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芸術系犯罪者

「っ、どうするイチト!」

 回転しながら落ちていくコンテナの中、トレハは顔を青くしてイチトに問う。

 だがイチトも、現状を打破する方法が思いつかずにいた。


「何か『星群』でできないのか!」

「えっと、落ちる速度は少し下げられる!」

「わかった、なら飛ぶぞっ!」


 トレハはイチトの手を握ると、ペットボトルの水を空中に撒いて、パラシュートを作るように薄く広げた。

 だが二人分の体重を支えるには力不足。速度は上がる一方だ。

 高度は地上百メートル。人の命を奪うには、十分すぎるぐらいに高い。


「駄目かっ!」

「そのまま広げてろ!」

 イチトは手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて地面に向けて投げた。

 直後、地上で失明しそうなほどの光が瞬き、熱風が立ち上って、二人を襲う。


「ぐうっ!?」

「耐えろ!それで熱い空気を包め!」

 トレハは指示通り肌を焼かれるような熱さの空気を、水の膜で覆う。

 温められた空気は、周囲との密度差によって二人の体を引き上げ、落下速度を大幅に下げた。

 二人は気球のように漂い、ゆっくりと地面に近づいていく。


「……?」

「どうしたんだ、イチト」

「いや、さっきみたいに攻撃されるかと思ったんだが。死んだか?」

「攻撃しない理由はわからないけど、少なくとも死んではいないみたいだ」


 爆心地を避けて地上に降り立つ。

 そこには、手配書で顔を見た犯罪者が二人。

 ド派手なドレッドヘアに、それに負けないぐらいケミカルでサイケデリックな色合いの服を纏った男と、物資が不足しがちな犯罪者とは思えないぐらいに皺のない、しかし絵具やらなにやらがこびりついたスーツを着た男。


「『人間彫刻』フーコー・M・ケイザムランキー、『万物画材』イーゼル・ヴェル―リアか」

「お?知ってんのかい?かかっ、俺達有名になっちまったなあ、イーゼル!」

「喜ぶようなことではないだろう。万物画材、だぞ?述べられているのは何『で』描いたのかということだけ、何『を』、つまり描いた物の評価がない!そもそも、感じたことを自由に述べるためにも、二つ名という先入観は不要だ!」

「芸術系犯罪者か……面倒なのが来たな」


 芸術系犯罪者は、その名の通り、芸術への激情を理由に罪を犯した犯罪者のことだ。

 その特徴は、損得感情の欠如と、目的達成への異常な執着。

 例えば、自分の作品を貶した評論家に、よくよく作品を見て正当な評価を下せるよう、評論家の家族のを殺し、その骨を使った彫刻を送りつけた者。

 例えば、反戦を訴える絵を書くために、銃殺した人間の体液を絵の具代わりに使った男。


 そういった、常軌を逸した悪事を芸術と宣う人間が、芸術系犯罪者と呼ばれるのだ。


「犯罪者ぁ?おいおい、俺は人の作品をバカにしやがった、目の腐った野郎に、評価しなおす機会をくれてやっただけだぜ?」

「それよりも、私の作品をみたことはあるか?是非、感想を聞きたいんだ。観者の反応が気になるタイプでね」

「トレハ、どっちか頼む」

「えっ、でも」

「不安ならサッサと片づけて助けに来い」


 イチトは返事を待たずにナイフを取り出して構える。

 するとイーゼルは、あきれ返って息を吐いた。


「話も聞かずに襲い掛かるとは、まるで獣だな。はあ、宙域にいるような教養のない輩に、私の作品について聞いたのが間違っていた」

「誰に聞いてもお前の作品への評価は返ってこないぞ」

「……何?」

「遺族が買い取って、全部燃やしたんだよ。この世にある価値もない作品だってな」


 イーゼルは一瞬、何を言われているのか理解できずに硬直した。

 だが直ぐに現状を理解すると、その整った鼻筋に手を当て、初めてイチトを正面から見た。


「燃やした?私の、魂をかけた作品を?」

「ああ。お前が書いた絵二百枚全部、一つ残らず買い集めて燃やしたそうだ」

「情報は正確に伝えろっ!二百枚なのか、それとも私が発表した作品、全二百十六枚なのか、どっちだ!」

「覚えてねえよ。あ、燃えない素材の絵は粉々に砕いてコンクリートに混ぜたってよ」


「許、せんっ!」

 叫ぶと共に地を蹴り、ペインティングナイフを振り下ろす。

 ガキィン!

