兄だった青年
翌日、足を固定していた金具が外された。
漸く自由になった足を、そっと床につける。
「どうだ」
「痛みはないですね。少し違和感がありますが」
「そうか。ならいい」
イチトの足が治ったことを確認したエイルは、どうでも良さそうに呟いた。
「よくあれだけ捻れた足が治りましたね」
「馬鹿が。あんなもん治せるか」
「治ってるじゃないですか」
「よく見ろ、ここ」
そう言って指差したのは、膝の少し下の位置。
目を良く凝らしてみると、そこから下は、僅かに肌の色が薄くなっている。
「何ですかこれ」
「一回切って、生体脚付けた。色はそのうち同じになる」
「……え」
「普通だともっと固定しなきゃならねえんだが、『星群』ってのは便利なもんだ」
「そう、ですか」
「んで、何であのアホ女がいねえ」
エイルが首で指したのは、昨日ニコラが寝ていたベッドだった。
今はそこに寝ている者はおらず、布団が乱雑に置かれているだけだ。
「昨日出ていったきりです。連絡しますか」
「ああ。というか、動いて良いとは言ったが、出歩いていいなんて言った覚えはねえぞ」
「直接言って下さい。……出ないな」
持っていったタブレットを呼び出してみるも、反応が無い。
不思議に思っていると、横から突然、タブレットが投げて寄越された。
イチトからの通信、と書かれたその画面を見て、直ぐにそれが誰の放ったものなのかを理解する。
「随分と早いな、ニコラ」
「近かったからね。それで、何」
「俺が呼ばせたんだ。容態聞くのも医者の仕事だ」
「見ての通り、何も問題無いよ」
「そうか。動きにも違和感はなさそうだな。まあ細かい診察はまた今度だ。ああ、激しい運動はするなよ」
エイルはタブレットにペンで色々と書き込み、軽く頷くと部屋を出ていった。
「それで、他に用ある?」
「明日から一週間、予定開けておけ。」
「わかった。服は何か特別なの要る?」
ニコラは何の用件だ、などと聞くことはしい。
今、二人が揃って行くべきところなど、たった一つ、アルバーの葬式以外にありはしないのだから。
「連絡するついでに聞いたが、普通のスーツで良いそうだ。」
「そう。他には」
「惑星の移動は泊まり掛けだ。一週間分の宿泊用品も用意しとけ。他は、特にない」
「じゃあ今から私に付き合って」
「……何の用だ?」
だが、葬式の日程が決まった後で誘われれば、流石に何の用かとも問いたくなる。
「ヴィーシと、ついでにトレハの見舞い」
「それはいいが、わざわざ二人で行く理由は何だ」
「私一人じゃ見舞いもできなかった。話す気がないか、笑ってないのが不気味だって入れて貰えないか」
「そういうことか」
イチトはその言葉に納得しつつも、違和感を覚えていた。
確かにニコラが笑っていないのは違和感があるが、あの二人がそれだけで見舞いの人間を拒むとは思えない。
想像していたよりも、心に負った傷は大きいらしい。
「それで、どっちが入れる方だ」
「トレハ」
「わかった。ちょっと買うものがあるから、戻ってきたら案内頼む」
買い物を終え、部屋に着いてすぐ、何故自分が連れて来られたのかを理解できた。
ベッドの上に横たわる男は、目も虚ろで頬も痩せこけており、まるで生気がない。
「実際に会うのは久々だな、トレハ」
「……そうだな」
声にも張りがない。
目の前で家族が死んだともなれば、仕方のないことだが。
「何があったかは、多少は聞いた」
「…………」
「だけど、多少だ。今から詳しく聞かせて貰う」
敢えて、慰めなかった。
イチトは、家族が死んだ後に何もできなかったことを悔いている。
一方トレハは、自分のせいで家族が死んだと思い、憔悴している。
その違いを無視して声をかけることはしたくないし、間違いなく逆効果だ。
故に寄り添わず、突き放し、自分で動くように仕向けるしかない。
「少しは、気使ったらどうだ」
「気使ってどうにかなることなら、俺が起きるまでに解決しとけ。最初の任務の時は、自力で立ち上がっただろ」
「…………」
トレハは、何も言い返さなかった。
このままでは立ち直れないと、自分でもわかっていたのだろう。
それでも、現実を認めたくないという思いが、その口を固く閉ざしていた。
