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トライスター

「がはあッ!」

 顔面を、金属板で強打。

 そんな衝撃に、スナイパーのレチクルが耐えられるわけもなく、反対の柵まで吹き飛ばされる。


 ニコラは当然、ダメージが抜ける前に追撃するべく前進する。

 だが突然、背筋が凍るような感覚に襲われ、咄嗟に地面を転がる。

 同時に乾いた音が響き、ニコラが直前にいた場所を弾丸が通過した。


「っ!」

 恐ろしいのはその狙いの正確さ。

 鼻血が出るほど強く顔面を殴られれば、多少なりとも視界は眩む。

 そんな中、正確に敵を撃ち抜くというのは普通に考えれば不可能だ。

 だが、レチクルにはそれが出来る。


「落ち着け、私は強い」

 ふう、と息を吐くと、目を瞑ったままでニコラを撃つ。何度も何度も、正確に。

「う、ううううっ!?何で当たるんですか!?『星群』ぅ!?」

 ニコラもレイの背中を拾って防ぐも、防いでいる間は姿を見れないことを利用し、左右に揺さぶりつつその命を狙う。


「おっ、ひょおおっ!いじめよくない優しくしてっ!」

「人ぶん殴っといてよくそんなセリフが吐けるね」

 血を拭い、冷静さを取り戻したレチクルは、正確な射撃で退路を塞ぎつつ体力を削る。


「そりゃこちとら狙撃されてるからねっ!」

 ニコラは盾の下から手錠を投げると、レチクルの足にかける。

 そして即座にスイッチを押してワイヤーを巻き取った。


「単純」

 だがニコラの最速は、遅すぎた。

 レチクルは迷うことなく足にかかった手錠を撃ち抜く。

 ニコラの手元には、壊れた手錠だけが引き寄せられた。


「自分の足撃つとか、肝太すぎるでしょっ!」

「撃ったのは手錠。見てわからない?」

「足にかけたのを撃ち抜くのが気が狂ってるって言ってるの!」

「撃たなきゃ足とられるでしょ」


 だとしても、自分の足を囲む数ミリの太さしかない金属を撃ち抜くのは豪胆が過ぎる。

「もしかして、銃で狙ったとこに撃てる『星群』だったりする?」

 返事はなかった。

 ニコラはニコォと笑い、確信する。


「わかりやすいな、キミ!」

「そう」

 連射。連射。連射。

 だがニコラは、速度の上がった連射を平然と防いでいく。

 速度は上がっても、レチクルの強みである、一手一手死に誘導するような射撃ではなくなった。


「そうわかりやすいと、つまんないことで躓くよ」

「人生相談した覚えはない」

「にゃはは、私も乗ってやる気はないよ。私は単に」

 がくんっ。


「!?」

 姿勢が崩れる。

「事実を言っただけだよ?」

 レチクルは倒れゆく中、地面に張り巡らだれたワイヤーを見つけた。

 ご丁寧にその色も、コンクリートの屋上に馴染むよう、つや消しされた灰色になっている。

「こんなものでっ!」


 地面を叩き、反動で立ち上がる。

