LEI
「この辺にしとくか」
「たーッ!疲れたッ!」
少年が訓練の終わりを告げると、隻眼の少女は助走をつけて飛び上がり、地面に倒れ込んだ。
「疲れた奴の行動じゃないだろ」
イチトはどうでも良さそうに呟くと、汗を拭いて水を飲み干す。
倒れ込む程ではないが、流石に二十分を超えて戦い続けると、体と脳への負荷が大きい。
「ってか、トレハ。本当に大丈夫かお前」
多少体力にも補正がかかる『星群』、『双騎当千』を持った二人ですら限界が近い訓練の相手をしていたのは、ニコラ以上に疲弊した様子で倒れている。
「や、っぱ、ぎづい」
彼の『星群』は水を操るというもので、それを利用して血を操ることで、トレハは無理矢理『双騎当千』のスピードについていったのだ。
本来『星群』に向いていないことをした分、体と脳への負担は相当に重かったらしい。
「毎回そうなるんだから、良いとこで切り上げときゃ良いのに」
「それじゃ、強く、なれねえだろ」
「「……」」
数ヶ月前の任務で、イチトとニコラは誰より気高い神の信徒であるアルバーを、トレハは自らの妹と、命を救ってくれた先輩を死なせてしまった。
故に三人は、もう二度と自分の弱さで誰かを死なせないと心に決め、体力と精神の限界まで、訓練を続けているのだ。
「まあでも、大分良くなった感あるよね。ほうれ、我が上膊も血に飢え、蠢いておるわ」
「何のキャラだ。まあ、お前らは体が出来上がってきた分、成長したよな」
ふざけた口調は置いといて、実際ニコラとトレハの体は筋肉質になってきた。
更に常人の数倍の速さでの戦闘を繰り返すことで、経験を数倍の密度で蓄積し、技術の向上も同時に果たしている。
この訓練を始める前とは、別人と言って良いぐらいの成長だろう。
「へへっ、褒められちった」
「へへっ、照れちゃうぜ」
「気色が悪い」
精神状態も随分安定したものだ。
強くならねばという脅迫観念に囚われ、ひたすら殴り合っていた頃とは違い、冗談を言う余裕まである。
二人は順調に伸びていると言って良いだろう。
「はぁ」
「浮かない顔だね。嫉妬?」
「言い方が気に入らないが、そうなるかもな」
「珍しく素直だな。どうした?」
「格闘術の開発が難航してる」
「あー、手繋いだ時に使う用のアレね。」
普通の格闘術なら、規制の格闘技等、様々な物を参考にすれば良い。
だが手を繋いだまま敵と戦う格闘技等というものは、有史以来、一切開発されていない。
何故なら、普通は繋がない方が強いからだ。
「完全に手探りだから進みが遅いんだよ」
「んじゃ、トライアンドエラーだね」
「そうなんだが、腕絡ませて戦える相手がそういない」
『双騎当千』は、二人の肌が触れ合う程に強くなる『星群』だ。
動き易さと『星群』の兼ね合いから考えると、腕を絡ませる程度が一番強い。(半裸になっておんぶで戦うのが一番力が強かったが、ニコラが拒絶した)
だが動体視力等は人並みのトレハには、その状態の二人の相手は荷が重すぎる。
訓練室Bは多くの犯罪者を相手どれる広範囲攻撃が得意な者が多く、あまり身体強化系の『星群』を持つ者はいない。更に長時間戦える人間となると、包帯男一人だけだ。そのせいで、訓練スケジュールが包帯男の気まぐれに左右されてしまうのだ。
「せめてヴィーシと殴り合えりゃ、随分とマシだったんだがな」
「今精神不安定なんだろ?流石に無理だろ」
「いや、食料持って行けば戦うこと自体は拒否しない」
「え、そうなのか。じゃあ何で」
トレハが聞こうとした瞬間に、イチトのタブレットから着信音が鳴った。
イチトは一言断ると、音声を繋ぐ。
「見張ってるんじゃないだろうな」
「は?何の話?」
電波の向こう側で答えたのは、突然意味不明なことを言われて困惑する少女の声。
この時間に、緊急時以外の着信音を鳴らしてくる相手は、エフェメラ・ヴィーシを除いて他にいない。
「なんでもない。それより、食事とデザートは今朝届けたはずだが」
「直接受け取ったんだから覚えてるわよ。ありがとね。でも、用件はそれじゃないの。貴方、PC詳しかったわよね?」
「……?まあ、人並みよりはな」
「それじゃあ、プログラムとかもわかる?」
「……………いや、何なんだ唐突に。先に事情を説明してくれ」
「諸事情で無理。ともかく、どの程度わかるか教えて」
「ああ、なるほど」
未だに何を答えていいやらわからない、曖昧な質問であることには変わりないが、機密が絡むとなるとそれも理解できる。
