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骨となって戻る

 電車からタクシーに乗り換え一時間。

 街と街の中間の、何処に行くにも不便な場所に、二人は降り立った。

 周囲には、植物と石が数え切れぬ程に並んでおり、土地のない水星らしからぬ光景が広がっている。


 だが二人はそれを眺めることもせず、即座に知らされていた建物のドアを叩く。

「はい」

 出迎えたのは、アドナイ教の正装らしき服に身を包んだ夫婦だった。

 その顔には、骨になる前のアルバーの面影があった。


「始めまして。宙域警備隊、隊員のクロイ・イチトです」

「同じく、ニコラです。本日は隊員、マッザロート・アルバーの遺骨を届けに参りました」


 骨が入った壺を男に手渡し、そして受け取ったのを確認した直後、二人は頭を下げた。

「このような形での再開になってしまったのは、偏に我々の力不足故です。誠に申し訳ございませんでした」


 無力故に庇われ、その死の原因を作ったこと。

 そして火葬を罰として使うアドナイ教徒を、荼毘に伏したこと。

 それを侘びもせず、葬儀に参加などできない。


「顔を、上げて下さい」

 二人はゆっくりと顔を上げ、正面の女性を見た。

「はじめまして、アルバーの父、キーマーです。こちらは妻のアイシュです」

「始めまして。尤も、あの子は私のことを母とは呼んでくれないでしょうが」

「え?」


 ニコラはその言葉の意味がわからず、つい声を上げた。

 イチトとしてはその事実自体を知らせずに終わらせたかったが、裏目に出た。


「アルバーは、胎児の時に左足を切られたんだ。そのせいで、あいつは聖職者になれなかった」

「え、でも、まさか」


 切られたのは胎児の時。

 それは執刀医の証言からわかっている。

 つまりその母親は、その手術を受けることを受け入れていた。


 目の前にいるマッザロート・アイシュがだ。

「なんで、そんなことを」

「……あの子が幸せになれると、思ったからです。今考えれば、神がご覧になっていることすら忘れた、愚かな考えです」


「っ!」

「ニコラ」

「何!」

「俺達には、関係のないことだ」


 確かに本人に確認もせずに足を切るのは、紛うことなき悪だ。

 そしてアドナイ教の教えに沿えば、その悪は単なる傷害から、人生そのものを摘み取る悪徳へと昇華する。


 だがその悪を糾弾していい人間は、もうこの世から既に消え失せている。

 部外者が勝手にその怒りを借り、裁くことなどあってはならない。


「……ごめん」

「申し訳ありませんでした、マッザロートさん。参列の許可まで頂いたというのに」

「いいえ。私が悪徳を働いたのは事実ですから。きっとあの子も、私より、友人に弔ってもらった方が嬉しいでしょう」

「友達じゃありません。同僚です」


 目を伏せ、血が出そうなぐらいに手を握りしめて、ニコラは言った。

 死なせておいて、友と名乗ることなどできない。

 だから例え只でさえ悪い空気をさらに悪化させようとも、それだけは明確に主張した。


「……すみません。生前は会話も殆どしていなかったのに、死んでから友人だと言い出すのに抵抗があるようで」

 剥き出しの感情をぶつけたままにするわけにもいかず、イチトはこの場を収めにかかる。


「ですが、息子は貴方たちを庇ったんでしょう。全くの他人を命懸けで助けるなんて」

「それが神の教えなのでしょう。彼は、貴方たちが思うより、敬虔でしたよ」


 だが、次に我慢が効かなくなったのはイチトの方だった。

 親が、家族が、どうしてそこまでアルバーのことを理解していないのかと怒りを覚えて。

 破門され、宙域に行くことになっても尚、正しさを保ち続けた青年を、どうしてそんなにも理解していないのかと、罵ってやりたいぐらいに。


「……そう、だったんですか。宙域に行っても、まだ」

 だがアイシュは、アルバーが教えを守り続けていたことが信じられないようで、頬に手を当てて困ったような表情を浮かべた。


「申し訳ありません。アルバーは、その、私や妻と話をしようとしなかったものですから」

「そう、ですか。こちらも少し、言い方がきつかったですね。申し訳ありません」


 考えれば当然のことだ。

 神を信じぬイチトの殺人すら咎めたアルバーが、同じ神を信じるはずの両親の蛮行を許すとは考えにくい。


 その仲は、心の内を知ることもできないほどに険悪だったのだ。

「いいえ、私達が馬鹿なことをしたせいですから。欲に負けなければ、お二人のような、仲の良い家族になれたかもしれないのに」

「羨む程の仲ではありませんし、そもそも血縁ではありません」


「……失礼しました」

「別に構いません。ともかく、アルバーは正しい人間でした。アドナイ教においても、それ以外でも」

「そうですか。葬儀の前に知れて……良かったです」

「入ってください。できれば少しでも長く祈りたい」 


 言葉に従って中に入ると、そこには小さな祭壇と、椅子が四脚置かれているだけだった。

 事前に調べた情報では、アドナイ教は清貧を尊ぶらしいが、それにしても簡素過ぎる。

 どころかその祭壇は造りが粗く、まるで手作りでもしたかのようだ。


「これは、こういうものなのですか」

「……いいえ。ですが、これ以外のものは、用意できませんでした」


 キーマーの手には、慣れない作業で傷がついたのか、細かい切り傷が大量に残されていた。

 わざわざ材料やら道具を買って作るぐらいなら、普通に祭壇を買うか、会場を借りた方が、同じ値段でも相当良いものを用意できるだろう。


 もし、アドナイ教では罪人とされている青年の葬儀を手伝ってくれる業者があればの話だが。


「何も悪いことしてねえのに、いつまであいつは裁かれ続けるんだよ」

 イチトは誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。

 生を受ける前、抵抗すらできずに足を切られただけ。


 そして口に人の眼球を詰め込まれた。

 そんな防ぎようもない事態によってアルバーは罪を背負わされた。

 生まれた時から咎人で、生きている間は破門され、信徒としてすら認められず、死後は葬式すらまともにできない。


 これがあの、誰よりも正しかった青年の末路なのか。

 敬虔なる信徒だろうと、罪を犯せば即座に見限るような神を、アルバーは信じていたのだろうか。


 こんな理不尽を許容する神を。


「うっ、う、うう」

 両親からすすり泣く声がする。

 逆隣の少女は普段とは打って変わって、何一つ音を立てない。


 愛は悲哀に、尊敬は悔恨の情へと変わり、止めどなく溢れ出す。

 考えてみれば、何と悪趣味な空間だろうか。

 罪を背負わせた両親と、死の直接の原因となった二人がその死を悼むなど、恥知らずにも程がある。


 だが、彼の死を悔やむ人間は、罪を背負わせた人間か、殺人者以外に残っていない。

 天罰としては、これ以上のものはないだろう。

 天上に拾う神はおらずとも、捨てる神だけはおわすのではないかと、つい心に浮かんでしまう程だ。


「どうか、安らかに」

 長い、長い沈黙の後、その声を合図に葬式は終わりを告げた。

 イチトはその後、逃げるようにしてその場から去った。


 できる限り失礼はないように振る舞ったつもりではあったのだろうが、完璧にこなすには余りに心がかき乱されていた。


 しかしアルバーの両親は、その心がかき乱されているからこそ、その些細な態度の変化を重く捉え、顔を歪めていた。



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