理解を置き去りにして
任務当日。
「やっふー」
訓練をサボり続けていたニコラは、何事もなかったかのように来た。
「……お前、なんでいるんだ」
「え、いや、今日は任務でしょ?サボったらまずいっしょ」
「それはそうなんだが」
イチト達がやっていたのは、あくまで自主的な訓練だ。
ニコラがやる気を失ったのなら、いつ辞めても問題はない。
だが借金返済という目的をほぼ達成すると同時に訓練に来なくなったら、普通は宙域から去ることを想像してしまうだろう。
「なんでいるんだよ、お前」
「何、何なの、私の事嫌いなの?」
「嫌いだが、今回はそれとは別だ。借金消えたなら、もう宙域にいる理由なんてないだろ?この輸送機が動き出す前に、戻ったらどうだ」
イチトは輸送機、といってもバイク二台の上にコンテナをくっつけただけのものを指さし、ニコラに忠告した。
強い理由がないなら、人間はこんな奇妙な乗り物に乗るべきではない。
「返し終わりそうなだけで、返し終わってはないんだよね。ってか、終わった感に流されてめっちゃ色々買ってしまった」
「馬鹿か?」
絶句。元の借金の理由は知らないが、それがなくとも将来的に碌な人生を歩めない金銭感覚だ。
流石のトレハも、汚物を見るような目でニコラを見ている。
尤も、当人も最近、刀を買うついでに大量のプラモか何かを買っていたが。
「バカとは失敬な」
「いや、マジで何を考えてるんだお前は」
イチトは本気で相棒の正気を疑い、熱はないかと額に手を当てる
「ピピッ、三十六度四分」
「なんでお前が測ってんだよ」
「何でコントやってんだ?」
「イチトきゅんがさみしがってたから」
「骨へし折るぞお前」
トレハの言うことも尤も、これから犯罪者の巣食う衛星へと突入し、命懸けで戦うとは思えないような空気だ。
イチトは深呼吸をし、いつもの仏頂面へと戻って空気を引き締めにかかる。
「それでニコラ、訓練来ない間何やってたんだ?」
「興味津々だね。やっぱさみしかった?」
「茶化すな」
イチトは本気の目で、相棒を見据える。
ゴウン、という音と共に、輸送機が宙へと浮かび上がった。
ガタガタとコンテナが揺れるも、イチトは決して、その目をニコラから離さなかった。
二人は、その『星群』の性質上、共に行動する必要がある。
だからこそ、一人が訓練に手を抜いてしまえば、もう一人の命にも危険が及ぶ。
それを踏まえてお前は訓練を休んだのかと、イチトは聞いているのだ。
「ちょっとした訓練だよ。たまには自分探しでもしようかなって」
「体は鈍ってないんだな?」
「当然。寧ろ冴え渡ってるよ」
ニコラはくるんと、その場でバク宙を披露する。
トレハは思わず拍手し、驚きの声を上げた。
以前のニコラの身体能力では不可能。体力を鍛えるために、様々な訓練をしてはいたのだろう。
「嘘ではないみたいだな。疑って悪かった。でも、訓練中止するなら連絡ぐらいしろ」
「返す言葉もございませんね。まあ、この任務終わっても続けるなら参加しますとも」
「そうか。ならもう詮索はしねえ」
「それよりさ、トレハの腰のそれってもしや……!」
ニコラはキラリと目を光らせて、腰に下げられた一メートル程度の棒状の物体を凝視した。
トレハも自慢気にそれを持ち上げて応じる。
「ああ、俺の武器だ」
「うっひょお!刀!じゃん!良いね良いねえ、ゾクゾクしてきた!見せてよ触らせてよ〜」
「だめだ。これは俺の、専・用武器だからなあ」
「チクショーッ!ケチッ!イケズ!」
引き締めた空気は二人の少年心によって一瞬で砕け散った。
『あー、あー、話終わったみたいだし、次は私が喋っていいかしら』
イチトのタブレットから、聞きなれた声が聞こえる。