 ニコラは感嘆しつつも、盾で突進し、更にその背面装甲を手錠でレチクルの体に巻き付けた。

「十二色セットで販売しておりますよ!さて、これならどう?」

「っ!」

 手錠同士を繋いだのは、背中側。

 撃ち抜くにしても、対象を視認できないまま『星群』を使えるのかがわかる。


「背中の手錠は撃てるかな?あ、いや、そのでかい背中じゃなくて君の背中ね」

「見ればわかるっ!」


 片手で背中の手錠を打ち抜き、もう一方でニコラを狙う。

 だが盾の重量から解き放たれるまで、レチクルの動きを阻害した。

 弾丸を放つまで、僅かにタイムラグがうまれる。


「遅いよっ!」

 ニコラはそれ躱すと、この戦闘で初めて手を手錠をかけ、ガンと引っ張る。

「ぐっ!?」

 レチクルは衝撃に耐えられず銃を手放す。

 ニコラは銃を蹴飛ばして屋上から落とし、レチクルと繋がった手錠を自分の手に繋げた。


「逃さないよっ!」

「逃げてない!」

 もう一つの拳銃も無効化するべく、ニコラは手錠を投げつけた。

 レチクルは発砲してそれを吹き飛ばす。


 だが一丁の拳銃で連射するよりも、両手で手錠を投げつける方が速い。

 弾幕をくぐり抜け、機工手錠が拳銃を持つ手に迫る。

「この程度っ!」

 手を前に手錠を受け入れ、ニコラに照準を合わせる。手錠を縮められても、銃口は標的の方に向くだけだ。

 押し切って殺す。その覚悟を決めてトリガーを引いた。

 だが瞬間、レチクルは手を横に引かれて狙いを外した。


「何故っ!?」

 間違いなく、手にかかった手錠の逆側はニコラの手に結ばれている。

 なのに引っ張られたのは、ニコラのいる方向ではなく、見当違いの真横。

 ピンと張ったワイヤーの先を見ると、柵にかけられた手錠。そして、そこから更にもう一本のワイヤー。


 混乱しつつも、先を辿る。

 このワイヤーは、何処に繋がっている。

 その答えは、顔面に叩きつけられた。


「がっ!!?」

 先にあったのは、ニコラの拳。

 ワイヤーを縮めて勢いをつけ、更に振り向くレチクルが振り向く勢いすらも追い風にしてぶん殴る。


「な、なんでっ!?」

 手錠がワイヤーで繋がれているだけでも意味不明なのに、手錠の目的から考えればあり得ない、第三の輪。

 腕が三本ある人間など、宙域でも捕まえることはすくないはずだ。

 殴られ、未だ揺れ続けるレチクルの脳は、情報を全く整理できない。


「元ネタがあってさ。人の武器をそのまま使うってのも芸がないでしょ?」

 安定性が強みのレチクルに対して、ニコラの強みは突拍子のなさ。

 発言も、行動も、敵が予測し得ない方向へと進み、その処理にリソースを割かせて殴り倒すのが彼女のスタイルだ。


 故にニコラに合わせて作られた手錠は、繋ぐワイヤーを巻き取るという変化に、更にもう一つ、輪が三つ連なっているという変化を加えた奇妙奇天烈極まりない装備になっていた。


