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復讐のその後

「開けろ」

 イチトは辛うじて動く左手で、ヴィーシの部屋をノックする。

 だが扉は開かず、その代わりに通信が接続された。


『嫌。そこのロボットどっかに置いてきなさい』

「いや、武器の一つも持ってねえぞ、ほら」

 ロボットと呼ばれたレイは、マスターの役に立つべく、コップを洗ってすぐに荷物持ちとして馳せ参じたのだ。


 背中を開け、武器庫には弁当しか詰まっていないのを見せる。それでもヴィーシは首を縦に振らない。


「俺がお前を殺す気なら、とっくに毒混ぜてるよ」

「……そうだけど、流石に元は敵だったAIは信用できないでしょ」

「あー、わかったよ。レイ、少しあっち行っててくれ」

「はい、マスター」


 ある程度離れたところで、イチトは片手に持てる程度の食料をもって部屋に入る。

 ヴィーシはまだ不安だったようで、入った瞬間に扉を締め切った。


「ほらよ」

「ありがと。でも、そんな怪我してるなら治ってからで良かったのに」

「治る頃には餓死してるだろうよ。それに、心配するぐらいならあのロボで運ぶの許可して欲しいんだが」

「うーん、怪我人動かすのは気が引けるけど、私が救援要請受けてから一瞬で動いたおかげで生きてるようなもんだし、問題ないわね」


 イチトは何か言い返そうかと考えたものの、ヴィーシの速度でも紙一重だったのを思い出し、何も言えなくなった。

「その節はどうも。適当に甘いもの足しといた」

「あら、ありがと。暇なら一緒にお茶でもどう?」

「運動もできないし、暇ではあるな。ああ、でもまだ胃がイカれてるから、茶だけにしてくれ」


 砕け散った右半身を指さし、臓器への被害をアピールして、適当に椅子に座る。

 ヴィーシは気分良さそうに届いた食料を物色すると、お湯を沸かして茶葉を用意する。


 部屋から出られないせいで話す相手もいないのか、イチトはよく、こんな風に茶会に誘われている。

 最初は敬遠していたが、宙域の裏事情を知れる貴重な機会なので、いつしか相当忙しい時以外は参加するようになっていた。


「その茶葉だと、シュークリームか?」

「わかるようになってきたじゃない」

「そりゃ、毎回聞かされたらな。どれもそんなかわんねえだろうに」


 イチトは任せるのも落ち着かないので手伝おうとするが、怪我を理由に断られた。

 仕方なく、透明なポットの中で茶葉が踊るのを眺める。


「手伝わなくていいとは行ったけど、喋らなくていいとは言ってないわ」

「……あー、それじゃ、ちょっと相談、みたいなのでもいいか」

「珍し。どうしたのよ、普段相談なんてしたこともないくせに」


 ヴィーシは食指を動かされたようで、前のめりになって話の続きを待つ。

「お前の嫌いなあいつが絡む話だ」

「絶妙に聞きたいような聞きたくないようなラインついてくるわね」

「ああ、悪いとは思ってる。それで、その、ニコラが借金を返し終わってな。辞めそうなんだ」


 イチトはゆっくりと、悩みを口にしだした。

 一言口に出す度に、何故自分が悩んでいるのか、何故ヴィーシに話そうと思ったのかすらわからなくなりつつも、ともかく言葉を繋げていく。


「それで、俺はどうするべきなのかって思ってな」

「何もしなくていいじゃない。私はあいつ嫌いだし、貴方は一人で行動したい。残って欲しい奴がいるの?トレハ?」

「いや、多分だけど、本人が辞めるかどうか迷ってる感じなんだよ。トレハは、別に残って欲しそうではなかったけど、俺に、引き止めないのかって」

「へえ。で、貴方は何に悩んでるの?」


 ゴチャゴチャとした、本人すらどうしていいのかわからない感情など、他人に理解できるはずもない。

 だからヴィーシは、まず最初に本人に悩みを認識させる作業から入った。


 ついでに蒸しあがった紅茶を温めたカップに注ぎ、差し出す。

 イチトはそれを口に含むと、自分の考えを紐解き、そして言語化していった。


「なんで悩んでいたのかがわからない。それに、悩んでる」

「……続けて」

「正直、もう実績は十分だ。もし仇の正体がわかれば、多分教えて貰えはする。戦闘も、厳しくはあるが、レイが手に入ったし一人で戦えなくもない。別に、ニコラが辞めるならそれでいいはずだ」


