奇剣、水口
全てが弾き飛ばされる。
フーコーの放った攻撃は、どれ一つとしてトレハに届かない。
「はあ!?おいおい、全部防ぎやがったのか!」
「お前の『星群』がわかれば、このぐらい簡単だ」
「へえ!わかったってんなら、聞かせて貰おうか!そしたらお前にも芸術性の欠片ぐらいはあるって、認めてやるよ!」
「穴を開けるものの素材によって、道具が違う」
使っていた道具は三種類。
小さいものと大きいもの、そして先を刃のように磨かれたもの。
それらがそれぞれ、金属、石、木に穴を開けることができるのだと、トレハは考えた。
「へえ、よく見てるじゃねえか」
「鞘に穴を開けられなかった時、道具を変えただろ?大きさが違ったりしたから、わかりやすかった」
「なるほどねえ、多少の観察力はあるようだ。作る方は向いてるんじゃないか?」
「やめとくよ。俺の『星群』は、お前と違って芸術用のもんじゃない」
「ほう?」
「あんまり彫刻詳しくないけど、石とか鉄とか木とか、全部彫刻の材料だろ?それでそれを彫るには、それぞれ向いてる道具がある」
自分の体を抱きしめるようにして体を震わせ、そしてそのエネルギー全てを解き放つように、フーコーは声を爆発させた。
「大っ!正解!良いっ!観察眼と、想像力!やっぱお前は、見る側じゃなくて作る側に向いてるんじゃないか!?どうだ、俺の作品を見て、一度作ってみないか?さっきの発言は水に流してやるからよ!」
「わかったよ、じゃあちょっとだけ見て、後で作る!これでどうだ?」
「俺の作品を見るのがちょっとですむわけねえだろうがああああああ!」
二人の価値基準は根本から異なっている。
だから最大限譲歩したつもりの言葉が、相手にとっては喧嘩を売っていると受け取られる。
幾ら言葉を重ねようとも、その断絶を埋めることは不可能だ。
ましてや今、それぞれ異なった理由で急く二人が、交渉し妥結することなど望むべくもない。
「……もういい!邪魔をするなら、押し通る!」
「どーして善意をナイガシロにしちまうかね!やっぱり手足削った方が良いな!その方が、芸術だ!」
互いに、武器を構える。
トレハは水口、フーコーは鏨と呼ばれる、金属加工道具を手に持った。
片腕が潰れたトレハは、それ以外に何も持つことができないのだ。
「はあああっ!」
トレハは『星群』で血を動かし、並外れた速度で詰め寄る。
そして紅く光る刃を振りかぶり、一直線に振り下ろした。
「させるかよっ!」
フーコーはそれを躱すと、側面から鏨を叩きつけた。
金属を削る鏨によって、また一つ水口に大きな穴が開く。
「穴だらけの刀!そんな色でもそれなら俺の作品になれるかもしれねえ!」
「なっても嬉しくねえよっ!」
トレハは即座に、攻撃方法を振るから突きに変える。
フーコーから見れば、それは避けやすくはなるものの、動きを止めにくいため鏨で反撃、もしくは創作することが困難になる。
「あーっ!せっかく人が作品にしてやるっつってるのに、何で邪魔した上に拒絶しやがる!?お前正気か?」
「世間一般じゃお前が狂人だよっ!」
限界まで力を込め、渾身の突きを放つ。
『星群』で強化されたそれは、目にも止まらぬ速度で宙を駆け抜ける。
だがフーコーも避けられず、致命的な一撃だと即座に理解し、後ろに飛び退くと同時に体を捻り、バックの肩紐でそれを受ける。
「ぐおおおおおおおっ!」
だが見た目に拘った革製の紐は、突きの勢いを弱めるだけで止めてはくれなかった。
フーコーの腹の奥深くを刃物が荒らしていく。
「だああああっ!」
奥まで獲物を押し込むため、トレハは更に一歩踏み込む。
フーコーはギリギリで、水口の穴に鏨を差し込み、それを持ち手にして傷口から引き抜く。
「っ!」
「いってえなあこのやろおおおおおっ!」
フーコーは『星群』を調整しつつ大量の鏨を水口に突き刺し、ムカデのような姿へと変えてしまった。
これではどんな力で突こうと、鏨が引っかかって内臓には届かない。
そしてトレハの武器は封じられたが、フーコーの鏨はまだまだ尽きることはない。
「お前の臓腑も彫ってやるよおっ!」
「必要、ないっ!」
歪な戦いだった。
武器ですらない、木を彫るための道具を振り回す男に、穴まみれの上棒が突き刺さった刃物を振り回す青年。
剣戟とも呼べないようなその衝突は、だが薄氷の上でいつまでも続く。
両手に道具を持つという男の優位と、血を動かす『星群』の優位が釣り合っている上に、その戦闘の技量も伯仲しており、互いに決定打を打てずに延々と切り結ぶ。
「ぐうううっ!速い!彫れない!ストレスフルだ!もういい加減終わろうぜっ!」
「終わりたいならお前が負けろっ!」
バキィッ、ギィン、カァン!