「三節手錠、トライスター。この動きが予測できる?」

「黙っ、てっ!」

 引き金を引く。

 だが撃鉄は引っ張られたっきり、戻らなかった。

 戻るべき位置に、どこからともなく現れた銃弾が刺さり、それを妨げたのだ。


「はあああ!?」

「おっ、遅いよ狙撃班!」

「何が班ですか、一人でしょう!それより早く背中返して下さい!」


 限界を超えた濃度の情報を浴びたレチクルに、情報の濁流の第二波が押し寄せた。

 銃を貫通させず撃てる狙撃の腕。未だに頭に残る銃弾。背中に突き刺さって見える複数の銃。異様な程に高い身長。その上背に丁度合いそうな、背中のような金属板。


 何もかも、全てが理解不能で構成されている。

 レチクルの脳はもはや処理能力の限界を迎え、止まる。

「ワケわかんないんだよおおおおおっ!」

 そして、暴走気味に再起動した。

 余計な情報全てを捨て、必要な情報のみで現状を理解していく。

 武器は手錠のみ、決定力に欠ける。

 だがこちらも銃は残っていない。


 結論は一つ。


「殴り殺す!」

「いやキミ銃キャラじゃないの!?」

「うるさいっ!銃が無くなったからって、生きるのを諦められるかっ!」

「こ、コイツ逆に強えー!」


 ニコラは急な切り替えに恐怖を覚え、即座にレチクルを柵に固定するべくワイヤーを巻いた。

 だがレチクルは即座にもう一方のワイヤーを掴むと、力尽くで引っ張った。


「私は負けないっ!」

「ごぼおっ!?」

 ニコラの腹に、真正面から拳がブチ込まれる。

 嘔吐しながら吹き飛ぶが、手錠がその体を引き寄せる。


「ぐうっ!」

 ニコラは手錠を外し、追撃を避けつつ下がって咳き込む。

 レチクルは手錠を奪い取ると、それにつけられたボタンをいくつか押して柵と手から手錠を外し、自らのものとした。 


「これ、貰う」

「ぐへっ、いやー、最悪だね」

 ニコラは吐瀉物を袖で拭って新しい三節手錠を出すと、いつもどおりヘラヘラ笑う。


「じゃーん、量産型。余裕なさそうだね。ひょっとして、もう勝ったと思ってた?」

 だがレチクルは見逃さない。

 目尻に光る涙の粒を、腹を庇うような位置の手を。

 ニコラが本気で困り果て、それでも尚笑い続けているのが見て取れる。


「まあ誤差でしょ、直ぐ終わるし」

「お前の死で?」

「いんや、死ぬのはそっち。狙撃手もいるし」

「撃てるなら、もうとっくに撃ってる。スナイパー相手に狙撃のハッタリは通用しないよ」


「……うわー」

 そう、コンテナが二つに別れる瞬間、イチトは叫んだ。


『そいつは、人を傷つけない!』


 直後の会話で、ニコラはそれを勘違いだと判断していた。

 だがその後、二回の狙撃が両方、狙撃手女の脳天ではなく、銃弾や銃を狙ったものであったことから、判断は間違いだったと確信した。


 レチクルは、決して人を傷つけられない。

 例えどれだけ撃たれようと、殴られ、壊されようとも、決して抵抗できないよう、そのプログラ厶に刻みこまれているのだ。


「なーんであんな使えねえロボと一緒なんだか」

「えっ、ロボ?」

 一瞬の混乱を見逃さず、手錠を投げ、顎目がけてアッパー。

 だがレチクルは冷静に、手錠を弾き、ついでに拳をワイヤーで受け止めた。

 加速した拳にワイヤーがぐに、と食い込む。


「痛っ!」

「耐えなよ、根性ないな」

「ないよ!そんで君には根性ある?」

 ニコラは柵に手錠をかけると、逆側を掴んでビルの屋上から飛び降りた。

 するとワイヤーは締まっていき、囲まれたレチクルの体を柵に押し付る。


「痛ううううっ!?」

 細い細いワイヤーに、小さいとはいえ人間一人の体重。

 腹が切れたのではないかと錯覚するほどの痛みが体を襲う。


「根性ないねー?」

「このっ!」

 レチクルはニコラがぶら下がる輪の少し上、三つの内使われていない手錠に向けて自らの手錠を投げつけた。

 すると見事に二つの手錠は噛み合った。


「戻って、きなよ!」

「うぃっ!?」

 そして柵に輪を一つかけると、巻き上げてニコラを引き戻す。

 宙に浮かんだその胸目掛けて、全力の拳を叩き込んだ。


「っ、ー!」

 ニコラは呼吸も出来ずに喘ぐ。

 だがレチクルはそれに満足する暇もなかった。

 腕に、手錠がかけられていたのだ。


「!!」

「取り敢えず、落ちときなよ」

 ワイヤーの先は、ニコラが直前にぶら下がった位置。

 レチクルは重力、そしてワイヤーの力に引っ張られ、柵を超えてビルから落下していく。