 イチトの光を吸い込むような黒いナイフが、それを受け止めた。


「ああ、許せん、許せん!描かなければ、この怒りを描かなければ!」

「それが何で俺に襲いかかるんだよ」

「決まっているだろう!この激情を描くには、絵具が必要だ!そしてそれは、私に怒る権利があると伝えた君の体で作るべきだろう!」


「ぶつける相手は遺族じゃねえのか。まあ、だとしても止めるが」

「ならばキャンバスも君だ!ああ、創作意欲っ!早く画材を集めなければっ!」

 激情のままに、ペインティングナイフを振り回す。

 その目には、既にクロイ・イチトという人間は映っていない。


 ただ、目の前のキャンバスに、どう色を乗せれば怒りを余さず伝えられるか。イーゼルの脳は、それだけに集中していた。





「はー、あいつほんっと気持ち悪いよな」

 フーコーは心底うんざりした様子で隣で繰り広げられる戦いを一瞥し、ドレッドヘアを大きく揺らして頭を掻いた。


「仲間じゃないのか?」

「あ?仲間さ。ただ、お互いに認めてるのは作品だけ。あいつが絵をかけなくなったら即座に殺すし、俺が彫刻を掘れなくなったら殺されるだろうな」

 トレハは二人の理解を越えた関係に戸惑いつつも、腰に下げた刃に手をかける。


「あ?やめとけやめとけ。俺には戦う理由がねえんだ」

「輸送機壊しといてそれは流石に無理があるだろ」

「あんな気持ち悪い、美意識の欠片もない物体、壊すに決まってるだろ。それに空飛んでたら俺の作品が見れねえだろ?そりゃ人生の損失ってもんだ。ほれ、こっちだこっち」


 そういってフーコーは、近くの粗末な家へと走っていった。

 だがトレハは芸術というものに全く理解がなく、またこの状況で呑気に彫刻を鑑賞しようという気持ちにはなれなかったので、無視してイチトの加勢へと向かう。

 その眼前を、何かが通り過ぎた。


「っ!?」

「おいおい、俺は見てけっつったんだぜ?俺の、至高の彫刻をよ」

「……悪いけど、後でいいか?絶対、後で見に来るから」


 トレハは冷や汗を流し、じりじりと後退りながらなだめにかかる。

 ちらりと後ろを見ると、大岩に、まるで掘削機で穿ったような穴が空いていた。

 フーコーが投げた何がが当たった瞬間、岩は一切抵抗することなく、自らの身に穴を空けることで、飛来物を通したのだ。

 コンテナや岩に穴をあけるだけの攻撃を、直接食らえばどうなるかわかったものではない。


 トレハはこれ以上無用な怒りを買わぬよう、時間を稼ごうとする。

「俺の作品を見るよりも優先することがあるってのか?」

 だが、トレハは失敗した。


 選択を誤ったというよりは、それよりもっと根本的な失敗。

 芸術系犯罪者が、何故他の犯罪者と区別して呼ばれているのかを理解できていなかったのだ。


「いや、そうじゃなくて、今は忙しいから」

「はあ?何をふざけたこと抜かしてんだ?忙しいぐらいで、俺の作品を見る機会を捨てるなんて、そんな勿体ねえことするんじゃねえよ」


 芸術への情熱が行動原理で、それ以外の全ては、例え命だろうと全て無意味。

 それこそ、芸術系犯罪者の根本なのだ。

 だから、忙しいからと至高の芸術に触れる機会を捨てる人間が、全く理解できない。


 普通の人間の視点で例えれば、飢えて死にそうな時、最後に残った金で美術館のチケットを買うような、そんな愚行としか思えないのだ。

「仕方ねえ。今見せてやるからな」


 だから、フーコーは全力で止める。親切心で、優しさで。

 たとえ息の根が止まろうと、目と脳に血が回らなくなる瞬間、自分の作品を見て死んだ方が、見ずに生き長らえるよりは絶対、幸せに違いないのだから。


「友達が戦ってんだぞ、呑気に彫刻なんか見てられるかっ!」

 トレハはどこまでも常識的な価値観をもとに言葉を返す。

 それがどれだけフーコーの神経を逆なでするのかも気付かずに。


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