 だが、イチトは悩んだ。

 トレハに言われたことが胸に引っかかり、必要もないのに食事を持って、ヴィーシの部屋までやってきた。


「俺は、何で悩んだ?どうして、止めるべきなのかなんて考えた?」

「そう。じゃあ次。貴方の目に、あの女はどう見えた?なんでもいいから、浮かんだ事を言って」


「……迷ってるように見えた。どうすればいいのかわからなくて、決めることから逃げてるように見えた」

「それならまだわかるわ。私の見解で良ければ教えるけど?」


 イチトは無言で頷き、続きを催促した。

「貴方は、戦う理由を失ったあの女を見たくなかった」

「どういう意味だ」

「今の、借金の消えたあの女は、復讐の消えた貴方よ」


 イチトは目を剥き、頭蓋を殴られたような衝撃を受けた。胴や腕を殴られるのはよくあるが、ここまで衝撃を受けたことは未だ嘗て一度もなかった。


 復讐の、その先。


 今まで、たどり着くべき終着点として考えていた場所より、更に向こう側。

 ぼんやりと、犯罪者を殺した罪を償うとか、そのまま宙域を続ける程度にしか考えていなかったものが、借金の返済を終えた、抜け殻のようなニコラによって鮮明に映し出されてしまったのだ。


