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疑わしきは誰

「何か聞けた?」

 イチトが扉の外に出た途端、ニコラは中での会話で得られた情報を寄越すよう急かした。

 その顔には、相変わらず笑顔の欠片もない。


「ある程度はな。とりあえず説明するから、最後まで聞け」

 イチトも情報共有することに異議はないため、手早く情報を伝える。


「今回ヴィーシを切ったのは、五年前にヴィーシを切ったのと同じ男だそうだ」

「五年前で捕まってないって、どっかで聞いた話だね」

「聞け。その間に惑星間を移動した奴は全員ヴィーシが顔を確認したらしい。密航した形跡も、少なくともその期間にはないそうだ」


「あいつの言い分を鵜呑みにしたの?密航って、バレないようにやるもんでしょ。今もバレてないって線は?」

「まずあり得ない。自前の乗り物は絶対にレーダーが感知するし、惑星便の警備相手に記録を残さないのは、不可能だ」


 頑として同一犯の可能性を認めないイチトに、ニコラは顔を顰める。

「『星群』については考えたの?素人の私が、君といい勝負できる程の力なんだから、警備無効化も余裕でしょ」

「わざわざ嫌味を言われなくても考えた。だが、それには対価が必要だ。そこまでする動機は何って話になる」


 快楽殺人にしても、わざわざ多大な犠牲を払ってまで惑星を移動する理由は無いだろう。

 怨恨故の犯行ならばあり得るが、十歳の少女を殺したいほど恨むことはそうそう無い。


 増してその後無差別殺人を繰り返すにしても、惑星を移動するよりは同じ星で続けた方が随分楽だ。


「なるほどね。でも『星群』目覚めた時に対価を全部払うタイプなら、どう?」

「それこそ無理だ。都度対価を支払う『星群』の方が、恐らくだが強い。俺達とガルマ比べたらわかるだろ」

「そうだけど、でも私達は『星群』について詳しいわけじゃない」

「それはそうだが」


 今まで戦った『星群』持ちの人間のことを考えれば無理だろうが、絶対不可能とは言い切るだけの根拠はない。

 だが、根拠がないだけだ。


「どうして、そんなに疑うんだ?」

「どういう意味?」

「そのままの意味だ。確かに可能性はあるが、低いことは間違いない。でも、お前は何か確信を持って話をしてる」


 可能性がゼロでないといっても、実際考える場合に勘案しなければならないほどのものとは、到底思えない。


 それを事件に何ら関係のないニコラがここまで主張し続けるからには、何かしらの理由があるはずだ。


「……変だと思わない?」

「何がだ」

「あの女が、腹切られたってこと」

「トラウマで体が動かなかったんだろ」


「それがそもそもおかしいんだよ。何でその犯人は、わざわざ姿を見せてから、腹を切って逃げたの?それも、五年越しに二度も」


 確かに、異常だ。

 地球のお嬢様を暗殺するなら、わざわざ姿を見せずに首を切れば良い。

 それに一度目は失敗したとして、五年経ってから二回目というのも考えにくいし、やるなら失敗した腹ではなく、首でも切るだろう。


 人の腹を切るのが趣味なら、似た手口の連続刃傷事件が報道されていて然るべきだ。

 だが、殺人や傷害などのニュースは欠かさず確認していたイチトでも、そんな事件は記憶にない。


「異常だよ。まるで、あの女の腹を切るのが目的みたいだ」

「確かに、おかしい。だが、何故それが俺の事件に繋がる?」

「私、その事件のこと聞いたことあるんだ。犯人の姿を、被害者のみが見たっていう未解決事件」


「そういえば、自分しか見てないって言ってたな。それが?」

「一人しか見てないってことは、一人が嘘をつけば事実が変わるってことだよ」

「っ!」


 目撃者は一人。

 それはつまり、そいつ次第でどんな状況だったかを決められるということ。

 嘘だろうと、勘違いだろうと、それと擦り合わせることのできる事実が無ければそのまま通ってしまう。


「ヴィーシが隠せば、犯人は自由に移動できる……」

「そうだね。例えば金星にでも行って、人の家族だって殺せるかも知れない」


 出来る。

 たった一人の目撃者が口を噤めば、『星群』が無くとも惑星間を移動することが。

 そして、人を切り刻む、殺人鬼になることが。


「っ、いや、何故黙ってる。ヴィーシには、犯人を庇い立てする理由がない。死にかけたんだぞ」

「でも、死んでないよ」

「それは、そうだが」


 死にかけたのではなく、何かしらの目的で敢えて切られて、死にかけたふりをしたのなら。

 最初から犯人とグルで、敢えて違う情報を流し、捜査を混乱させることだって、できないわけじゃない。


「……邪推だ」

「確かにそうだね」

「十歳のガキが腹を切ってまで取引をするなんて、現実的じゃない」

「君は、仇の事を知れるなら腹ぐらい切るでしょ」


「ヴィーシは、怯えてた。あれが演技とは思えない」

「何に怯えてたの?犯人?それとも、私に追及されること?」


 答えられなかった。

 震えていた。怯えていた。手先が氷のように冷たくなるほどに。そこは確かだ。


 だが怯えるものを誤解させようとしていたとして、それに自分が気付けたとは思えない。

 そんな些細な心情の差を読み取れるほど、仲を深めてはいないのだから。


「クロイ・イチト。君は、あの女をどう思う」

 二度、偶然死ななかったという与太話に縋るのか。

 少女が腹を切らせて取引したという絵空事を信じるのか。

 どちらか示せと、そう言われているのだ。


「……保留だ」

「何?」

「怪しいのは、わかった。でも、金持ちで、不自由なく暮らしてるはずの少女が、何を求めるっていうんだ」

「さあ?貧乏人にはわからない何かじゃない?」


「金で手に入えらないのに、犯罪者からなら手に入れられて、腹を切る価値のあるもの。ヴィーシの価値観がズレているとはいえ、そんなものが存在すると思うか?怪しいけど、疑う根拠も同じぐらいに怪しい。だから保留だ」


