負けて得たもの
自分の無力に絶望するイチトを無視し、ネイピアは話を進める。
「貴様がどうするかは、自由だ。だが、動くなら早くしろ。それから、いくつか渡すものがある」
「何、ですか」
「一つ目は、五年前の事件の資料だ」
「っ!?」
手掛かりを逃して悔やんでいたところに与えられたのは、より重要な手掛かりだった。
何故今それを、内容は、などと疑問が無限に浮かび上がるが、それを言葉にできるほどの冷静さはイチトに無かった。
何から言うか整理する間に、ネイピアはその疑問の殆どに答えた。
「有用な情報と、独断専行とはいえ宙域を救った褒美だ。アンノウンによる一連の殺人の、正確な時刻と場所、死者と遺族の名簿だ」
「どれですか!」
「待て。情報保持の問題があるから、暫くかかる。もう一つは、ヤコブ・アルバーの遺骨だ」
熱暴走寸前まで熱くなっていた脳が、急速に冷えるのを感じた。
そして余裕を持った脳は、自分のしたことを客観視する。
死を悼むような顔をしたくせに、情報が与えられた瞬間に全てを忘れて食らいつく、醜悪な姿を。
「何故、俺に」
「誰かが家族に届けてやらねば、葬式もできんだろう」
「……俺が、届けて良いとは思えません。それに、アルバーが家族と会いたがるかどうか」
「奴はアドナイ教の者だろう。法的問題から死体は焼かざるを得なかったが、本来なら土葬するのが正しいはずだ。だが宙域にそんな余裕はない。貴様が受け取らないなら水星式で行うだけだ。まあ、あいつも出身は水星だったはずだ、そう大きな問題はない」
現在人が住む惑星の中で、水星は最も面積が小さい。
それ故に、土地を有効に使うため、死体は燃やして、その灰の一部だけを墓に入れるという方法を取っている。
それも墓は地域毎に一つ、非常に高い塔として建てるという、徹底的な省面積への拘りようだ。
宗教が衰退し、死者への思いが形骸化しつつある現代だからこそできる、効率的な弔い方。
それは神を強く信じる者の葬儀としては適さない。
「他に人は」
「言っただろう、人手不足だ。それに話をしたこともない者に、運ばせて良いものではないだろう」
アルバーと関わったことがある人間など、精々同じ班に所属していた者ぐらいだろう。
そのうち二人は心に傷を負っており、外出できるかすらも怪しい。
そしてニコラは、アルバーが死んだ時の反応からして断る可能性が高い。
「わかり、ました」
どの面を下げて、アルバーの家族に会えば良いのだろう。
そして足を切ったという家族は、どの面下げて遺骨を受け取るのだろう。
死の原因を作った人間が集まって、死者の冥福を祈るなど何の冗談だ。
だが、誰かが行かねばならない。
誰かが過ちを犯さねばならない。
誰よりも正しく生きた彼の骨を、正しく葬る為に。
「それでいい。資料は葬式が終わるまでには容易する。しかし、攻めてきた理由もわからないのは辛いな」
「一つ、忘れていました」
「何だ?」
「コーレス・ダルスターは、仕事で宙域に来たと言っていました。それも、単に攻撃するだけでは不十分だと考えていた節があります」
コーレスは、誰かの頼みを聞いて宙域に戦いを挑むような性格ではない。
だがあの男は宙域に牙を剥いた。
それをさせるだけの何かが、依頼者にはあったのだ。
「覚えておこう。それと、これが最後だ」
そう言って、最後に一通のメッセージを共有した。
「これは?」
「隔離場所が書いてあるから、世話を頼む」
「世話?」
質問したつもりだったが、ネイピアは無視して部屋から去っていった。
残されたイチトは、とりあえずメッセージを開いて確認する。
『土星第六衛星タイタンにて、指名手配犯ストマイチオ・ポルンを逮捕した』
「っ!」
堅苦しい文に、指名手配犯を殺害せずに逮捕したこと、更に衛星の名前。
