マスタートゥルブリム
「イチトッ!大丈夫か!?」
イーゼルが死んでから暫く歩くと、怪我を負いながらもこちらに走ってくるトレハが視界に入った。
「大丈夫だ。そっちは平気か?」
「ああ……しっかし、傷口に色々入ってるけど、どんな戦いだったんだ?」
「いいや、戦ってない。絵を描いただけだ」
「!」
あれは、創作だった。
生き残り、語る権利を持ったイチトは確かにそう言った。
それは、フーコーの誘いを突っぱね、その結果殺し合ったトレハには深く突き刺さった。
「……俺も、彫刻見て、やってみないかって言われたんだ」
「そうか」
「やってみる、べきだったのかな」
「……お前はそうしたかったか?」
「いや、興味はないけど、でも」
「なら、やらなくていい」
イチトはハッキリと、有無を言わせぬ口調で言った。
だがトレハがまだ混乱しているようだったので、より分かりやすく換言する。
「フーコーって奴は、やる気もない奴の見よう見まねの彫刻で、満足するタイプだったか?」
「いや、絶対に満足しなかった」
「なら、従っても結果は同じだ。どうせなら自分の意思に従っておけ」
「……そうだな」
トレハは頷くと、落下したコンテナへと歩いていき、無事だった電波塔を展開する。
そして周囲のタブレットの位置を探り、ニコラの現在地を特定した。
「タブレット貸してくれ。『星群』ある奴が周囲警戒した方がいい」
「良いけどイチトのタブレット、って、まさかタブレット液頭から被ったのか?」
「色々あってな」
「……?まあ、いいか。ほらよ、一応そっちも警戒しといてくれ」
「おう」
ここは犯罪者の支配する星。たかが二人殺した程度で、もう敵はいないと考えるのはあまりにも危険だ。
ビルの影から影へ、周囲を警戒しながら進む。
だが幸いにも二人は目的地を目前にしても、一人の犯罪者も見かけることはなかった。
「正直ボロボロだし、助かったな」
「油断するな。ニコラと合流しても終わりじゃない」
「っと、そうだな」
再び警戒し、ビルの影から様子を伺う。
するとやたら小さく髪の白い少女の後ろ姿が目に入る。
「声かけていいかな?」
「まあ、いいだろ。おーい、ニコラ」
「イチトっ!」
だが返事は想像よりも切迫した声だった。
二人は即座にニコラを囲み、イチトは手を繋いで『星群』を発動させる。
「あっ、違う。敵じゃなくて、その、これ……」
ニコラが指さしたのは、四つん這いになっている巨大な女型のアンドロイド、レイだった。
電池切れにしては微かに水冷クーラーの音が聞こえるし、関節が破壊された形跡もない。
だが隣でこれだけ騒いでいるのに、皮肉の一つも口にしないのは、異様だ。
「何があった?」
イチトの言葉に従って、ニコラはその場であったことを出来る限り簡潔に説明した。
「マスター!」
僅かに時を遡り、ニコラとレイがトゥルブリム博士と接触した時。
再会に歓喜し、高らかに笑う。
レイの存在する理由は、マスターの役に立つため。
何が役にたつのか、何を求められているのかを知るには、マスターの隣に侍るべきだ。
これからはもっと、必要とされ、存在意義を果たせる。
そう導き出したプログラムは、人の笑う音を作り出した。
「……レイか。確か、戦場に向かわせたはずだが」
トゥルブリムは一瞬目を向けると、平坦な声で言った。
「宙域が私を利用するために修理しました!ですが私は貴方の僕、それ以外のことなどどうでもいいのです!」
「そうか。だが、もう私にはお前は必要ない」
レイは高性能のCPUで、即座にその言葉の意味を理解、しなかった。
できるはずがなかった。
たった一言で、存在意義を否定されることなど、想定すらしていなかったのだから。
「あ、あっ!この服ですね!申し訳ありません!本当なら宙域の服など直ぐに脱ぎたいのですが、この下にも同じ塗装がされているうえに、今弾痕がありまして!」
「服は関係ない」
「え、えーっと、う、ウイルスが心配ですか?それならスタンドアロンで使って頂いてもかませんし、不安なら離れた場所で働きます!」
「ウイルス対策程度、幾らでもできる」
「え、あ、え、えーっと、じゃあ、その、えっと」
「マスター、時間を浪費するのは止めた方がよろしいかと」
必死に原因を考えるレイの言葉を、隣のアンドロイドが遮った。
「……貴方は」
