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相棒との誓い

「最悪の葬式だ」

 タクシーを途中で降り、人気の無いベンチに座ると、イチトはぽつりと呟いた。


「ほんとだよっ。アルバーが、私すらも守るようなバカみたいに良い奴が、あんな扱い受けていいわけがないっ!」


 ついにニコラの感情の爆弾は弾けとんだ。

 葬式の間保っただけでも良い方だ。

 アルバーの足を切るよう言ったのが両親だと言った瞬間など、止めなければ恐らく殴りかかっていただろう。


 ここで地面や草に当たる程度なら、それに比べれば随分と良い。

 それに正直なところイチトも、ニコラが憤る姿を見て冷静にならなければ危ういところまで来ていた。

「ああ。たった二週間しか接してなくても、あいつが神の意思とやらに逆らわないことぐらい、わかるってのに」

「全部、全部周りの人間が、私が、悪いのに、あいつは酷い目に合い続けてた、いや、続けてる。心底、気分が悪い!」

 本当に、全く意味がわからない。

 どこまで世界は不条理なんだろうか。

 誰より正しかった青年が、その正しさ故に罪を背負って死んでいくなど、どんな論理を使ったところで仕方がないと思えるはずがない。

「誰が、何を基準にあいつを破門にしたんだよ。人を救って、俺達を助ける為に死んだあいつが、なんで葬式の一つも普通にできやしないんだ」

 怒りが湧き出す。

 ぶつける相手もわからない、見つけたとしてもやる権利のない怒りが。

「一体誰が、あいつを罰するなんて決めた。死人に嫌がらせをするようなクズよりも、あいつは下だってのかよっ!」

「神、いや、神の言葉を解釈する人間だろうね。誰も止めなかったところを見ると、上の立場のクソ野郎だ」

「どこまでも腐ってやがる。聖書なぞって人を救った気になってるだけの奴が、命懸けで人を救った奴を裁くなんて、馬鹿げてるだろっ!」

「……私は、アルバーがこんな目にあってるのは心の底から気に入らない」

「今更何だ」

「でも、もし君の言う通りに決めてるなら、私たちに口を出す権利はない」

「……は?」

 突然のことに、イチトは目を剥く。

 そして直後、隣の少女の胸倉を掴んで体を持ち上げた。

「どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。アルバーは、宙域なんかに来ることになっても、ずっと聖書の教えに従って行動してた。それで聖書の通りに裁かれたっていうなら、あいつはそれを受け入れる」

「だから、部外者の俺たちには関係ない、と?」

「そう。私に、アルバーの足を切ったのを責める権利がないのと一緒。アルバーはそのルール、法って言うのが近いね。法を守る為に死んだんだ。その法によって裁かれた結果は、きっと受け入れる」

 ニコラは体が浮いたことなど気にも留めず、正面からイチトを否定した。

 イチトは僅かに逡巡したが、直ぐに自らの間違いを悟りその手を開いた。

「悪かった。お前の言う通りだ。でも、それは聖書に従った裁きだったら、って話だろ」

 確かにその通りなのだが、聖書をなぞって、という部分はイチトの妄言に過ぎない。

「うん。でも私たちじゃあそれは調べられない」

「何でだよ。聖書ぐらい、幾らでも読めるだろ」

「読めるけど、聖書ってのは刑罰がハッキリ書いてあるわけじゃない。その罰が間違ってるって言い切るには、聖書を読んで、その伝統的な解釈とかを知る必要もある」

「……だから法、か」

 法律で人を裁くには、単に条文を丸覚えするだけでは足りない。

 過去の類似した事件の判決を用意して、その内容を理解することによって漸くその行為は罪に問われるべきか、そしてその行為にはどれだけの罰が相応しいのかが議論できるようになる。