イチトはその様子を暫く眺めていたが、はあ、と息を吐くとベッドに背を向けた。
「もうお前が言いたくないなら、もういい。だが今回十分戦えたから、次からはお前も前線に戻れそうだ。それまでに立ち直れ」
「……相性だ」
「ん?」
何かが聞こえた気がして振り返る。
するとトレハは、今まで黙っていたのが嘘のように言葉を紡いだ。
「あいつは、俺の、妹は、視界に入った液体を操る『星群』を持っていた。俺は触れた液体を操る『星群』があるから、打ち消して、攻撃を受けなかった」
「……なんで突然話す気になった」
「お前がっ、戦えたなんて言うからだろ!」
「何?」
「俺は、庇ってくれた先輩を、妹を、殺した!認められるようなことは何もしてない!ただ、失っただけだ!」
トレハは今回の作戦で、たった一度しか戦闘を行っていない。
その戦闘も、『星群』的に有利な相手に逃げて、そのせいで先輩を殺し、挙げ句の果てに妹の自殺すら止められなかった。
逃げた自分の心の弱さが、流れる血を止められなかった『星群』の弱さが、どうしても許せなかった。
「なのにっ、何が戦えただよっ!」
死なせただけ、殺しただけ、そんな失敗だけで作られたものを、戦えたと言われる。
それがどうしても、我慢ならなかった。
「戦えてなんか、ねえよっ……!」
頭を抱え、苦悩し、涙を流す。
敗北ではない。
生き残るという目的は達成したし、最後には敵を倒すことができた。
だが、トレハが最初から戦えていれば。
逃げまわりさえしなければ失われなかった命が、確かに一つ、あったのだ。
「……無神経だった」
イチトはそれだけ言い残すと、直ぐに部屋を後にした。
かける言葉もなかった。
下手に寄り添わないことを意識するあまり、当然のことにも意識が回っていなかった。
今、トレハは心が壊れかけているのだ。
それなのに作戦について聞けば、当然関わった二つの死を想起してしまう。
割れたガラスに触れたところで、罅は消えず、どころかより酷くなる。
それだけの、当たり前の結果だった。
「君でも、立ち直らせられなかったか」
「俺だから、駄目だったんだろ」
「違うよ。私のときは、反応もしなかった。何だかんだ、あいつは君のこと、友達だと思ってるんじゃない」
「……だとしても、今日で終わりだ。一番傷ついてるときに、追撃食らわすのは友達じゃねえよ」
「そうかもね。ただ、あれで良かったと思うよ」
「何?」
「私に、死人を出すなって言ったのと同じだよ。君はあいつに怒りっていう目的を与えて、一歩、前に進ませたんだ」
「例え進めたとしても、俺が間違ったことは変わらねえよ。ともかく、ヴィーシの部屋に案内してくれ」
ニコラは目を伏せて、斜め前の部屋を指差した。
「そこって病室だったか?」
「修理ついでに改装したって」
「別の部屋にする許可なんて、良く下りたな」
「まあ、中にいるのはエースだからね」
イチトは、あまりイメージと会わない単語に首を傾げた。
確かにヴィーシは強い。
だがガルマや包帯の男を差し置いてエースと呼ばれる程の実績は無いはずだ。
疑問に思いながらも、タブレットをドアにかざす。
しかし扉は開かず、どころか赤く立入禁止の文字が表示される。
エラーコードはをみたところ、この部屋は完全にヴィーシの自室扱いらしい。他人の権限では反応もしない。
「随分しっかり修理されてるな」
「そうじゃなきゃ君連れて来ないよ」
「電話は?」
「君からなら出ると思うよ」
仕方なく、タブレットでヴィーシに通話する。
すると即座に繋がった。
だが声どころか音の一つもしない。
「久々だな、ヴィーシ。中に入れてくれるか」
『嫌。特にそこの女』
にべもない返事だ。
だが、特に、と言った以上、ニコラでなければ可能性はある。
「なら俺だけで良い」
「できれば私も入りたいんだけど」
「お前は、通話繋ぐからそれで話せ。ヴィーシ、俺にはお前を傷つける理由も、力もない。知ってるだろ」
『……絶対に、近寄らないでよ』
「ニコラ、外で良いか」
「……拒否ったら除け者になるだけでしょ」
顔は明らかに不満の方に寄っているが、指摘しても良いことはないだろうと、無視して開いた扉を通り抜けた。




