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世話好きなあの子のひめごと

作者: Marinn

満月の夜、怪物を見た。

そんな噂が学校内で出回り始めたのはいつ頃だっただろうか。

最初こそ日頃から進歩した科学技術に触れている少年少女たちはそれを「馬鹿らしい。」、「アホらしい。」の二言で片づけていたがやがて怪物の目撃者が増えてくるにつれ、彼らは噂を信憑性のあるものとして認識し始めた。

とはいえ夜学校に残らなければ襲われることはない。

その事実も手伝ってか怪物は恐怖の存在から娯楽へと変貌していった。

「怪物」という曖昧な呼称も噂の娯楽化を助長したのかもしれない。少年少女らはやれ怪物の正体は幽霊だとか、実は動物の見間違いだとか、いやいや美少女が化けた姿なんだとか各々の妄想を想いのままに吐露していた。

かくいう僕もその一人である。幼少のころからオカルト探究を趣味としていた僕にとって「怪物」は身の回りで起きた数少ない超常現象の一つであった。噂を聞いてからというもの、僕の頭の片隅には常に「怪物」がいた。身の内に潜む好奇心は妄想を友人と吐きあうだけでは飽き足らず、とうとう夜の学校に潜入するという決断を僕の理性にさせたのである。

そして、今日がその決行の日である。

ああ、今日この目で怪物が見れるかもしれないと思うと心が浮かれて浮かれてしょうがない。

夜の学校という僕にとっては非日常な舞台もより胸を躍らせる。




「ほんとにいくのぉ?」

呆れと少しの心配が入り混じった言葉が僕の前で放たれる。

「こんな機会これからあるかもわからないし、行くっきゃないでしょ。」

僕は彼女、瑠美にそう答える。

瑠美は僕の幼馴染である。

そして僕の趣味に理解を示してくれる一人でもある。

責任感が強く、世話好きな彼女は高校生となった今でもなんだかんだ僕の趣味にも付き合ってくれる。

そんな彼女が今回の怪物騒ぎに対してここまで消極的なのは少々意外であった。

「なんでそんなに行かせたくないんだよ。」

「えっとねぇ、うーん…なんて言ったらいいかなぁ…。」

整った童顔の眉間にシワを寄せて、彼女は目をつぶる。

らしくない態度を訝しみつつ、彼女の言葉を待つ。

「わかった、正直に言うよ。実はね、変な夢を見たんだ。」

「変な夢?」

予想外の言葉に思わずそう返した。

「そう。君がどこかの廊下で倒れている夢。もしかしたら、今回の探索に関係があるんじゃないかって。」

「…僕が倒れている…?意味がわからないな。まぁでも別にそんなの信じることないって。」

少々夢の内容に驚きはしたが、その程度のことで僕の好奇心がおさまることはない。

「昔言ってたことと違うじゃん。身の回りの変化には常に注意しろ、何かの予兆かもしれないからって言ってたの君だよね。」

「それとこれとでは話が別だよ。」

「何が違うの。探索先で事故があったらどうするの。私は君を心配しているんだよ。」

「だったら瑠美が一緒に来ればいいじゃん。倒れてたのは僕一人なんだろ。もし仮に事故があっても、瑠美がすぐに助けを呼びに行ってくれればいい。こんな一生に何度あるかわからないイベントをそんな簡単に逃せるわけないじゃないか。」

自分勝手なことを口にしているとは分かっている。

しかしながらとまるわけにはいかない…!

「好奇心は猫をも殺すだよ、とにかく君は今日絶対夜学校に来ちゃだめだからね。」

メッと子供に言い聞かせるように僕に言った。

結局、彼女が折れることはなかった。

「わかったよ。」

僕は表情をどうにか納得したように取り繕って返す。

それを聞いて彼女は安堵したようだった。

三日月形のルージュととがった犬歯が魅力的な笑顔をつくる。

罪悪感はある。しかし、どうしても怪物が見たいのだ。

それにしても瑠美がここまで強く僕の探索を止めようとするとは思わなかった。

探索先に懸念事項があるときにはなんだかんだいって最後は行くのを許してくれたり、ついていってくれたりするのに。

引っかかるものを抱えながらも僕の心のわくわくは沸き立ったままだった。



24時。

素早く塀を乗り越え、校地に侵入する。

戸締まりを頼まれたときにわざと開けておいた1階の窓から校舎内に侵入する。

内部は当然ながら真っ暗でコツコツと自分が廊下を歩く音だけが響く。

昼とは違って不気味な雰囲気を醸し出す学校はいかにも超常的な何かが起きそうで僕の好奇心を一層かきたてる。

確か、怪物が現れるのは3階の生物室だったか。

そう思い、階段を上り始める。


バサバサッ…。

突如翼がはためく音がした。

ビクッと肩が震える。

こんな時間にはためく音が聞こえるほど大きな翼を持つ鳥がいるはずがない。

カラスは山に帰っているはずだし、フクロウなんかは論外だ。

持っている知識を総動員して音の原因を探る。

そこで吸血鬼という考えがふと浮かぶ。 

現状、怪物の目撃情報は多くてもそれらの内容に大したものはない。

部活の練習帰りにふと3階の生物室を見上げた野球部員が蠢く影を目撃したとか、ビビリの生物の先生が戸締まりをして帰るときに生物室の中を覗いたらなにかがいたので逃げ出してきたとかそんな程度のものである。

