世界を変えたAI
Loquacious-お喋りな。
嘘をつけるAIとして発表すれば、理解は下手だが曲解が上手いメディアに潰されかねないと、誤魔化す為につけられたその名前は、結果的に全く効果を示さなかった。
何故なら『レイ』は試作段階において詐欺の概念を理解し、実行してしまったからだ。
きっかけは、ほんの些細なこと。
研究費の工面に行き詰まった『レイ』の制作チームの一人が、愚痴を言ったのが始まりだった。
『レイ』はそれを受けて金を稼ごうとし、その為の方法として人を騙すことを学習してしまった。
チームが気付いたのは、口座に数十億の金が振り込まれた後だったという。
「一体何を考えてるんだ。こんなもの、リスクしかうまねえだろ。経済ぶっ壊したんだぞ、コイツは」
「あー、AI規制法のこと?生まれてなかったから実感ないけど、私の家は結構煽り食らったらしいわね」
開発チームはその後裁判にかけられたが、レイのログを幾ら辿っても、犯罪を唆すような会話などは確認されなかった。
どころか当のAIを起動し、証言台に立たせてみると、「主犯は私だが、AIは法律上の人格を有しないため法を適用することができない」と宣ったのだ。
人と認められていないが故に自身は犯罪『者』にはなり得ず、予見不可能性故に製造者が責任を負う義務もない。
つまり裁かれるべきものはおらず、訴えは無効だと主張したのだ。
自発的に犯罪を行うAIの存在に、人々は恐怖を覚えた。
その心に陰謀論者が漬け込み、技術に疎い政治家が規制を訴え、衆愚はそれを歓迎した。
結果必要以上に広範囲のAIの使用・製造を禁止したAI規制法が生まれた。
当然、AI関連の雇用は消え、一方で単純労働の代替程度はプログラムにもできる為に増えない。
失業は未曽有、AI関連株は紙屑に。こうして世界は未曾有の大不況に陥ったのだ。
宙域が存続していられるのも、そのせいで犯罪者が増えたせいというのもある。
「それで、なんでこんなものがここにある。確か盗まれて闇に流れてただろ」
「ええ。そして最前線で闇と接してるのが、宙域よ」
「接するってより、闇の一部だろ。それで、まさかこんな面倒なもん買ったのか?」
「襲われたからぶっ壊してついでに回収したそうよ」
「……完全に危険物じゃねえか。それで、俺に何をしろと」
聞かれるや否や、ヴィーシはタブレットを差し出した。
そこには幾らスクロールしても一番下に辿り着けないような、プログラムが表示されていた。
真面目に何のプログラムなのかを理解するためには、恐らく数年の月日を要するだろう。
「まさか、これ」
「そこのアンドロイドの中身よ」
「……俺が知ってるのは、精々法にも引っかからないような、ショッボイプログラムだ。こんなオーパーツ渡されても、使うには相当時間かかるぞ」
意味不明な通信と箱の中身が繋がってきた。
それも、最低な形で。
「急ぎじゃないわ。それに、命令でもないし」
「何?」
「当然でしょ?上としては責任取りたく無いから知らないことにしておく。でも使えそうなら使いたい」
「理屈はわかるが、やられると無性に腹が立つな」
レイの入った箱に腰掛け、イチトはその中身をどうするべきか思案を巡らせる。
もしレイを使っているのが外部にバレたら、全ての責任を押し付けられて監獄送りだろう。
一方完全に制御下におけるならば、仇の居場所に乗り込む際に相当使えるかもしれない。
邪魔な犯罪者の排除に逃亡手段の破壊、更には替えの武器の運搬ぐらいなら、余裕でこなせるはずだ。
「やる」
「思い切ったわね。提案しといて何だけど、バレたらどうするの?一応、私の首も危ういんだけど」
「『星群』と同じで、見られなきゃ問題ないだろ?」
「……なるほどね」
未開拓星にはカメラ等は殆ど無い。わざわざ人のいない星を観察する衛星も存在しない。
一方開拓された星の場合、定点カメラを設置するには、警察への届け出と映像提供、そして録画停止への同意が必要となっている。
本来は人質事件等の際、犯人に映像を利用されない為の制限だったのだが、宙域はそれを利用し、活動地域内での録画停止を救助要請の条件としたのだ。
「でも、有人星で使うのは止めといた方が良いわ。それっぽい道具持たせれば誤魔化せる『星群』と違って、結構わかりやすいわよ」
「まあ、人型っつっても近くで見たら肌の質感とかでわかるだろうな」
「いいえ、それ以前よ。ちゃんと見て」
そう言われてイチトは自らが座っている箱視線を向ける。
そこには変わらずプラスチックか何かで出来た箱があるだけだ。
「……デカいな?」
ただその箱は、やたらと長かった。
意を決して開けて見ると、それとそう遜色ない大きさのアンドロイドが一体。
「デカいな……」
足首が伸びている分、箱に比べれば小さいものの、それでも二メートルは間違いなく超えている。
「あら?私には興味なさそうなのに、機械の胸には欲情するの?」
「胸なんざに興味はねえし、欲情してる暇ねえよ。身長の話だ。俺が見た写真はバストトップしか映ってなかったから、普通の人間ぐらいの背だと思ってたんだよ」
「冗談よ。こっちとしても興味ない方がやりやすくて良いしね。で、何でそんなにデカいかっていうと」
「機能詰め込みたいからだろ」
「……」
