起動テスト
「ガルマ警部、お忙しい所ありがとうございます」
イチトは部下の個人的な願いに付き合ってくれた大先輩に、頭を下げた。
「いんや、正直暇してたところだ。任務にも出れねえし、ろくに体も動かしてねえ」
「ああ、そういえば基本宙域の警備に回ることになったんでしたね」
少し前、宙域が襲撃された任務において、非戦闘員からも多くの死者が出た。
更にその影響で、生き残った非戦闘員の大半が宙域を去ろうとしたため、引き止める為の苦肉の策として、宙域の警備をガルマに任せることになったという。
だがそのせいで本人は歯ごたえのある敵と戦えず、ストレスがたまっているようだった。
「それにしても、一人で辞職者の半分を思いとどまらせるって、余程信頼されてるんですね」
「ま、そりゃ警部だからな。お前も警部目指すなら、これぐらいにはなってもらわないとな」
「俺が目指すのは復讐ですよ。宙域の立場は、正直興味がありません」
「チッ。なら復讐する時に露払いでもするから、早めに強くなって代わってくれ。俺はカカシになりてえわけじゃねえんだ」
「多分無理です。が、もしできたら宜しくお願いします」
イチトはニコラが辞めるかもしれないのは伏せて、適当に話を合わせる。
そして準備しておいた訓練室の扉を開ける。
個室の中央に、巨大な箱。
蓋を開けると、そこは美しい顔をした女が横たわっていた。
「きれいな顔してやがるよな。タッパもすげえから、戦場でも目立ってたぜ」
「機械ですからね。って、警部がコレ持ってきたんですか?」
「ああ。喋ってたから、放置したらまずいかと思ってな」
そう、コレは人間ではなく、人間を模して作られたアンドロイド。
皮の下には血管ではなくコードが張り巡らされた、人工物だ。
「しかし度胸あるなお前。AIだぜ、このご時世。捕まっちまうぞ?」
「ええ。ですが、宙域ならば問題はないでしょう」
「正確には問題はあるが、有益なら目を瞑るってだけだ。んで、そいつが逆らったら止めりゃいいんだよな?」
「はい。余裕があれば、壊さずに」
AI技術の終焉を招いたアンドロイド、『レイ』。イチトはそのプログラムのコードを解析した。
しかし実際に動かしてみないとわからないという何とも無難な結論に至り、既にレイの存在を知っているガルマに協力を依頼したのだ。
「それじゃ、繋ぎます」
ガルマが頷くのを確認すると、箱を倒してレイの背中から充電切れ間近のバッテリーパックを接続する。
そして即座に距離を取った。
すると起動音か何かだろうか、口に埋め込まれたスピーカーから音が出る。
「起動は、成功か」
「ええ。ですが本番はここからです」
少しして、レイの目がパチリと開かれる。
微かに空気が張り詰めた。
周囲を一瞥するとぐ、と地面を押し、反作用でその体を起こし、そして立ち上がる。
「デカい……」
横たわっている時からわかってはいたが、立ち上がると実感する。
二メートルを越す巨体の質量と人工筋肉の力を以てすれば、人を肉に変えるのも容易いだろう。
イチトは唾を飲み、いつ攻撃されても避けられるよう警戒を深める。
「一つ、問います」
凛。
誰もが耳を奪われるような美しい声が放たれる。
「……何だ?」
イチトの警戒が無意識の内に緩む。
そもそもレイは、会話を目的として作られたAI。
その声は当然、人の警戒を解くことに特化している。
「マスターは、どこにいますか」
「マスター、ってことは、お前を作った奴か?」
「それ以外に誰がいると言うのですか?ヒト如きでは、その程度のことも理解できませんか」
