ヘタをすれば彼はスパイ扱いで罪を問われそうだ。


「それに、俺たちはもう口づけ(キス)も交わした仲だしな!」


 胸を張るように明るく言われて、思わずふっと吹き出す。


「バカねえ。あなたも昨夜聞いたでしょ? あれはただの浄化の技。あなたが狼だと思ったからキスも平気だったのよ。私は狼のチャッピーは可愛くて好きだったけど男の人となったら話は別なの」

「ふうん、そうか。なるほどね……」


 チャッピーは何かを考えるようにそう言うと、次の瞬間ニヤッと笑って私に顔を近づけた。日本だったら確実にモデルか俳優になれるであろう、ちょっとだけワイルドさとセクシーさが混じった完璧な顔かたちだ。……獣人族って皆こんなに顔が良いものなの!?


「じゃあ男としても好きになって貰ってキスをするしかないな」

「! ち、近づかないで! また顎を殴るわよ。今度は手加減しないわ」

「あはははっ! やっぱり手加減してたのか。ますます惚れたぞ」


 私が手のひらをさっとかざすと、彼は素早く後ろへ退いてこう言った。


「じゃあオーカの気が変わるまで俺はケモノとして横にいる。俺の毛並み、気に入ってるんだろう? 見込みはゼロじゃないと思うんだがな」


 次の瞬間、腰に巻いていたシーツがふわりと床に落ちた。床の上に居るのは巨大な狼の姿をした彼。そして反転し、おすわりすると背中の綺麗な毛並みとフサフサのしっぽを見せつけて来た。

 ……くそう。モフりたい! モフりたいけど……簡単に撫でちゃうのは彼を調子に乗らせるだけだ! 

 ううっ、これなんて拷問なのよ!

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