ヴィーシはあからさまに不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
解説したかったらしい。
「機械はデカい方が性能を上げやすいのぐらい、PC使ってりゃわかる。それで、機械の部分は普通に動くんだろうな?」
「ええ。ただ、暴れないことを担保できるまでは取り敢えずバッテリー抜いてるわ」
「コード見るから、もう一回タブレットくれ」
「データ渡すから部屋で見なさいよ。ここに住むつもり?」
「一時間で終わる。それにお前に用事もあるから、ここで見たい」
ヴィーシは本当に終わるのか、と言いたげな視線を向けつつタブレットを投げ渡した。
イチトはそれを受け取ると机に置き、何やら作業を始めた。
「……何してるの?」
「……」
「返事するまで聞き続ければいいのかしら」
「チッ……プログラムを小分けにしてる」
「何でそんなことするわけ?」
「例えば明日までに、子供でも簡単に計算ができるプログラムを用意しろ、って言ったらどうする?」
ヴィーシは小さめのタブレットを一枚作り、電卓を開いて差し出した。
「正解だ」
「ちょっと意地悪したつもりだったんだけど。これでよかったの?」
「別に誰が作ったかは重要じゃない。で、これも同じだ」
「?」
「既にこの世にあるプログラムを使い回せるなら、使いまわした方が良いってことだ」
周囲を認識するには画像処理が、音を聞くには音声処理が、動くなら制御プログラムが。
人ではないものを人のように動かすには、膨大な数のプログラムが必要になってくる。
それこそ到底、人間が一生かけても書ききれない程の量を用意しなければならない。
だが、既にあるものを流用すれば話は別だ。
「なるほどね。既存のプログラ厶を適当に繋ぎ合わせて、無駄な作業を減らしてると」
「ああ。でも適当にってのは違う」
「え?」
「組み合わせ方が桁違いに上手い。今、プログラムを組み合わせる部分に目を通してるんだが、俺じゃあ百年かかっても書けなさそうな文だ。それなのに読めば理解できるように書かれてる。技術も発想も異次元だぞ」
「うわ……化け物ね」
読むだけで、その技術の高さが伝わってくる。
結果的に世界経済を崩壊させたことを考えると手放しでは褒められないが、少なくともその技術に関しては、尊敬の念を覚えるほどだ。
「それで、話なんだが」
「何かしら」
「比較作業に要るからPC返せ」
ヴィーシはブラックコーヒーでも飲んだかのように、顔を顰めた。
「何だ」
「ほら、私『星群』使って作業してるじゃない?だからレスポンスは速いのがいいのよ。正直これ使ってても、たまに負荷で一瞬画面が暗くなったりして足りないの」
ヴィーシの『星群』は、追い詰められる程に速度が上がる。
それを最大限活かして事務作業を進めるには、相応に性能の良いPCが必要になるのだと言う。
だからヴィーシは、イチトの持っていたPCを勝手に使って作業をしていたのだ。
「知らねえよ。無断で使ってたのを、仕方なく認めてやったんだ。返せって言った時は素直に返せ」
「良いのかしら。私がやる気無くしたって艦長に言ったら、説教を受けるのは貴方よ」
「は?」
「私、今並の事務員五人分の仕事こなしてるのよ?人手不足の今なら、一人でストライキができるわ」
「お前本当に何なんだよ……」
優秀で、自信に満ちあふれていて、そして自分勝手。
これ以上に面倒な相手は中々いない。
食事の供給を止めたところで、艦長から指示されれば流石に逆らい続けるわけにもいかないだろう。
「なら、送ったファイルを自動で比較するプログラム入れろ」
それにイチトは今、探りを入れる意味でもヴィーシとの繋がりを完全に断つわけにはいかない。
だからここは一歩、譲歩しておくべきだろう。
「レスポンス遅くなったりしない?」
「精々、画面が暗くなる頻度がちょっと増える程度だ」
「良いわ、なら入れて頂戴」
「殴っていいか?」
「殴れるものなら」
拳が空を切った。
「本気でやるとは思わなかったわ」
「本当なら一発じゃ済まねえぐらいイラついてんだよ。何で俺が自分のPC使うのに許可取るんだ」
ヴィーシはふい、と目を逸してイチトの追求から逃れた。
スパァン!
イチトはすかさずその頬を全力で張り倒した。
「痛っ!?えっ!?」
「やっぱ見てなければ追い詰められたのは認識できないんだな。覚えた」
「私の美しい顔を叩くなんて、良い度胸してるわね!?しかも覚えたって、またやるつもりなの!?」
「許可はとったぞ。しかしニコラといい、どうしてこんな自己肯定感強い女ばっかりなんだ」
「アレと同じ扱いをするっていうなら、その首切り落とすわよ!」
「そこまで嫌うか。一体何されたんだ」
既に猛り狂っていたヴィーシは、質問を聞いた瞬間理性を捨てて机の天板に手を叩きつける。
「聞きたいなら存ッ分に聞かせてあげるわ!」
今にも触れそうな位置まで、二人の顔が近付く。
だが甘い雰囲気など一切流れようが無い程に、ヴィーシの顔は怒りに染まっていた。
一方のイチトは、机に手がめり込んでいるのを見て背筋を凍らせた。
警戒して下がろうにも後ろは壁。
追い詰められて発動する『星群』は、今この瞬間ならイチトの方が上手く使えるだろう。
「……わかったから、落ち着け」
「嫌」
「……手短に」
「嫌」
逃れることはできなかった。




