専用の武器
「なあ、本当に良いのか?」
トレハは竹刀を振りながら、イチトに問いかけた。
「何がだ」
「ニコラだよ。一日二日サボる程度なら良いけど、これで一週間だぜ?流石に何か言った方が良いんじゃないか?」
ニコラは一週間前の問答以来、訓練に参加しなくなった。
単に面倒になったのか、身の振り方を考えているのか。それとも、もう宙域を離れると決めたのか。
「別に良い。人のこと考える前に、しっかり型を意識して振れ」
事情がどうであれ、イチトに言えることはもうない。
「ハイハイ。厳しいなーイチト師範はっ!」
トレハは再び素振りへと意識を戻した。
少しは様になってきたが、まだまだその動きには硬さがある。
まだ始めて一ヶ月程度なのだから、それも仕方ないだろうが。
剣術の指導を始めたきっかけは、トレハが暇つぶしに呟いた一言だった。
「なあ、刀とかって詳しいか?」
「は?そういうのはお前の担当だろ?」
「あー、えーっと、剣術?っていうか」
「基礎だけならな」
「マジか!?聞いてみるもんだな!教えてくれ!」
ずい、と顔を近づけて、トレハは土下座でもするかのように手を床につけた。
「別に良いが……突然何だ」
「いや、俺の『星群』って、敵に血出させたら有利だろ?」
「そりゃ出血させたら有利だろ」
「いやそうだけども!普通よりもってことだよ!だから刀の使い方、教えてくれ!」
それ以来、ニコラが帰った後にイチトは剣術の指導を続けていた。
今は『レイ』のプログラム解析もあって素振りをしているだけだが、それでも指導に手を抜くことはしなかった。
「しっかり手上げろ!」
「ぐっ、何で見てねえのにわかるんだよっ!」
「音でわかる。手抜くようなら指導辞めるぞ」
「ああもうっ、ほんっとスパルタだなっ!」
「何とでも言え」
イチトはどうでも良さそうにタブレットを叩き、そこに並んだ文字列を眺めた。
この一週間、ニコラが訓練に来なくなったこともあって、『レイ』の解析は随分とスムーズに進んだ。
オープンソースの部分が説明どおりに動いているとすると、動作に関してはほぼ把握できたと言って良い。
だがそれだと一つ、説明のつかない部分がある。
「……動かしてみるしかねえな」
「ん?何をだ?」
「聞かない方が良い。それより、そろそろ素振りに加えて実践編だ」
作業の時間を確保したいのもあったが、トレハには刀を使うための基礎となる力が足りなかったから素振りをさせていた。
だが最低限、戦いを始められる程度の筋肉と振りは身に付いた。
「お、遂にか。えっと、防具は?」
「お前は戦場で防具つけたまま動けるのか?」
「スパルタだな。ルールは?」
トレハはぐぐーっと伸びをすると、竹刀を構える。
「……」
「ん?何だよ」
「別に。ルールは、これが竹刀じゃなくて真剣と思ってやること。『星群』はなし。以上」
イチトが押し黙ったのは、驚いたからだ。
知り合ったばかりの頃は、ハンデありでの戦闘にすら応じなかった青年が、今では武器を使った戦いに迷いなく応じた。
たった数ヶ月で、根性だけは一人前まで成長したようだ。
「それじゃ、始めるぞ。相当痛いから、うまく避けて当ててみろ」
「了解!」
トレハは勢いよく、イチトに向かって突っ込んだ。
「……」
「……」
「……まあ、初心者だしな」
結論から言えば、その日体に青痣を作ったのは、一人だけだった。
「いや、マジでボコボコにしすぎだろ!?」
「弱かったから」
「もっと褒めて伸ばしてくれよ」
「そんなことしなくても、どうせお前は立ち上がれる」
イチトは全く気遣う様子もなく、ただ思ったことを言った。
その態度が伝わったからこそ、トレハの心は昂った。
「……厳しいもんだな、俺の師匠は!」
「師匠名乗れるほどのことはしてねえよ。それより、刀の用意はできてるのか?」
「えっ、もう持っていいのか!?」
「使うのは駄目だ。でも手元に目標があるってのは、心が躍るだろ?」
トレハは首が取れそうなぐらいに首を上下に振りまくった。
例え何もしなくても努力を続けるとしても、モチベーションを上げれば効率は上がる。
それに今時、刀を手に入れるのは相当に面倒だ。
「それで、どんな刀にするんだ?」
「え、刀は刀だろ」
「……まさかお前、普通の刀を作るつもりか?」
「普通の、って?」
はあ、とため息をつき、 念のために言っておいて正解だったとイチトは思った。
「いいか、刀ってのは普通の人間の武器だ。もちろん切るのには適してるが、あくまで切れるだけ」
「……問題ないんじゃねえか?」
「普通ならな。だがお前には、普通じゃない武器がある」
「……『星群』!」
そう、トレハには『星群』がある。
触れた液体を自在に操る力が、ずっと鍛え続けていた自分だけの力がある。
単なる刀では、固体ではその強みが消える。
「例えば、細い線を刻んで毛細管現象を起こす。そうすりゃ切りつけると同時に敵の血を抜ける」
「そうか、普通に切っただけじゃその後傷跡に触れる手間があるのか……でも加工すれば!」
最初、武器を作る段階でいくつか工夫をしておけば、戦場における動きを省略できる。
一手が、一瞬が生死を分ける戦場においては、そのアドバンテージは計り知れない。
「……ああ。お前専用の刀にした方が強くなれる」
「専用武器っ!?」
イチトはもういっそ、徹底的にトレハの気分を盛り上げていくことにした。
どうせ盛り上げ過ぎることもない。
「変形!変形させたい!」
やっぱりあるかもしれない。
「バカかお前は」
「ぐっ、やっぱ駄目かっ!」
「変形して何ができる?何かギミックを付け加えるのは自由だが、それがどんな利点を持つのかを説明できるようにしろ」
トレハはすっと目を閉じて、思考を始める。
そして数秒に渡る沈黙の後、答えを導き出した。
「意表がつける!」
「ついた後にできることがないと死ぬが」
「……うーん、じゃあ、液体で刀を作るとか?駄目だな……」
「いや、案外良いんじゃないか。『星群』の限界が来た時に使えるような工夫も欲しいが、自由に操れる刀ってのも結構な強みだ」
「そうか、それでもいいのか……」
「作るなら早い方が良い。今から風呂でアイデア詰めるぞ」
「まあ、汗もかいたしな」
「それもあるが、風呂なら操れる水の量とかを分析しつつ作れる」
「なるほど。長丁場になりそうだ」
トレハはにやりと笑うと、脱衣所の自販機でフルーツ牛乳を二つ買い、片方をイチトに渡した。
「動いた後だし、とりあえず飲んでおこうぜ。本当に、本当に長くなるだろうしな」
その日、二人は何時間もかけて刀の仕様を詰めていった。