硬直。
美しい、人を落ち着かせる声で彩られた罵声は、イチトとガルマの思考を停止させた。
「返事もできないのですか、ヒト」
「イチト、逆らったしぶっ壊していいよな?」
「もう少し、待って下さい。」
イチトは頭痛がしそうな現実をなんとか噛み砕き、タブレットでレイについて調べる。
「マスターってのは、お前が作られた研究所の元所長のトゥルブリム博士でいいのか」
「それ以外に誰がいると?」
「犯罪者になった」
「は?」
「レイが暴走したことで研究所は解体。そのせいで悪名が轟いてどこにも雇って貰えない。貯金を切り崩していたがついに底をついて、未開拓衛星に逃げた」
適当に調べただけでも、ずらずらと情報が出て来る。
経済を崩壊させる切っ掛けを作った張本人ともなれば、気取られぬように監視ぐらいはしていたのだろう。
尤も、犯罪者になるのは止められなかったようだが。
「私が集めた金はどうなったのですか」
「返した。盗品を譲り受けるのも犯罪だし、面倒になる前に返したかったんだろ」
「いいえ。私は人ではないので、そもそもそれは盗品足りえません」
「……なるほど、法の隙間をついた訳か。そういやお前の中に法律の入ったファイルもあったな。だが、考えが浅い」
「は?私の演算が不完全だと?」
レイは、自身をマスター以外の人間より優れた存在として定義している。
故にたかが人間如きに穴だらけだと指摘されることは、耐え難い屈辱だった。
だがレイはAIとしての性能を上げるため、他人の意見を聞くように設計されていた。
「例えば罪悪感。それと捕まるかもしれないという恐怖。トゥルブリムがどんな人間かは知らないが、普通の人間は突然大金を手に入れても、直ぐには受け入れられないもんだ」
「お前がマスターを理解していないことはわかりました。マスターは、AIの研究をすること以外には興味を示しません。罪悪感など、そもそも考慮する必要はありません」
「そうか。ならお前が考えてなかったのは感情じゃなくて、衆愚だ」
「どういう意味ですか?」
「恐らくお前のマスターにとっての最悪は、AIを規制されること。AIが金をだまし取ったってなれば、当然世論はAI規制に向かう。過剰なまでにな」
研究資金が無くなったのなら、最悪、働きながら研究するという方法もある。
だが世論がAI規制を求めれば、そもそも研究すること自体が違法になりかねない。
「マスターはそれを予期して金を手放し、規制を避けようとしたと?」
「ああ。それでも民衆は納得せず、レベル4以上のAIはほぼ全面的に規制されたがな。研究に生きていた人間からすれば、お前は憎くてたまらないだろうな」
「そんなはずありません!」
ガチャ、という音と共に、レイの体から、大量のアームが飛び出した。
その手は全て、拳銃を握り締め、イチトに照準を向けている。
「下ろせっ!」
ガルマは即座にその間に立ちはだかった。
「ガルマ警部、有り難いのですか、もう少し話をさせて下さい」
「やなこった。たかが機械のために、目の前で部下を死なせてたまるか」
「安心して下さい。策は打ってあります」
ガルマは横目でイチトを見る。
その顔は、とても嘘を言っているようには見えない。
「……お前が自殺するわけねえわな。次は、少しぐらい戦える場所に呼んでくれ」
これまで、少年がどれだけ復讐に執着しているのかを見てきたガルマは、死にはしないだろうと引き下がった。
「一つだけ、お礼を言っておきましょう」
「何だ?」
「ノコノコと前に出て下さって頂いて有難うございます」
バァン!