間違いなく、これはアルバーの書いたメッセージだ。
イチトは画面に食らいつくようにして、一言一句に至るまで、そのメッセージを読んだ。
『声で攻撃する『星群』を所持しているが、現在戦闘の意思は無い。添付地図の赤点の位置にいるため、速やかに護送するよう求める。また、罪を犯したのは、環境と『星群』による要因が大きいと思われるため、宙域にて保護、更生させることを提案する。雑事は私が行うため、医療班への負担は限定されたものとなる』
要するに、自分が責任を持って世話をするから宙域に置いてくれ、ということだ。
内容だけでいえば、子供の我儘と大差無い。
だが、医療班からの不満も真摯に受け止め、それでも人を救わんとする慈善の心が、文章から伝わってくる。
「だから、俺に任せるなんて言いやがったのかっ!」
アルバーの責務を押し付けるのに、今のイチトほど相応しい相手はいない。
何せその死に負い目があるのを、ついさっき見せたばかりだ。
ユスティハイト・ネイピアという名の、宙域の存続を一番の目的に掲げる悪魔に。
「断れる、わけがねえだろっ!」
「うるさいよ」
ピシャリと、声が飛んで来る。
その声は、隣のベッドから響いていた。「起きたのか、ニコラ」
「そんだけ騒がれたらね。それで、私の左目は?」
凍りつくように冷たい声。
そこにいるのは間違いなくニコラの筈なのに、どうしてか、それが別人であると本能が言って止まなかった。
「え、ああ、難しい、らしい」
「まあ、今見えてないんだからそうか……で、何を頼まれたわけ?私にも見せてよ。多分関係あるでしょ」
「まあ、そうだな」
困惑しながらも何とか受け答えをし、タブレットをニコラに渡す。
何より違うのは、その表情。
いつも、どこか笑っていた少女が、今は完全な無表情でメッセージに目を通している。
不自然なまでに張り付いた笑顔だというのに、消えたら消えたで不自然だと感じてしまう。
「……これは、断れないね。って、何その目」
「少し、雰囲気が違うなと思っただけだ」
「自分のせいで人死なせて、それでも笑えっての?」
「……軽率だった。すまない」
「それより、君が持ってる情報教えてくれる?」
「ああ」
理由がわかっても慣れない態度のニコラ相手に、イチトは必要と思われることに絞って説明した。
「宙域は人不足で不味い。トレハとヴィーシは、体だけなら無事らしい。詳しくは会ってないからわからない」
「まあ、本部が攻められたら流石に厳しいよね。他には?」
「アルバーの遺骨を、遺族に届けることになった」
「……」
「アドナイ教のやり方で葬ってやるには、関係者が必要だ」
「アルバーって、破門されてなかった?親はどうなの?」
「わからない。でも、部外者の俺よりはマシだろ」
知識がない。
力もない。
そんな人間にできることは、精々遺骨を望まぬであろう相手の下に運ぶ程度だ。
「一応言うけど、私もついてくよ」
「……意外だな」
「君が行くなら、私が増えたところで変わらないでしょ。どっちも、やったことは同じなんだから」
ニコラはベットから降りると、服を少し整えて扉に向かって歩いて行った。
「っ、おい、あんまり動くな」
「目以外は無事なんだし、良いでしょ別に。ガキの世話と、あとヴィーシと話しに行ってくるから。何かあったらこのタブレットに連絡して」
そう言うとニコラは、タブレットを折り曲げてポケットに入れて部屋を出ていった。
目が治らないと知らされた直後だというのに、いつもより行動が早い。
きっと、変わりたいのだろう。
仲間を死なせてしまった、無力な自分から。
「……書類仕事、やるか」
そしてまた、イチトも動きだす。
今は、無力なりにやれることをやるしかない。
誰が死のうと、世界は止まってくれないのだから