 ボタンを押していただけの手錠を取り落としてしまったため、彼女を支える物は何一つ残っていない。


 このままでは、落ちて死ぬ。


「ま、待って!殺さないでっ!金、金があるっ!」

 即座に、命乞いをした。

 レチクルは依頼で、マフィアのボスが逃げる為の時間を稼いでいただけだ。

 だが報酬など、生きていなければ何の役にも立たない。


「生憎、最近は金に困ってなくてね」

 だがニコラは逡巡もせずに切り捨てる。

 多少借金はあるが、この場で敵を生かすほど金に飢えていない。


「待って!情報!裏社会のこと教えるから!」

「へえ。そんじゃあ一つ教えてよ。『アンノウン』について」

「……!?まさかあんた、アイツを追ってるの!?無駄なことはやめときなよ、誰もアイツのことは知らない。だからアンノウンなんて名で呼ばれてるんだよ!」


「ふうん。じゃあもう用はないや。バイバイ、犯罪者」

「待って、他、他に何かないの!ほしいものは!」

「ない。大体、犯罪者が命乞いなんておこがましいよ」


 冷たい、冷たい瞳だ。

 レチクルは自分がその瞳に、ゴミとして映っていることを確信した。

 十階建てのビルの丁度中央付近、落ちれば必ず死ぬとわかっているのに、今すぐこの手錠を外してほしいと思ってしまうほどに、その目は恐ろしい。


 ニコラはボタンを押し、手錠をぐんと屋上に向けて引き寄せた。

「あ、あ、あ……」

「……」

「嫌っ!やめて!離して!」

 レチクルは迫りくる屋上の少女に怯え、 悲鳴を上げた。

「お望み通りにしてあげる」


 十分に加速したところで、ニコラは全ての手錠を外し、ついでに投げ捨てる。

 レチクルは僅かに頬を緩ませる。だが直後、浮遊感と共に恐怖で塗りつぶされて見えなくなっていた現状を思い出した。


「あ、や、死にたくなーーーー」

 そこから先は、何一つ意外性のない、ただ時間経過によって起こりうる変化が起きた。


 ニコラがそっと、地上を覗き込む。

 その目は氷よりも冷たく、地面に広がる結果を見据える。


 赤い、赤い華が咲いていた。

 とてつもなく大きく、グロテスクな一輪の華が。

 ニコラはふいと視線を逸らし、手錠を回収した。


「そろそろ背中を返して下さい」

 仕返しが終わって満足したのか、レイは数個離れたビルから手をのばす。

 ニコラは下を指差すと、背中パーツを拾って手錠で降りた。

 レイも事前に預かっていた手錠で降り、数分ぶりに戻ってきた自分の背中の状態を確認する。


「ああ、弾痕がこんなに。どうしてくれるんですか!」

「んえ?どうもしないけど」

「はあっ!?」


 ニコラはいつも通りのふざけた顔に戻ると、どうでも良さそうにレイの要求を突っぱねた。

「誰のせいで傷がついたと思ってるんですか!」

「好きに使って良いって言ったじゃん。それよりも、イチトどこ?」

「教えません!絶対、何があろうとも!」

「もー、素直じゃないんだから」

「素直そのものですが!?」


 軽口を叩きつつ、レイの行動からイチトの居場所を探る。

 だがレイもそれに気付き、即座に目と体を動かすのをやめ、一切の情報を与えぬようにした。


「チッ、ケチ臭いな」

「修理代払わないゴミに言われたくありませんね」

 ニコラは仕方なく、記憶を頼りに適当な方向に歩く。

 すると答え合わせのように、レイから舌打ち音が聞こえた。

 そのまま一人と一体は、言葉を交わすことなく歩いていく。


 じゃり。


 だが不意に、足音が聞こえた。

 前方、ビルの奥から、人二人分の足音。

 ニコラは即座にレイを静止し、周囲を警戒しつつその音を聞き分ける。


「男が一人と、荷物持ちが一人かな?二百キロは超えてそうな気がする。パワー系の『星群』持ってそう」

「……いいえ、違います。微弱ではありますが、ファンの回る音とモーター音が聞こえます」

「それって……!」


 口に出す前に、答えが姿を表した。

 白髪交じりの老齢の男と、それに付き添う女。

 だがそれが普通の人間でないことは、一目見ればわかる。

 肌の色が浅黒いところ以外全て、レイと全く同じ見た目をしているのだ。


「あ、ああ」

 レイは歓喜の声を漏らす。

 年老いてはいるが、間違いなくその男は、レイが待ち望んでやまなかった人物。


「マスター!」

 トゥルブリム・ルーベンス。

 『レイ』計画の立案者にして最高責任者。

 犯罪者に身を窶した天才は、自身の作品と対面した。


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