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急いだ理由

「どうやら、本当みたいだね」

「何がだ」

「宙港の警備が厳しいって話」

 イチトは罵声を浴びせたい思いを必死に抑え、ニコラの方を向いた。


 ニコラは間違いなくそれに気づいているのに、微動だにしない。

 もし奥の車窓から高速で変わる景色が見えなければ、時間が止まったのかと誤解してしまったかもしれない。


 もっとも、その景色も金属とコンクリートのみでできた、代わり映えのしない工場地帯だが。


「まあ、警備の厳しさは見ての通りだ。お前がわざと引っかかったセンサーと入星審査に加えて、宙港の周囲数キロは無人の工場地帯だ。この電車以外での侵入経路は一切無い」


 二人が今乗っているのは水星第二宙港と水星を繋ぐ唯一の経路である、二宙水線の電車だ。

 乗客が星間移動できるほどの富裕層ばかりということもあって、内装は華美で、シートも良いものを使っているらしい。


 だがイチトは少し座り心地の悪さを覚え、窓の外の無味無臭な景色を目に入れ続けた。


「お前が警備の厳しさを確かめたかったってのはわかる。でも帰りで良かっただろ。葬式に遅れたらどうするつもりだ」

「帰りじゃ駄目。今回の任務で、宙域が金星にいたのがバレた後だと、誘拐の責任はこっちに向けられる。水星助けた貸しが効く内にやっとかないと」


「そういうことか。でも、やるなら先に言え。もう少し早く出るとか、準備ができるだろ」

「これ以上早くしたら、流石に怪しまれる。親族でもないのに葬式に前泊なんてしないでしょ」

「怪しまれはしないと思うが」


 イチトはニコラの膝に視線をやる。

 そこに乗るのは直径十センチ程度の無難で無機質な壺。

 中に眠るのは、誰よりも無難から程遠い青年、アルバーの骨だ。

 死体をもっての渡航は不可能だということで、教義的には厳禁である火葬を施されてしまったのだ。


「でも、利用したくないってことなら、理解できる」

「良かった。君を殴らずに済んで」

 ニコラは壺に手を添えると、色の無い窓に視線を向けた。


「礼服、用意出来たんだな」

「元々持ってただけ。まだ余裕があった時に買って貰ったの」

「わざわざ、小、中学生の時にか?」

「小学校の、四年の時飛び級試験受けさせられたの。でも面倒で勉強せずにいたら、親が色々買ってやる気出させようとしてさ」

「なるほどな。それにしてはサイズが丁度だが」


 それなりの値段のものを買えば多少のサイズ調整機能はあるが、ニコラの着ているものは黒色も薄く、あまり上等なものだとは思えない。

「伸びなかったの。悪い?」

「いいや。戦いには不向きだとは思うがな。それで、礼服ってことは、卒業入学用のだろ。二年飛び級か」


「うん。……ってか今日の君、やけに話しかけて来るね。水星つくまでの三日間、書類整理以外では殆ど話もしなかったのにさ」

「宙港で暴れた上に無言で壺なんか抱えてたら、テロと勘違いされかねないだろ」


「先言ってよ、そういうこと」

「こんなこと言ってたら尚更怪しいだろ。今のところ、監視が居なさそうだって思ったから言ったんだ」


 二人の周囲数席、どころかこの車両には、殆ど人が乗っていない。

 正しくは、一度も駅に止まっていないというのに、周囲の乗客が二人を避けるように別の列車へと移って行ったのだ。


 黒ネクタイを締め、謎の壺を持った人間を見て、警戒したのだろう。

 既に周囲に人が居ない以上話を続ける必要はないだろうが、それでもニコラはなんとなく、話を続けた。


「まあ、あの時は初めて着るのが葬式になるとは思わなかったけど」

「意地張らずに普通に卒業式とかで着ればよかっただろ。あんな試験、落ちても仕方ない」

「あれ、君も飛び級受けたの?」

「応募はした。が、受験前に家族が殺されてそれどころじゃなくなった」


 ニコラは返答に窮し、視線を落とした。

 すると当然、膝に置いた壺が視界に入る。

 自分達が無力なせいで死んだ青年が詰め込まれた、小さな壺が。


「ねえ」

「何だ」

「監視がないなら、黙ってていい?」

「ああ。まずそうならまた話しかける」

 それから二人は現地に付くまで、一言も言葉を発さなかった。


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