 イチトには、何もない。

 あれがしたい、これがしたいといった欲望が、全て復讐に置き換わっているのだ。


「……腑に落ちた」

 見舞いの果物は、味ではなくビタミン源として考えた。

 一般的に美人とされるであろうヴィーシと同じ部屋にいても、何も沸き上がるものがない。

 金の使い道は、復讐のための道具ばかり。

 生きる理由となる強い欲求が、何一つ残っていないのだ。


「そう。なら、一回向き合ってみたら?自分がやりたいことは何か」

「いいや、必要ない。まだ復讐が終わるめどもついてないのに、そんなことを考えて何になる」

「あの女を引き止めるかどうか、決められるようにはなるんじゃない」


 イチトは再び、茶を口に含む。

 だが、熱いとは思うものの、味への感想など殆ど出てこない。

 茶葉によって香りや味が違うのはわかるが、その違いに意味を見出せないのだ。


「ヴィーシは、何をやりたくて生きてるんだ?」

「答えてあげても良いけど、私の欲望は私のものよ。それの真似をしたところで、虚しいだけよ」

「そういうつもりじゃ、いや、今聞いたらそうなっちまうか」


 今、イチトは復讐以外に何もない、言わば空っぽの状態だと自覚した。

 そこにヴィーシの欲望を耳から流し込まれれば、心が引っ張られる可能性は十分にある。

 復讐後の生きる意味としてはそれで足りるかもしれないが、ニコラにどう向き合うかを決められるようにはならない。

 イチトは一息に紅茶を飲み干すと、立ち上がった。


「ご馳走様」

「もう行くの?」

「ああ。目的を失ってるのなら、きっとあいつは悩んでるだろ。話ぐらい、聞いてやらないと」


 ヴィーシは少し眉を顰めると、シュークリームにかぶりついた。

 バニラの風味と共に、その舌をカスタードクリームが覆う。


「私との話より、あの女を優先するのね。私を部屋から出られなくしたあの女を」

 ヴィーシはその背中を見送りながら、もう一度シュークリームにかぶりつく。

 微かな苛立ちを、甘さで塗りつぶすように





「ニコラ」

「うわ、なんでいんのさ」

 時間は午後四時。夕食には少し早いタイミングで、イチトは食堂に入って来たニコラに声をかけた。


「決まってるだろ。お前を待ってた。昼からな」

「普通に気持ち悪いのですが」

「なら避けるなよ。わざわざこんな時間に飯食ってまで」

 避けていたのは事実だったため、ニコラはうぐ、と口を詰まらせた。


「わかってんなら、猶更気持ち悪いよ」

「だろうな。でも、今日は話をしてもらうぞ」

「……はいはい、わかったからチャッチャと話してくれんかねぇ」

「今、お前は、目的を失っているのか?」


 空気が、凍った。

 ニコラは何も言わずにただ目を見開く。

 だが、その視線には間違いなく、強い負の感情が込められていた。


「……聞かれたくないことなら、悪かった。でも、お前が悩んでるみたいに見えて気になってな」

「気持ち悪いね。人のこと気にするような質じゃないでしょ。何を企んでるの?」


 ニコラの態度はどこまでいっても硬い。

 待ち伏せした上に、唐突に心の内にまで踏み込めば、拒絶されるのは当然だろう。

「企んじゃいねえよ。ただ、トレハに言われてな」

「……ああ、そゆこと。別に無理して話かけなくていいよ」

「いいや。俺が必要だって思ったから話しかけた」


 ニコラは狼狽した。

 復讐以外に全く興味を示さないはずのイチトが、真正面から自分の悩みを聞こうとしていることに。


「……なんで?」

「なんでって、目的を見失って、どう生きればいいのかわからないのは、辛いだろ」

「だとして、君に関係ある?」

「ない。でも手伝ったっていいだろ。相棒なんだから」


 イチトにとっては、復讐が最優先。それは宙域に入る前からずっとかわらない。

 だが、他人との関わり方に関しては、少しだけ変わった。

 近しい人間が苦しんでいるのなら、助けようと思うぐらいには、心をひらいたのだ。


「……」

 誰よりも近くでイチトを見て、誰よりも拒絶されたニコラの目には、その変化はとてつもなく大きく映った。

 ニコラは暫く、何も言わずに目を瞑って思案にふけった後、顔をあげてニコッと微笑んだ。


「じゃ、本当に困った時は頼むよ、相棒」

「ああ、大した話は出来ないがな」

「んじゃ止めとこっかな」

「おい」


 いつも通りの反応。ニコラらしい、中身のない軽口が投げ付けられる。

 その顔は、少なくとも今までのように、悩みに囚われているようには見えなかった。


「そんだけ元気なら、訓練再開できそうだな」

「うげげっ、アレめんどくさいんだけど」

「甘えるな。アンドロイドの群れに勝てるぐらいに鍛えるぞ」

「うっわー、目標高。いやんなっちゃうね」


 嫌になる、とは言っているものの、ニコラは決してやらないとは言わなかった。

 拒絶すればいつだってやめられることを知っていながら、そうはしない。

 どころかニコラは、食堂の外に向かって歩いていく。


「どこ行くんだ?」

「は?訓練室だよ。やるんでしょ?」

「……流石に今日は無理だ。右手が死んでる」

「ああー?全く、人のやるき削いじゃってさ」


 ニコラはつまらなそうに、イチトの腹を抓る。銃で撃たれまくった傷跡が、激痛を発する。

「づっ!?おい、お前!やめろ!」

「そんじゃ、何を隠してるか教えてよ。なーんか、怪しいんだよね」


 イチトは核心をつかれて唸りながらも、決して答えることはしなかった。

 言えるはずがない。相談に乗るつもりだったのが、前に進むニコラを見て、寧ろ心が軽くなったなんて。

 励ますどころか励まされる。イチトは改めて、自分が怒り以外の感情で他人を動かすのに向いていないことを悟った。


「別に聞いたところで面白くないし、役にも立たない話だ!だからその手離せ!」

「ふうーーーん?益々気になってまいりましたなあ?」

「……お前見てたら、悩みが解決した!これでいいだろ、ほら!」

「へへえ、そんじゃもう一段詳しく聞かせて貰おうかな?」

「このクソアマっ!」


 ニコラは殴られそうになりながらも、決してその手を離すことはなかった。

 そしてイチトも、無理に引きはがす方が放置するより痛いため、現状を維持せざるを得なかった。


 こんな他愛のないやり取りも、今までの二人だったら即座に本気の取っ組み合いになっていただろう。

 怪我して動けないことを差し引いても、こんなやり取りが出来るのは、二人の仲が深まったからなのかもしれない。


「お前、マジでぶっ飛ばすぞ!離せ!」

「やだね!そっちが話すまで離さないよ!」

 ……深まったからなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。



















作者です

これにて電脳少女変編終了です

ストックが少なくなってきたので、週間更新に移行します

毎週金曜日、時間はこれまで通りの予定です

次回からはそれに合わせて、イチト達の一週間の休暇のエピソードをやろうと思います

ブクマ評価等々、よろしくお願いします

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