 イチトの出した結論は、現状維持だった。

「保留って、結局は信じるってことじゃん」

「違う。お前は、ヴィーシを警戒させろ。それで俺は、普通に接する」

「……なるほど。私が敵として動くことで、君を味方だと錯覚させて、話しやすくする。グッドコップ、バッドコップってやつ?」

「ああ。これで良いか?」


 疑うべきかどうか、わからない。

 だから考えている間に、勝手に相手が追い詰められて吐くかもしれない状況を作っておく。

 苦肉の策ではあるが、尋問は受ける側しか経験したことのない少年はには、これ以上の策は思いつかない。


「及第点かな。でもちょっと意外。君はこういう話に飛びつくと思ってた」

「なりそうだった。が、飛びつくのは控えた方が良いってのを学んだ。それと、目撃者が一人だからって疑うのは、個人的に嫌だ」

 イチト自身も疑われた側であるが故に、目撃者がいないことを理由に疑惑の目を向ける。


「まあ、私も直感的なことしか言ってないから、信じてもらえないのも仕方ないけどね。それと、二つの事件の間に渡航した人間の資料も集めよう」

「わかった。が、そういえばお前、最初は『星群』で惑星間移動できるかを聞いてなかったか?」


「うん。そこを先に否定させとけば、後々二つの事件が繋がった時、君を味方につけやすそうじゃん」

「確かにそうかもな。でも一応、『星群』使って移動した可能性も調べて潰しておくか」


「調べるって、どうやって?」

「聞いて回るしかねえだろうな。『星群』に詳しい奴探して」


 そう言った瞬間、廊下の端にいた女が名前を呼ばれて反応するかのごとく振り向いた。

 入隊初日の儀式で見た気がする顔だが、目を半分しか開かず、髪も雑に纏められているせいで、どうも自信がもてない。


「丁度いいな。あいつに聞こう」

「良いけど、本物?顔はそっくりだけど、あの時はめちゃくちゃピシッとしてたじゃん」

「肩のライン見ろ、一本だ」


 イチト達戦闘員は三本、非戦闘員は二本の線が、その肩には刻まれている。


 だがその女の肩にある線は一本のみ。


 つまり非戦闘員とすら、文字通り一線を画す存在というわけだ。

 『星群』という、宙域の生命線を司る人間ならば、その特別扱いにも納得がいく。


「なるほど。というわけであなた、前に私達の『星群』目覚めさせました?」

「うん。それが何」


 何となく力のぬけるような声で、薄桃色の髪をした女は返事をした。

「始めまして、クロイ・イチトです。『星群』の対価について聞きたいんですが、今お時間宜しいですか?」


「いいよ。君達は確か、『双騎当千』だったよね。変わった『星群』だし、知りたくもなるか」

「いえ、聞きたいのは、こちらが考えた『星群』に必要そうな対価とかです」

「……早とちりだったか。やっぱり私が考えて動くと、禄なことにならない。それで、何が聞きたいの?」


 少し誤解しただけで大げさだと思いつつも、イチトは誰にも気付かれずに星間移動をできるような『星群』は無いか、警備について説明しながら訪ねた。


「三人」

「え?」

「気付かれずに星間便に乗るには、少なくとも三人の『星群』持ちが必要」


 体を何度か叩いたり、指を折り曲げたりした後、その女は結論を出した。

「っ、じゃあ、できるってこと!?」

