背中
「さてさて、そうは言ってもどうやって攻撃するかねー」
見知らぬロボットと共に投げ出された上、『星群』も無しで狙撃手と戦うことになったニコラは、手持ちの材料で戦略を組み立てていく。
「ふむ、私にはカスの持ち物を後生大事に持っておく理由はありませんし、使ってしまっても良いかもしれませんね」
「は?何のお話で?」
「コレですよ」
レイは背中のジッパーを開けて、背面装甲を外すと、その中に詰め込まれた大量の武器をニコラに見せる。
「うっひゃあ!?比喩抜きで火薬庫じゃん!そういやなんか言ってたね!」
「ええ、好きに使っていいですよ。私のものじゃないので」
「それもどうなの?ま、遠慮なく使うけどさ。あ、君はコレで敵の武器壊したりしてよ」
ニコラはライフル二丁を取り出し、レイに手渡す。
「は?私の体では、他のものを考えればライフルは二丁までしか入らないでしょう。私は協力を申し出たんですよ?前線で戦うのはあくまでお前です」
「んーっとね、これ、使わせて貰うよ」
「は?」
レイはその高性能CPUでも処理しきれない情報を与えられ、一瞬だけフリーズした。
二人から遠く離れたビルの屋上。
そこで一人の女がスコープを覗いていた。
その名はレチクル・コアミー。愛用の狙撃銃と共に、多くの人間を撃ち殺してきた、暗殺のスペシャリストだ。
「……頭を撃っても死なないのは初めてだな」
視線を向けた先には、今、確かに鉛玉を頭にブチ込まれたのに、何事もなかったかのように立ち上がった女。
更にその女は正確にこちらを指差し、何やらもう一人の女と話をしていた。
その頭蓋には未だひしゃげた銃弾が残っており、外したという言い訳もさせずに銃で殺せない生き物が存在することを伝えてくる
「うーん、強そうなの先に殺したかったんだけど、流石宙域。化け物揃いだね」
勿論、その撃たれた女というのは、レイのこと。
女どころか人ですらない、機械の体のAIだ。
だが現在法規制されているAIがこの場に存在しているとまでは思い至らなかったのだ。
「小さいのは、撃ち殺せるのかな?取り敢えず移動して、撃ってみるかあ」
レチクルはなんともやる気のない声を上げ、ライフルを担いでビルからビルへと飛び移っていく。
そして二人との間に遮蔽物が無い位置で、再びライフルを設置し、菱形の瞳でスコープを覗く。
そこには、背中があった。
「は?」
目を擦り、もう一度見る。
だがそこには間違いなく、人間の背中のような、何かが鎮座していた。
「ど、どういう、こと?」
困惑しながらも観察を続ける。
その選択は、彼女が暗殺者であるということの証であった。
常に相手の手の届かない位置から狙い、不測の事態があれば観察して策を練り直す時間のある、暗殺者。
だが、ここは戦場だった。
一瞬の油断で命を失いかねない戦場。
様子見は、自殺と変わらない。
背中が、動いた。
「なっ!?」
それも一直線に、こちらへと向かって突き進んでくる。
「やっほーっ!狙撃手さーんっ!」
「はあっ!?」
さらにその背中は、元気よく喋りだした。
「何っ、何で喋るのっ!?てかどうやってこっち来てるのっ!?」
「あー、知らない?これはね……」
一分前。
「うん。だから私は、これ使わせて貰うよ」
「は?」
ニコラは手早くネジを取り外すと、レイの背中の装甲を取り外した。
「……??え、え?」
「えーっと、他に私達を狙撃できそうなとこある?」
「えっと、あのビルなんかどうでしょうか、って、え?なんで背中外したんですか?」
「おっけー。んじゃそこの屋上の柵に向かって、コレ、投げてよ」
困惑するレイを押し切って、物理演算能力を使ってあるものを投擲させる。
するとそれはガシャンと、見事に柵に引っかかった。
「おー、流石ロボ」
「当然です、じゃなくて。あの、何故背中を?それと、今の、手錠、ですか?」
「うん、手錠だよ。でも見ての通り普通の手錠じゃない。これはね……」
「機構手錠、ハードレー・テイマーンっていうんだよ!」
それは、誰よりも誇り高く、誰よりも信仰篤い男、マッザロート・アルバーが考案した拘束具。
人を傷つけずに捕まえるために、最大限工夫をこらした、伸縮自在のワイヤーで繋がれた手錠。
ニコラはその片方をビルの屋上に繋ぎ、そしてワイヤーを巻き取り、一直線に近づいているのだ。
「背中の方を説明しろっ!?」
レチクルは初めて体験する、敵が近づいてくるという状況に恐怖した。
震える手で引き金を引き、ライフル弾を迫りくるニコラに向かって放つ。
だが硬いレイの背中を貫通することはできず、弾丸は重低音を響かせて弾き返された。
「こっ、のっ!」
レチクルは死にものぐるいで弾丸をこめ、砲身が冷める暇もないぐらいに撃ち続ける。
「盾よ、吾に守りを!」
だがその全てを弾き返し、ニコラはビルの壁を駆け上がりながら叫ぶ。
倣う星座は盾座。
とある機械の助けを借りて、全ての攻撃を弾き返す、絶対の防御。前方からの攻撃も、後方からの罵倒も、全てはニコラに届かない。
「王座に至りし二重盾!」
思いつきの詠唱に、思いつきの必殺技。だがそれは、敵の意表を突くという一点においてはこの上なく役に立った。
「来るなっ!」
追い詰められたレチクルは、ライフルを捨てて拳銃を取り出し、柵にかけられた手錠に向けて、鉛玉をぶっ放す。
「甘い」
だが手錠を破壊する寸前、放った弾丸の側面に何かが衝突し、その軌道を変えた。
「──!?」
カラン、と銃弾が屋上に転がる。それも二つ。
レクチルが使っているものと、何者かが放った一発。
レイは、空を切り裂く銃弾を狙撃して、止めたのだ。
「はっ!?なんでっ!?弾が、撃たれたっ!?狙い撃ったの!?嘘でしょ!?」
普通の人間ならば絶対にありえないことだ。
だが正確な物理演算ができるAIならば、引き金を引く瞬間の筒の角度から、その軌道を予測して弾を撃ち抜くことぐらい容易だ。
「残念ながらホントだよ」
気付いた時にはもう遅い。
その声が、真横から聞こえることに。
「ひっ!」
「かけつけ一発!」
ニコラはレイの背部装甲を全力で振り、レチクルの顔面へとブチ当てた。
ごわんと、鈍い音。
それが女狙撃手と『星群』無しの少女の、戦いのゴングとなった。