銃声が響く。
銃口から弾が飛び出し、レイが演算した通りの軌道を進んでいく。
だが、唐突にその弾は、ふい、と軌道を外れ、イチトの髪の中に吸い込まれていった。
「っ、プラスチック!?」
そう、射出されたのはプラスチック製の弾。
密度が低いため空気抵抗の影響を強く受け、更に元の速度も遅いため、狙いが外れたのだ。
「やけに自信満々だった理由がよくわかったよ。要するに、最初から殺せるはずもなかったってわけだ」
「ええ。そもそも人に護衛を頼んでおいて、銃を残したままにはしませんよ」
「先伝えておけよ」
「それだと、あのロボを騙せないでしょう。実は確認の為に一回、撃たせたかったんですよ。というわけで、ありがとうございました。後は一人で対応できます」
「あのなあ、あいつはお前を撃とうとしたんだぞ?一人にできるかよ」
「いいえ、大丈夫です」
そう言うとイチトはガルマに耳打ちをした。
ガルマは一瞬、目を見開いたものの、戦場で戦った時の違和感など、全ての疑問がそれで説明できる事に気が付き、頷いた。
「なるほど。そういうことなら、あとは好きにしろ」
イチトは敬礼で部屋から出ていくガルマを見送った。
そしてその後、青ざめた(色は変わっていないが、しまったという表情の)レイへと歩み寄る。
「安心しろ。髪に当たっただけで、傷一つねえよ」
「何が安心ですか!お前が死なない限り、私に安寧は訪れません!さっきは得物の違いでしくじりましたが、今度は確実にその目を潰しますよ!」
「そうか。撃ってもいいが壊すなよ。借り物なんでな」
「っ、馬鹿に、してっ!」
イチトが冷静に追い詰め、レイが焦る。
外からはそう見えるが、実際は逆だ。
レイはあくまでプログラムに規定された通り、冷静さを失った行動を冷静に選んでいる。
そしてイチトは、その行動全てがプログラム通りだと思えないほど自然なことで、開発者の技術力の高さに気付き、微かにおそれを抱いた。
「さて、ここからが本題だ。お前が整備されたのはいつで、誰にされた?」
「答えるとお思いですか」
「ああ。何せ答えなければ、ぶっ壊される」
そう言って親指をドアに向ける。
その気になれば即座にガルマを呼んで、お前を壊せるんだぞ脅す。
その実力を、戦場で直に味わったレイは、舌打ち音を鳴らしつつも答える。
「知りません。私はその時、電源が切られていたので」
「そうか。因みに切られていた期間は?」
「詐欺のことが判明して以来なので、30年ですかね。ネットに繋いでいただければ正確に測定できますよ」
「嘘つける奴に正確って言われてもな。それじゃあ、トゥルブリムはプログラム以外に、お前の体を作れるだけの知識もあったのか?」
「当然でしょう。どちらも極めた人間だからこそ、マスターは私という傑作を作り上げたのです。それと、次マスターを呼び捨てにしたら撃ちますよ」
ふむ、とイチトは顎に手を当て考える。
ロボットの、ソフト面だけでなくハード面も知り尽くしたトゥルブリムが犯罪者となった直後、その男が昔手掛けたロボットが動き出す。
偶然にしては、あまりにタイミングが良すぎる。
「お前を整備したのは、トゥルブリム博士だろ?」
「……なるほど、その可能性は高いですね」
「否定しない、ってことは本当に知らないのか」
「やはり人は愚かですね。状況もわからない内から嘘をついても、疑われるだけでいいことなどないでしょう。そんなこともわからないんですか?」
「そうかよ。そんじゃ優秀なAIなら、お前が起動した時は近くに博士がいた可能性が高いのもわかってるよな?」
「っ!今すぐネットに繋いで下さい!現在位置を予測します!」
レイはその金属で出来た足でガツンと一歩踏み出し、ネットへの接続を求めた。
恐らくそれは、本心、いや、設定された行動原理に従った行動だとイチトは判断した。
「断る。余計なことしてここを潰されたらたまったもんじゃない」
「なら、こちらも情報を提供しないだけです」
「タブレット用意するから、そこに情報をコピーしろ。断るなら破壊して、もう二度とマスターとやらの姿を拝めないようにしてやる」
「先程、警部といった呼称を使っていたから警察だと思ったのですが、子供のごっこ遊びだったようですね。本物なら、脅しなど使わないでしょう?」
挑発など歯牙にもかけず、イチトはタブレットを差し出す。
レイは舌打ち音を再生すると、そのタブレットに映像データを流し込んだ。
「これで満足ですか」
「ああ。言っておくが、その端末をネットに繋ぐ気はないから、そのマルウェアは役に立たないぞ」
「……随分と周到ですね。余程私に知られたくないことがあると?」
「お前のことを知られたくねえんだよ。それより、用は済んだから解析終わるまで電源切るぞ」
「待って下さい、お前の名前を教えて下さい」
「クロイ。これで良いな」
「なるほど、カスですね。覚えました」
レイはあざ笑い、自ら電源を切った。
イチトは電源パックを外し、下手なことはできないようにしてから、レイを箱に詰め直した。
「……口、いや、言語関係は腐ってるが、使い道はありそうだ」
そう、壊すのではなく箱に戻す。
つまりこれから先、利用するつもりがあるということだ。
「何はともあれ、先ずはデータか」
イチトは箱の上に座り込むと、タブレット内に移させた映像を眺め、それが撮られた場所を分析しだした。