「理論上は。効率良くなるよう、覚醒時と発動時の両方対価を払うようにすれば、三人分の臓器全部で丁度。センサーの種類が少なかったら、もっと楽」


「待って下さい、それ終わった後に犯人はどうなるんですか」

「脳だけになる」

「……そう、ですか」


 要するに、不可能ということだろう。

 三人の人間がその体全てを差し出して、漸く移動することができることを、誰がやるというのだろうか。


「自前の宇宙船ならできるんじゃないですか?」

 それでもニコラは納得がいかないようで、他の可能性はないかと探りを入れる。


「え、そういう記録あるの?」

「多分透明化して侵入するとか、そういうことだと思います」

「宇宙船は詳しくないから計算し辛いけど、最低五人は必要かな」


「どんな方法を使っても、少なくとも三人は死ぬと」

「それを防ぐ『星群』持ち入れれば死なない。ただ、もっと必要な人数は増える」


 その少女はどこまでも無感情に、計算上必要な対価と犠牲のみを述べる。

 おそらく聞けば、その後再び生きて現れる為の必要人数も答えてくれるのだろうが、聞いたところで役に立つとは思えない。


「じゃ、私はこれで」

「もう二つほど、聞きたいことがあるのですが、忙しかったですか」

「早とちりばっかりだ。暇だし答えるよ。それで、何?」


「何故、俺に『双騎当千』なんて『星群』を目覚めさせたんですか」

「ランダム」


 珍しい『星群』という評価、また何度か自分の判断は無駄と言っていたことから察していたが、彼女が意図したことではなかったらしい。

 それはつまり、今まで話していた必要な犠牲の数も、偶然必要な『星群』を持った人間がその人数必要ということだろう。


「じゃあ『星群』を目覚めさせ直すことはできますか」

「できる。ただ払った対価は戻らないし、より強い『星群』が目覚める保証も無い」


 止めておくのが無難、ということだろう。

 目覚め直せるのは、復讐まで延命することを考えれば精々二回。それまでに一人で戦え、かつ十分に強い『星群』を手に入れる可能性は、恐らくゼロに近い。


「ありがとうございます、えっと、そういえばお名前伺っていませんでしたね」

「当主」

「え?」

「名乗りたくないから、当主とでも呼んで。ネイピアちゃんとかには、それで伝わるから」


「……ちゃん」

「あ、今のは忘れて。威厳がどうこうって怒られる」

「はい。ありがとうございました、当主、さん」

「うん。今度会ったらジュースでも奢って」


 つかみどころのない、当主と名乗る女が去った後、イチトは隣で黙りこくるニコラを見た。

「やっぱり『星群』での移動は無理か」

「……うん。じゃあ星間便の乗客調べとこ」

「ああ。今からネイピアのとこ言ってくる」

「私が行くよ。給料前借りしなきゃ、水星に行けもしないし」

「後払いでも良かったんだがな。なら俺は星間便の予約でもしとく」

「それなら、私の送った時間の便予約して。お願い」


 予め調べていたのか、ニコラは手早く時間を書いたメッセージを送ってきた。

 だがその便で水星に向かうと、アルバーの葬式が始まるまで相当の時間が空いてしまう。

 どういうつもりか聞こうと顔をあげるも、既にニコラは背を向けて歩き始めていた。


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