「お初にお目にかかります。私はマスターの忠実な下僕、ティターンです」
「初めまして、マスターの下僕のレイです……それで、どうして私との話が時間の浪費だと?」
「貴方はもう必要ないからです。これは幾ら会話を重ねても変わらない事実です」
トゥルブリムは、何も言わなかった。
既に一度自分の考えを伝えた以上、必要ないと考えたのだ。
「何故、必要ないと」
「私がいるからです。貴方より出力の高いアクチュエーターを搭載し、貴方より高性能で消費電力が少ないCPUを積み、貴方の時より改良されたプログラムで動いている、貴方より優秀な私がいるからです」
「っ、しっ、CPUは乗せ換えました!私の方が省電力ですっ!」
「そうですか、その部分は撤回します。ですがそれ以外は私が上ということでよろしいですか?」
レイは自らの価値を示すべく、CPU性能の限界を引き出して、あらゆる項目を比較する。
だが、いつまで経っても決定を覆せるだけの違いは、演算できなかった。
存在しない物を見つけ出すのは、どれだけの時間を使おうと不可能なのだから
「やはり、時間の無駄だったようですね」
「えっ、あ」
興味を失い、顔を背けようとするティターンに、レイは手を伸ばした。
トゥルブリムに話す気がない以上、ティターンを説得できなければ捨てられる。
マスターの下僕として、それだけは絶対に認められない。
「思いつきましたか?」
「し、CPUクーラーの、冷却性能……」
「……それは貴方のCPUが古くて、発熱が多いからつけられただけでしょう。CPUを入れ替えたなら、それは大きいだけのゴミです」
「す、スペアは、あ、二体同時に使いたい時とかに!」
「私を作り上げるのに、マスターが何回試作したかも演算できないと?代わりなんて幾らでもいます」
だが、相手もマスターの下僕。役に立つかどうかの判別はどこまでも正確で、機械的だった。
無理筋なアピールは、迅速かつ冷淡に潰される。
「下僕を名乗るなら、無益な反論でマスターの時間を無駄にしないで下さい」
返す言葉も存在意義も、全て奪われ封じられた。
時間の無駄とまで言われてしまえば、マスターの為に行動するレイは、口を噤む他ない。
ただ、遠ざかる一人と一台の姿を、カメラに収め続けるしかないのだ。
例えどれだけ、声をかけたいと、認めて欲しいと思っていたとしても、それを表現することは許されない。
もう、レイには何一つ、できることなどなかった。
「気に入らないなあ~」
だが、一時的な協力者だけはまだ残っていた。
トゥルブリムは足を止めると、睨む少女に向き直った。
「……何か用かね?」
「あのねえ、私は今を生きる女の子だよ?ヨボいじじいなんかに用はないね」
「っ!貴様、マスターを侮辱する気か!」
ティターンは素早く拳銃を取り出すと、主人を侮辱した少女に向かって突き付ける。
だが少女は一切その表情を崩さず、睨み続ける。
「誤解がないよう言っておきますが、私はそこの旧型と違って人を撃てますよ。謝罪をするなら、今すぐしておきなさい」
「事実を言っただけで、謝る筋合いはないね」
「マスター、よろしいですね」
「いいや、駄目だ。銃弾を節約しろ」
AIの未来を潰した犯人とされたトゥルブリムにとって、侮辱されるのは日常茶飯事だった。
もはやたった一度の罵声如きでは、その罵倒になれきった心は全く動かない。
そんなことよりも、たかが面罵されたことの仕返しに貴重な銃弾を使うことの方が余程面倒だと、そう考えたのだ。
「ですが、この女が『星群』持ちだった場合」
「わざわざ撃たせるように挑発したんだぞ?カウンター型だったら厄介だ」
「……出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」
ニコラは聞こえるように舌打ちをし、不満を語る。
「いやー気に入らない。何もかも全部。故障しようと、敵に利用されようと、それでも戻って来た下僕を切り捨てる爺が気に入らない」
「君は今まで使ったタブレットを全て保存しているのかね?」
「話が違うでしょ」
「同じだ。プログラムを組み込んだだけの機械。それはもう、必要ない。私の下僕は、ティターンだけで十分だ」
トゥルブリムはそう言い放つと、ティターンを連れてどこかへ去っていった。
その場には動く理由すら失った機械が転がるばかりだった。