 それと同様に、この罰が相応しいものなのかを調べるためには、アドナイ教における聖書の解釈を知る必要があるのだ。

「宗教裁判、だな。法典が聖典に、裁判官が宗教家になっただけで、本質は同じだ」

「うん。だからアルバーが正しかったことを示すには、教義を完璧に理解して、指導者を説得しなきゃならない……でもっ」

「……無理、か」

 だが本物の裁判と違って厄介なのは、宗教が閉鎖的であるということ。

 判例はタブレットに指を滑らせれば湯水のように沸いてくるだろうが、聖書の解釈について正しく書かれた本を集めるのは困難を極める。

 ツテがあれば別だろうが、唯一の繋がりが絶たれたからこそ、二人はアドナイ教について知る必要ができたのだ。

 頼れるはずもない。

「私たちは、その判断が正しかったのかどうかもわからないまま、受け入れるしかないんだよ」

 声は、震えていた。

 ニコラも否定したかったのだ。

 口に人肉を押し込められるのは、罪ではないと誰かに言って欲しかった。

 自分のせいで、恩人もう一つ罪を重ねさせたと、思いたくなかった。

 ただ死なせただけでも謝る言葉が思いつかないのに、その上彼が何より優先していた神の言葉に反する行動をさせてしまったなど、到底受け入れきれない。

 それ故に中途半端に理屈っぽい少女は、罪を否定できる根拠を探した。

 だが、見つけることはできなかった。

 考えればわかることだ。

 アルバーの『星群』が一時的に消えたのは、誰より聖書を読み込んだアルバーですら、それを罪だと思ったから。

 それなのに、部外者で知識に乏しいニコラが、どうしてそれを覆すだけの根拠が得られるだろうか。

 悪あがきは、罪悪感をより強くしただけ。

 信じるものを救う魔法の言葉は、信じないものの心を抉り、蝕んだだけだった。

「ねえ、イチト」

「何だ」

「私、強くなりたい」

 だから、せめてもう二度とこんな思いをしないで済むように。

 自分のせいで誰かを死なせずに済むように。

 誰より、何より強くなりたいと少女は願った。

「ああ、俺もだ」

 そして少年も、同じく自分の無力を噛み締め、それを変えたいと願っていた。

 最後、コーレスの心臓を穿つことができたのは、アルバーが足止めをしてくれたおかげだ。

 それに組み合った時も力では負け、繋いだ手を使わなければ攻撃もできなかった。

 圧倒的に力、そして手を繋いだ状態での経験が、不足している。

「ニコラ、頼みがある」

「何?」

「最後、俺が復讐を成し遂げる時だけでいい。邪魔だけはしないでくれ」

 唐突な要求にニコラは困惑するが、それでも、イチトの復讐という言葉の持つ意味を考え、黙って聞いた。

「約束するなら、俺はお前と一緒に、二人で戦う為の訓練をする。足捌きも、呼吸も、全部一から鍛え直す」

「それじゃあ復讐のとき、一人で戦えないんじゃ」

「……後で戻せばいい」

 嘘だ。

 型を戻すのが間に合わないという結論に至ったから、イチトはタイタンで、ニコラからの協力の申し出を拒絶したのだ。

 だが二人で動きを合わせず、力で強引に押し通すだけでは、限界がある。

 いや、既に限界は訪れた。

 力だけでは、より強い力相手に勝てない。

 それを知っても尚、戦い方を変えずに吶喊するのは、自殺とそう変わらない。

「最初からやっておくべきだった。お前と早く組んで、二人で戦う訓練をしておけば、ほんの少し、強くなれたはずなんだ」

 その程度でコーレスに勝てたとは思えない。

 だがそれでも、何かを変えられたのではないかという後悔が、ずっと脳裏につきまとう。

「俺は、復讐に全てを捧げた復讐者だ!だからこそ、俺のせいで味方を死なせるなんて真似は、二度としたくない!」

 殺されたから復讐に奔ったのに、復讐で仲間を死なせては、本末転倒だ。

 既にイチトの復讐には、少なくとも目の届く範囲で、味方を殺させないというルールが追加されてしまっていた。

「だから力を貸してくれ、ニコラ」

「そう、か。本気なんだね」

 ニコラは顔を上に向け、溜まっていた涙が落ちないように堪える。

 そして涙が消え失せた後、赤く腫れた瞳でイチトを見ると、その口角をぐいと上げた。

「なら、私も全力だ」

 不敵で、自信に満ちた、いつものニコラ。

 アルバーが死んで以来なりをひそめていたその姿が、久々に蘇った。

「痛くても、苦しくても、多少お金がかかろうと、全力で努力し続けて強くなってやる!犯罪者も、ヴィーシも、包帯ヤローも、ガルマも、ぶっ飛ばせるぐらいにさ!」

 今まで出会った強者全てを超えるという、大胆不敵な宣言。

 だが実現する可能性は限りなく低い。

 戯言と切り捨ててしまうのが正しいだろう。

「言ったな」

 だが、イチトはそうしなかった。

 妄言だろうと、共に強くなるために努力すると言うのなら同じだとばかりに、その言葉を逃さず捉える。

「言った!私は絶対に強くなるって、君に誓う!」

「確かに、聞き届けた。泣こうが止めるつもりはないから、覚悟しとけ」

「生憎、もう泣くつもりはないよ」

 ニコラはぐいと目を擦ると、駅に向かって歩き出した。

「戻ろう。私達の戦場に」

「ああ」

 イチトも立ち上がり、それに並んで歩く。

 歩幅は違う。だが、向かう場所は同じだった。

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