『人間彫刻』
「ほら、早くこっちに来い。お前が一生で見る何よりも、素晴らしいものを見せてやるっ!」
「だから、後で見せてくれよ!芸術なんかより、友達の方が大切なんだよ!」
「もっと素晴らしい芸術を見せてくれるのがダチだろ!邪魔になる野郎なんざ、ダチって呼ぶ価値もねえ!そんな奴無視して来い!死なない内に来た方が長く見れるぜ!」
「お前の価値観を置しつけるなよ!」
柄を掴み、鞘から勢いよく干戈を引き抜く。
日の光を浴びて、銀色の刀身が煌めいた。
「へえ、刀か!……あ?でもなんか、全然美しくねえなぁ?」
「これは俺に合わせて作られた、特殊な武器だからな。本物の刀には、そりゃ劣るよ」
「はぁ?武器ぃ?やめようぜそんな物騒な!世の中、誰も争わずに創作に打ち込めるのが一番だ!」
「見解の相違だな!俺はお前の彫刻なんかより、兵器の機能美の方が好きだ!」
トレハは叫び、刃に自らの手の甲を当てた。
当然皮が切れ、血が溢れ出す。
どく、どくと、不自然なぐらい勢いよく。
「血に染まれ、水口!」
瞬間、刃は流れ出た血を吸い込み、澄み切った銀を赤く染めていく。
コーヒーにミルクを少し注いだかのように、赤は対流しながら刃全体に広がった。
「あー、混ざる瞬間は多少は美しいが、その後の色はてんで駄目だ。あの色だけの男の絵みてた方が、よっぽど心が燃え滾る」
「お前の評価や作品なんかどうでもいい!俺は、友達を守る為に行かなきゃならないんだ!」
ひゅんっ。
音もなく、眼前に何かが迫った。
「うおおっ!?」
トレハはそれを躱しつつ、弾くつもりで刃を振るった。
だが、弾くことはできなかった。
更に飛来する何かが触れた、水口の先端に穴が空いた。
「これでも防げねえのかよ!」
「防がせるかよ」
フーコーの目から、光が消える。
これまで行っていたのは、彼の世界では親切な行為だった。
この世で最も美しい作品に触れられるよう、見知らぬ男に最大限優しくしているつもりだったのだ。
だが、見もせずに作品を否定したことで、トレハは親切の対象から外れた。
だからフーコーは、彼の世界において最も不幸な最期を与えようと考えた。
「お前はもう二度と!芸術を拝めずに死ぬんだ!」
それは、美しさに触れられないこと。
この世に存在する美しいものを金輪際見れぬよう、殺す。
それが、フーコーが想像しうる最大の苦痛だった。
「芸術云々はどうでもいいが、ここで死ねっていうならお断りだ!」
「強がってんじゃねえええええ!!」
フーコーは腰に下げたバッグから金属製の棒を取り出すと、両手の指に挟んで投げ飛ばす。
トレハは高速でそれを叩き切ろうと奇剣を振るうも、やはり穴が開くばかりだった。
そして勢い変わらず、金属はトレハの体に突き刺さった。
「うぐっ!?」
「痛いだろう、辛いだろう?美を味わって忘れたいだろう?だが!お前はもうそんな、人間の幸せを味わうことはできないんだ!」
「できれば、先に病院に行きてえよ!」
「気でも狂ったか?怪我なんて幾らでも治せるが、心は決して治らねえ!優先順位を考えろ!」
「最優先は、まず、イチトに加勢することだっ!」
トレハは自らの体に刺さった金属片を引き抜き、血を『星群』で取り除いた。
先の尖った、とはいっても針ほどに尖っているわけではなく、普通の服を突き破るにも難儀しそうな程度。
形状は棒の先が円錐のようになっているものや、平べったくなっているもの等、多種多様だ。
共通するのは、それがとても体に突き刺さるような危険物には見えないこと。
そして防刃繊維に触れさせると、いともたやすく穴を空けるということだけだ。
「触媒入りか!」
「ああ、宙域の野郎どもを削るなら必要なんだろ!?つまりだ、刀も、服も、お前を守っちゃくれねえ!お前は、死ぬんだよ」
「その程度、とっくの昔に経験済みだ!」
トレハは水口を片手に持ち替えると、投げて来いと言わんばかりに、空いた人差し指を空へと向けた。
フーコーは即座にバックの金属片を投げ飛ばす。
目や耳、首、心臓など、当たれば即座に芸術鑑賞ができなくなる場所を重点的に狙って。
「狙いがバレバレなんだよっ!」
トレハは腰の鞘を引き抜くと、『星群』で血を操り、全ての金属片を叩き切る。
鞘に、穴は開かなかった。
「お前の『星群』は、金属や岩みたいな、無機物に穴を開けるんだろ?貫通するってだけなら、俺の体もとっくに穴だらけだろうからな!防ぐには、木でできた鞘を使えばいい!」
「チッ!動きも、理解も速え!」
「そんじゃ、次は俺の番だっ!」
トレハは目の前の手配犯を切り捨てるべく、『星群』で強化した速度で走り抜ける。
「っ、く、来るなっ!」
フーコーは逃げながら金属棒を投げつける。
トレハはそんな抵抗ごと叩き伏せるために、鞘を振るった。
受け止めた鞘に、穴が開く。
「え」
ズグウッ!!
肩の奥深く、骨が砕けそうなほどに、鞘を貫いた金属棒は食い込んだ。
「がっ!?ああ!?」
「なーんちゃってな」
フーコーの表情から怯えが消え失せる。
熱意のない演技という、芸術からかけ離れたものを、フーコーがいつまでも続けるはずがない。
そんな退屈で凡庸なものを作り上げた理由は一つ。
「芸術への道を、また防がれる気分はどうだ?」
至高の作品を見もせず否定した男を、徹底的に叩きのめすためだ。
補色を並べて塗るとより互いの色が引き立ち、鮮やかに見えるように、苦痛は僅かに希望を見せてからの方がより鮮烈に刻み付けられる。
そのために、出来損ないのつまらない演技すらしたのだ。
「クソッ、木も駄目かっ!」
トレハの予想に反して、フーコーの攻撃は有機物、即ち木製の鞘にすら、大きな穴を開けた。
その上放たれた金属棒は今までよりは数段大きく、半月型の先端は刃物として使えるように研磨されていた。
結果重量と鋭さを増したそれは、トレハの肩の奥深くまで食い込んだ。
「うぐ、ううっ!」
肩に刺さった刃を引き抜く。
数滴血が漏れ出すも、『星群』で止血してそれ以上の被害は避ける。
だが痛みは消せず、握っていた鞘を取り落した。
「俺も退屈な作品しかねえ美術館を出た時なんかは、希望って言葉を忘れるぐらい辛かった。最期に美しいものを見れないまま死ぬってのは、きっともっと辛いんだろうなあ」
フーコーはそれを芸術不足の辛さだと解釈し、心の底からトレハを哀れみ、涙すら流した。
「だがお前は俺の作品を貶した。同情はしても、加減はしねえ!」
取り出したのは、巨大な金属の棒を二つ。
トレハは警戒し、その一挙手一投足を具に観察しながら後退する。
そんな中、トレハは最初に穴を開けられた岩の先に落ちているものを見た。
大きさは今フーコーが持っているのと同じぐらいだが、先端の鋭さは数段劣る。
「……!」
「じゃあな!言っとくが、お前如きの骨を彫る気はねえぞ!お前には、芸術を感じねえ!」
フーコーは、自らの価値観の中で最大限の侮辱を吐き捨て、止めを刺すべく全力の投擲を行った。