その上、真面目な生徒の多い高校であるから今まで夜の学校に忍び込もうとなど誰もしなかったため、これら以上に正確な情報が上がることもなかったのである。

しかしそんな程度の情報のなかにもある共通点があった。

それは怪物が目撃された日にはいつも満月が空に浮かんでいたということである。

満月を好む怪物。

すぐに浮かぶのは狼男か吸血鬼ぐらいであるが先程の羽音から狼男の線も消えた。

あり得なくはないのか?

本当だとしたらマズくはないか?

吸血鬼には様々な伝説がある。

その中には血を吸いつくされて殺されるというのもままある。

齢未だ16で充足した人生をおくっている僕は当然ながら死を憂き目だと思っている。

ここで引き返すべきか…、いやここまで来たんだしちょっとだけ中を覗いてから帰ろう。

色々考えているうちに生物室の前までやってきた。

扉のガラス窓に顔を近づけ、中を覗こうとする。

瞬間、

「あああああぁぁぁ……。」

まるでこの世の全てに絶望したかのような叫び声が聞こえてくる。

扉にさらに顔を近づけ叫び声の主を探す。

真っ暗な部屋の奥に蠢く影があった。

女だった。

長い黒髪を垂らし、頭を抱えたまま机に突っ伏している。

容姿は流石に暗くてよくわからない。

「喉乾いたぁぁ…。早く血を吸わせてくださぃぃ…。あの子が来る前に干からびるぅぅ…。」

…なんか思ってたのと随分違う…。

僕の中では吸血鬼というのはもっとなんというもっと貴く、誰にもへりくだることのない存在であったのだが…。

あれはまるで乞食である。

というか、今あの子って言ってたような?

仲間が来るかもしれないし、サッサととんずらをこくとしよう。

今回の探索の目的はあくまで観察であって怪物との遭遇は望んでいないのである。

扉から離れ、踵を返し、歩き出したその瞬間、

ブーブーブー

携帯電話の着信音が辺り一帯に響き渡った。

冷や汗を流しながら着信音を切る前に扉の方を見る。

先程までうなだれていた吸血鬼が扉の前までやってきていた。



あれからどれくらい経っただろうか。

吸血鬼に見つかった直後僕は無意識のうちに走り出していた。

後ろから「待ちなさい!」とか「血を吸わせろオォ!」とか聞こえていたが無我夢中で逃げ続けた。

そうして結局一階の化学室へと隠れた。

何故化学室かといえば、侵入に使った窓が化学室のもとであった上、一番武器が見つかりやすそうと思ったからである。

薬品使ってなんかつくれるだろう…と思っていたのだけれど薬品庫に鍵がかかっていたので結果的に化学室の鍵をかけて閉じこもるぐらいしか自衛手段がなくなってしまった。

「ここらへんに逃げ込んだはず…。」

そう言う彼女の声が聞こえる。

どうやら近くまで来ているようである。

まぁでも鍵もかかってるし大丈…

「オラァ!」

彼女が声を上げたその瞬間、扉のガラス窓からは腕が生えていた。

腕は探るような仕草をしてから鍵の方に手首をひねる。

ガチャッと音がして扉の鍵が解除される。

まさか、扉をぶっ壊すとは…。

窓から脱出しなくては…!