疲労が溜まり、お互い腕を動かすことすら辛くなっている。
それでも戦況は決して二人に休息を許さない。
血と汗を迸らせ、死の影を感じつつも、二人はその手を止められない。
「あああああっ!」
「おおおおおっ!」
何度目になるかわからない、全力の衝突。
その末、先に限界を迎えたのはフーコーだった。
握力が消え失せた手から鑿が落ちる。
「がああああああああああっ!」
トレハは即座にもう一方の鑿と切り合うと、反動でその手を痺れさせ、その隙に全身全霊の突きを放った。
「させるかよっ!」
フーコーの手は間に合わない。
だが足ならば、まだ動く。
腰のバッグを蹴り上げて、突きの軌道上に差し込む。
大量の金属棒が入り組んだバックを突き通すには刀は太すぎるし、ついでに邪魔になる棒も突き刺さっている。
「俺の、勝ちだっ!」
フーコーは勝利を宣言し、トレハの首目掛けて鑿を振り下ろした。
動脈が切り裂かれ、血が溢れ出す。
ただし、フーコーの動脈が。
「あ?」
確かにフーコーは、鑿を振り下ろした。
脳では、しっかりとそう命じた。
だが彼の体は金縛りにあったかのように動かず、ぴたりと動きを止めていた。
「なんでっ、あっ、痛ええええええっ!?くそっ、なんでだよっ!」
突きはバックで防いだというのに、何故か突かれた場所が死にそうな程に痛い。それに加えて腹から腕にかけて、臓器や筋肉が握り潰されるように痛む。フーコーはわけもわからず、動く手でバックを捲って現状を確認した。
そこには、細い細い剣があった。
「は?」
レイピア、と称するのが相応しい、美しい銀の剣。確かにこの細さならば、バックを突き通せるだろう。
だが今までトレハが使っていたのは、バックの向こう側に今も有るのは、間違いなく日本刀。
「何だ、その刀っ!」
「これは奇剣、水口。大昔に刀の技法を用いて作られたレイピアの、模倣品だ」
トレハが剣を引き抜き、掲げる。
すると刀身の殆どが溶け落ち、中から鋭利なレイピアが現れた。
「なっ!?」
「俺の『星群』は水を操る。それを使って、銀色の水と水銀を混ぜたのを刀の形にしてたんだよ」
「意味がわからねえっ!そんなことをしたら、美しさが損なわれるじゃねえかっ!」
「『星群』使うなら、水を持ち歩く方が強い。だからその容れ物と武器を兼ねて、ついでに意表をつけるようにしただけだ」
トレハは『星群』の特性上、武器に水を纏わせると攻撃速度が上昇する。
戦闘開始時に血を混ぜたのも、より一層速度を上げるためだ。
だがレイピアに水を纏わせただと軽くて攻撃力が低いため、鋼より格段に重く、液状で変形させやすい水銀を加えたのだ。
「クソッ、クソがっ!お前みたいに気持ち悪いカスは見たことねえっ!何でその美しい刃に、全く合わねえ柄なんかつけてやがる!何で水やら血やら混ぜやがる!そんなの全然美しくねえっ!」
フーコーは怒り狂ってバッグの中から手に持てるだけの鏨をトレハに叩きつける。
だがその攻撃は、目の前に現れた銀色の壁によって阻まれた。
それは攻撃を弾き返さず、だが決して通さず、迫りくる刃物をそっと包み込み、手から掠め取って地面に落とした。
「……!俺の道具が!」
「俺の剣はそっちと違って汎用性がウリだぜ。俺次第で刀にも、剣にも、盾にだってなってくれる。それぞれ専用の道具には敵わないが、何だってできるってのは俺が一番欲しかったものだ」
そう言ってトレハは、剣の柄を握りしめた。
その素材は体内でも使える防水の布、即ち人工血管と同じ素材からなっている。
殺すだけでなく活かすためにも使うことができる、トレハの理想を体現した何より頼りになる千変万化の武器。
だからそれは『奇剣』であり、何よりもトレハに相応しい武器となったのだ。
「じゃあ、悪いけど俺は、イチトの所に行かなきゃいけないんだ」
トレハはフーコーの動きを止めるため、体に空気を流し込んだ。
本人は気付いていないが、それは体の内側から神経を押しつぶすという、拷問じみた痛みを相手に与える。
だがフーコーはその痛みなど二の次にして、刃の美しさを損なった者に対する義憤に燃えた。
「殺す、お前だけは絶対にっ!」
猛り狂うフーコーは、動かないはずの腕を壊しながら鑿を投げ飛ばす。
それは美の破壊者の腹に深々と突き刺さり、多大なる痛苦を齎した。
「苦しめ、もっと!目が見える癖に、その剣の美もわからず、美を貶めたクズムシには、苦痛以外の全てが似合わねえ!死ね死ね死ね死ね!死んで全ての美へと謝罪しろ!」
全身から血を流しながらも呪詛を吐き続けるその姿に、トレハは恐怖を覚えた。
だが、その目を見てハッキリと答える。
「お前が美を大切に思うのは勝手だが、俺にとっては友達の方が大切だ」
相容れない。
価値観が、あまりにも異なっている。
どちらかが間違っているとか、そういうことではなく、ただどうしようもないぐらいに違っている。
例え無限の時を与えられ、互いの意見をぶつけ合ったとしても理解しあえない程に違っているのだ。
「気持ち、悪いよお前」
「……俺も、お前が気持ち悪いよ」
トレハは地に横たわる男に背を向けて、逃げるように走っていった。
フーコーはこの世で最も美しくない生き物の背中を見ながら息絶えた。