今回、この班のオペレーターを務める、ヴィーシの声だ。
『今回の作戦での最重要事項は、トゥルブリム・エターの殺害、もしくは完全なる無力化よ』
「ん?トゥルブリムって誰だ?手配書リストにもいなかったよね?」
「そうか、お前らには話してなかったな。雑に言うとAIの開発者だ」
「おー、筋金入りのワルだな」
「AI禁止法成立の原因になった男でもある」
「想像の数倍筋金入ってんな?」
AIになじみのない、更に物心ついたころからAIが禁止されている二人にとっては、AI製造は爆弾の製造とそう変わらない悪行なのかもしれない。
『それと今回から、衛星に電波が通るようにしながら戦うことになったから、余裕があったら破壊されにくい場所に電波塔作っておいて』
ヴィーシが指さした場所にある箱を見ると、組み立て方から配置場所の選び方など、必要な情報が書かれた箱が鎮座していた。
宙域を襲撃された突起に、任務中、情報伝達ができないことの危険性を改めて認識し、改善しようとしたのだろう。
「ヴィーシ、通信網を犯罪者側に利用される可能性は考えないのか?」
「ええ。事前に承認されていない端末からのアクセスは遮断するし、同じIDの端末が複数接続されたら、即座に電波塔が自爆するわ」
「解決策が野蛮だな」
「ともかく、これを設置しつつ戦えってだけだろ」
「ええ。それじゃ、私は他の仕事もあるから、問題があったら私の端末にメッセージ送ってね」
返事を待たず、ヴィーシは通信を切断した。
イチトは箱に書かれた説明文を読むが、練習せずともできそうなので、放っておくことにした。
ニコラは基地局用の箱ぺたぺたと叩いて物色していたが、そのうちに一つ、一際大きな箱を見つけた。
見たところ、ニコラの身長の倍より少し小さいぐらいの大きさで、その割に横幅や高さはそこまででもない、奇妙な箱だ。
「あれ、一個なんか違う箱あるけど、アレは?」
「ああ、アレか。ロボットだ」
「は?」
「AI搭載してる」
「は!?」
箱を開け、電源を入れると、二メートルを越す巨大な女型ロボットが動き出した。
「は?」
「む、未識別個体。お前がゴミですね」
「は?」
「背中に武器入れてるから、必要になったら使え」
「は?」
ガァン、という音共に輸送機が揺れ、コンテナに穴が空いた。
「「「は!?」」」
「っ、敵だっ!」
イチトは叫ぶと、即座にニコラの元へと走る。
その間も次々と何かが飛来し、コンテナに穴を開けていく。
それでも、戦場で『星群』を使えないことの危険を知るイチトは、全力で手を伸ばした。
ニコラもそれに合わせ、手を伸ばす。
手が、触れ合った。
どくん。
血が、巡る。
燃えるような熱を帯びて、全身に『星群』の力を伝えていく。
その最中、ニコラは繋いだ手の真下で、金属板を貫く何かを目撃した。
「っ、くそっ!」
咄嗟に触れた手を突き飛ばす。
二人は『星群』の力で吹き飛ばされ、コンテナの壁に衝突した。
「ごほっ!?」
「ぐっ、無事だな!でも、組み合わせがまずい!」
原型を留めぬ程に穴だらけになったコンテナは、真っ二つに分かれてしまった。
しかも、その一方にはニコラとレイ、もう一方にはトレハとイチトが乗っている。
つまり、イチトとニコラは『星群』を使えず、武器庫の中身など知らないニコラが、レイと共に行動することになってしまったのだ。
戦場において言うことを効かないロボットと普通の少女が生き残れる可能性は、殆どゼロと言っていい。
「クソッ、ニコラ!」
「何!」
「そいつはーーーー」
イチトは端的に、一番重要なことだけを叫ぶ。
次の瞬間、急ごしらえの輸送機は、二つに割れて吹き飛んだ。