プログラムに関する異常事態が発生したから、一般の隊員には知られずにそれを解決できる人員を集めたいのだろう。
「そういうことなら、正直そこまで役に立てない。整理されたコードなら理解できるんだが、バグ修正とか大規模なプログラム作成は経験がない」
「そう。ところで貴方、どうしてプログラムを学んだの?」
「……あんまり言いたくないんだがな。古いゲー厶でNPCに負けまくったのが悔しくて、相手の傾向知るためにAIとプログラムについて調べたんだよ」
「いや、何やってんの君」
「ゲームにそこまで必死になるなよ」
「外野は黙ってろ。今大事な話してんだよ」
何処が大事だと言いたげな視線を受けつつ、イチトはタブレットに耳を近づけた。
「わかった。やっぱり貴方が適任ね」
「……は?」
「事情は直接説明するから、今すぐ私の部屋に来て。それじゃ」
電話では話せないことが多いのか、ヴィーシは返事をする前に通話を終了した。
「何の話だったの?」
「……俺が聞きたい」
案の定外野が首を突っ込んできたが、答えられることはない。
何せイチト自身も、今の話が何の目的でされたものなのか、理解できていないからだ。
「ゲームがとか、プログラムがどうとか言ってなかったか?」
「えっ!?私達の活躍がゲームに!?」
「本気でうるせえ....ともかく、俺は急ぎで来いって言われたから、行ってくる。悪いが後始末頼む」
「嫌だッ!頼むなら金ッ!金をよこせッ!賃金の無い労働などクソ喰らえだッ!」
「ついでにこのアホの始末も頼む」
「わかったけど、次はお前が掃除しろよ」
「私掃除当番ついでに始末されんの……?」
虚ろな目で自身の価値を問うニコラから逃げるように、イチトは早足で廊下を進む。
そして指定された部屋に辿り着くと、そのドアを叩く。
「待ってたわ」
ドアが開き、ベッドに座る少女の姿が視界に入る。
入院でもしているような雰囲気だが、特に体に異常をきたしているわけではない。
問題があるとすれば、体より心の方だ。
「それでヴィーシ、説明はしてくれるんだろうな」
彼女の名はヴィーシ。
宙域で一番強く、仕事の速い事務員だ。
前までは最前線で命の危機に晒されることを趣味としていたのだが、過去のトラウマを掘り起こされたせいで部屋からでられなくなったのだ。
その上部屋に入れるのも、いざとなったら即座に殺せる程度の人間のみという拘りようだ。
「ええ、今から……の前に貴方、汗臭くない?」
「訓練直後に呼び出すからだろ。それより説明を」
ヴィーシは凄い剣幕で睨みつけ、入口とは逆側の扉を指さした。
奥は部屋に備えつけの風呂とトイレだったはずだ。
「……」
「……何よ」
「呼び出しといてそれか」
「それじゃ、説明して貰おうか」
人の部屋で入るのも嫌だったので、外でシャワーを浴びてから、イチトは再び部屋に戻った。
「意外と早かったわね」
「人待たせてんのに普通に入れるか。それで、一体何をやらされるんだ俺は」
「いい心がけね。褒めてあげるわ」
「メインは後半の文なんだが」
「はいはい、説明ね。それならそこの箱を開けてみて」
ヴィーシはそう言って、部屋の隅の箱を指さした。
高さと幅は数十センチ程度だが、長さは優に二メートルを超えている。
全く中身の見当もつかず、イチトは言われるがままにその蓋を持ち上げた。
「っ!?」
そして即座に飛び退く。
バタンと大きな音を立てて蓋が閉まり、中身を再び覆い隠す。
もしかすると箱自身も、その中身が衆目に晒していいものではないと知っていたのかもしれない。
「……ヴィーシ」
「何かしら」
「これは、本物か」
ヴィーシは満足そうに笑うと、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり、適任だったみたいね」
見ただけでそれが何かを理解した。
そうでなければ、本物かという問いをするはずがない。
「笑い事じゃねえだろ」
イチトは風呂に入ったばかりだというのに全身から冷や汗を流し、その箱の前で動きを止めていた。
「もう一度聞く。これは、本物の『レイ』なのか」
「ええ。間違いなくそれはLoquacious Electric Intelligence。人とAIの手によって作られた、世界で初めての、意図的に嘘をつけるレベル5のAI。通称、『レイ』よ」