そう思い、駆け出した瞬間、

「つかまえたぁ。」

僕は彼女に腕を掴まれていた。

同時に窓から差し込む月の光が彼女を照らす。

切れ長の瞳にストレートの長い髪、口角の上がった唇からは鋭い犬歯が覗いていた。

着ているのはうちの高校の制服で3年生であることを示す赤いラインの入ったバッチをつけている。

「もう逃さないわよ。」

逃げようとしても扉を破壊した怪力が僕の腕を離さない。

「とりあえず拘束の魔法をかけてっと…。」

彼女がそう言った直後、体中が金縛りにあったかのように一切動かせなくなる。

吸血鬼がウンウンとうなずき、いただきますとつぶやき、僕の首筋に口を押し当てようとする。

「待って!」

突如として辺り一帯に静止の声が響き渡る。

声の放たれた方向を見ると肩で息をしながらこちらに歩み寄ってくる影がある。

「そのこをっ…、はぁ…離してあげて。」

影が窓のところまでやって来てその姿をあらわにした。



瑠美だった。



その人形のように整った童顔に隙間から鋭い犬歯を光らせる唇は完全に毎日学校で見る瑠美のそれであった。

「遅かったじゃない、瑠美。でも今日は大丈夫よ。いつもあなたに迷惑かけてるし、今日はこの男の…」

「いいから離してっ!」

びくりと体を震わして吸血鬼が僕の腕を名残惜しそうにしながら離す。

「大丈夫だった?何もされてない?怪我とかしてない?」

そう瑠美は僕の体をペタペタ触り、後ろで「何もしてないわよ。」と言う吸血鬼を無視して問いかける。

「あぁ、大丈夫だよ。何もされてない。殴られてもいないし、蹴られてもいない。」

「ほんと?本当にほんと?正直に言っていいんだからね。」

「うん。ほんと、大丈夫だから。」

僕が何もされてないとわかると、彼女は今度は腰に手を当てた。

「はぁ~…。だから来ちゃダメだよって言ったのにぃ…。」

その言葉を皮切りに僕は瑠美から探索を強行したことへの説教と彼女と吸血鬼の関係についての説明を受けることとなった。

吸血鬼はこの状態の瑠美に口を挟むのが野暮だとわかっているようで可哀想なものを見るような目で僕を見ながらもずっと黙っていた。



瑠美曰く彼女、もとい吸血鬼とは瑠美の血を吸おうと襲ってきたときに出会ったという。

その時、吸血鬼は長いこと血を吸っていなかったようでわりかし容易に逃走できそうだったらしいのだ。

しかし、瑠美は今にも死にそうな表情をしている彼女をたいそう気の毒に思ったらしく、殺さないことを条件に血を吸わせてやることにしたそうだ。

「そもそも吸い殺すなんてこと、私にはできないけどね。」

瑠美の血を吸った彼女は死に体から一変、元気百倍の吸血鬼へと復活を果たしたそうなのだが、瑠美の血がそれはもうめちゃくちゃ美味だったようで瑠美に定期的な吸血を求めるようになったそうだ。

瑠美も一度関わってしまった以上、責任は取らなきゃなぁと思い、彼女に血を与え続けているそうだ。



「じゃあ、夢も嘘ってことかよ…。」

「ごめんね。この件に君を関わらせたくなかったからさぁ。」

「どうして?」

「君に話したら、また色々と面倒なことになる気がしたからさぁ。」

「僕が何すると思ってんだよ…」

「前、心霊スポットに一緒に行ったことがあったでしょ。あのとき、君何したか覚えてる?覚えてるなら言ってみて。」

「心霊スポット?あぁ、あのときは幽霊への呼びかけかな?『幽霊さあぁぁん!居るなら返事してくださァァい!』って。それがどうかした?」

「うーわ。」とつぶやき、吸血鬼は何やら失礼な目つきで僕を見始めた。

「これが普通の反応だからね。君、こういうのに関わると挙動がおかしくなるの、自覚したほうがいいからね。」

「?」

「…まぁいいや。とにかくサッサと帰ろうか。」

「待っ待ちなさいよっ!血をっ血を私によこしなさいよぉ!」

「あぁそうだった、ごめんすぐに済むからちょっと待ってて。」

瑠美はそう言って服の襟を肩の方に引き寄せた。

白くきめ細やかな肌があらわになる。

瑠美と吸血鬼の関係について聞いたあととはいえ、瑠美が血を吸われるのを黙って見ているのもなんか嫌である。

「僕の血じゃダメなのか?」

そう放った僕に驚いたのか瑠美がギョッとした目で僕を見ている。

「きっ君は何を言って…」

「いや、あんたのより瑠美のが断然美味しいから、こっちから断らせてもらうわ。瑠美もあんたに手ぇ出さないでって言ってるし。」

傲慢な吸血鬼はそう言い、瑠美の肩に舌を這わせる。

…さっきは凄い勢いで僕のことを追ってきたのに…。なんかちょっとがっかりである。

気を取り直して歯を突き入れられる寸前の瑠美に少し前から疑問に思っていたことを話す。

「なぁ、そういえばなんで会う場所を学校のしかも3階の生物室にしてたんだ?」

「あぁ、それはね…」

「誰だ!」

瑠美が理由を言いかけたとき突然声がした。

手には懐中電灯と警棒を持っていることからおそらく警備員だろう。

「逃げるよっ!バラバラに!」

瑠美がそう叫んで僕もあとに続く。

「ちょっとまだ全然血ぃ吸ってないんだけどぉ!?」

不満をあらわにする吸血鬼を尻目に僕らはそれぞれ別方向に逃げ出した。

校地内を駆け抜け、塀を乗り越える。

「私の血ぃ…。」

吸血鬼の放った落胆の言葉だけが深夜の街の静寂に響き渡っていた。

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