悔いてばかり
早速腰に容器を取り付け、タブレットを取り出す。
そしてトレハあたりに話を聞こうかと、メッセージアプリのアイコンに触れる。
すると、突然通話の待機画面へと遷移した。
「……押し間違えたか?」
『いいや、こちらで細工した』
何気なく呟いた一言に、一瞬で答えが返ってくる。
「何の真似ですか、艦長殿」
凛とした声、ブロンドの髪、そして漆黒の軍服ににた衣装。
こんな格好をする人間は、ユスティハイト・ネイピアを除いて他にはいないだろう。
『貴様達からの報告を受けていないのでな。真っ先に私に連絡が来るよう、仕込んでおいただけだ。不満か?』
「いえ。理由があるなら構いません。それで、現状はどうですか」
『酷いものだ。戦闘員は二割死亡、そして非戦闘員が三割死亡した。まさか本部にあれだけの部隊を差し向けて来るとはな』
「作戦のミスで、死んだということですか」
『ミスと思うかは、貴様次第だ。私は、今回は単純に、人手が足りなかったのが一番の原因だと考えているがな』
言葉はいつもの通り強気だが、声は少しだけ沈む。
これだけの死人が出たのは自分の責任だと言われれば、流石に堪えるものがあるらしい。
「ですが、ガルマ警部が宙域にいればここまでは」
『奴を宙域に留まらせれば、民間人が数千は死んでいた』
「……どういう意味ですか?」
『誘拐計画を掴んだが、誘拐相手がわからないと言っただろ。わかる筈もない。今回、奴等は無差別に誘拐を行ったのだからな』
「そういうことですか。それで、奴らの要求は?」
『まだ連絡はない。ともかく死人を減らすため、ガルマには金星に攻め込んだ五十人余りも『星群』持ちと、二千を超える犯罪者の相手をさせた』
「なっ!?」
その発言は、全てが異常だった。
衛星ではなく、警備の厳しい惑星本体で戦闘が起こったというだけでも大事件だ。
それも敵は二千人規模、更に『星群』持ちだけでも五十人を超えるという数。
これだけの人間が一度に戦うなど、少なくともイチトは、地球時代の歴史か創作以外では知らない。
「さて、待たせたな」
声と共に、突然病室の扉が開かれた。
通話中、ヒールで床を叩くような音が聞こえていたため、ネイピアがやってくるのは想像はついていた。
今はそれよりも、事の顛末を知りたい。
「ガルマ警部は、その」
「ああ、今は始末書を書いている」
「…………え」
「死んだかと思ったか?アレが死んだのなら、私は今頃貴様の隣のベッドで、胃潰瘍の治療をしている」
「えっと、ああ、こっちも五十人以上の『星群』持ちを」
「ガルマと、まあミイラでわかるだろう。その二人だけだ」
頭がおかしくなりそうだった。
『星群』無しだろうと、銃を持った犯罪者は、それなりに厄介な存在だ。
それを一人頭千人倒し、更に『星群』持ちも二十五人以上倒すなど、明らかに人間業ではない。
「他に聞きたいことがあるなら言え。本当なら報告からだが、少し整理しなければ何を話せば良いかもわからんだろう」
「ヴィーシの現状。ああ、それからトレハのことも、教えて下さい」
ガルマの戦闘ついてもっと話を聞きたかったが、恐らく聞いても理解できないので後回しにする。
とりあえずヴィーシの事を聞いた時のエイルの言い回しが気にかかっていたので、それを尋ねた。
それから宙域が襲われた場合に被害を受けかねない班員のことも。
「二人とも体は無事だ。だが心に問題を抱えた」
「心に?」
トレハは元々精神的に不安定な所があるため驚きは無いが、ヴィーシの心が折れるのは、想像がつかない。
「ああ。エフェメラに関しては本人が言わないから仔細は不明だ。ヴェデニスカは、どうも今回来た犯罪者の中に妹がいたらしい」
「なるほど、それで」
犯罪者に落ちたとはいえ、家族は家族。
捕まえれば心が沈むのは当然だろうし、見逃したとしても思い悩むこともあるだろう。
「その妹が、捕まえた瞬間自殺したようだ」
「なっ!?」
だが現実は想像の数段上を行っていた。
「今は塞ぎ込んで部屋から殆ど出てこない。忌引扱いにしているが、いつまでも放置はできん。クロイ、どうにかしてくれるか」
「やれるだけのことはやりますが、流石に難しいと思います」
家族が死んだというだけでも立ち直らせるのは難しい。
今回は加えて目の前で、しかも捕まえるというトリガーを自ら引いてしまった人間が相手だ。
その心的外傷を取り除くのは、明らに素人のできる範囲を超えている。
「戦える奴を逃すのは惜しい。ついでにエフェメラから事情を聞くのも頼めるか。班員相手なら、少しは心を開くかもしれん」
「話をするぐらいなら。聞くべきことは聞けたし、報告に移ります」
「ああ」
「まず、ヴィーシの怪我について。妨害電波を止める為に手分けして捜索したところ、腹を切られていました。ニコラのタブレットが無事なら、動画があるかと」
「壊れていた。電波が使えないならバックアップもされていないだろうな」
そう言われて、イチトは少しだけ考えこんだ。
タブレットが反応したのだから、電波妨害があったのは間違いない。
だがその値は、ヴィーシを発見する直前に、突如ゼロまで落ちたはずだ。
「写真を撮った時点で、タイタン側の妨害は消えてました。バックアップ先が宙域以外にあるなら残っているかもしれません」
「本当か。それなら私の緊急用サーバーに……これだな」
ネイピアはタブレットに高速で指を叩きつけ、腹が裂けた女が映った写真を画面一杯に広げた。
「それですね。一応他のも見せてくれますか」
「これでいいか。お前にも共有しよう」
ネイピアは写真や動画に素早く目を通すと、タブレットを振ってファイルを共有した。
イチトは同じように数枚、顔が確認しやすい写真と、壁の落書きから間違いなくデータが残っていることを確認した。
「見るだけで良かったのですが」
「何を言っている。人の厚意を無下にするな」
「わかりました」
確かにヴィーシと話をするのに使えるかもしれない。
だが仕事を押し付けておいて厚意というのはどうなのか、と思ったが、連絡を手早く済ませる為に飲み込む。
「詳細はヴィーシと話をした後で伝えます。それで次に、今回戦った敵、コーレス・ダルスターについて」
「ヴィーシについての報告が短いようだが」
「情報は渡したもので全てなので。それに次に話すことの方が重要ですから」
「お前がそこまで言うとはな。聞こう」
「コーレスとの戦闘で、アルバーは、俺を庇って……その命を、失いました」
「……続けろ」
「はい。コーレスは釈放後に『星群』を手に入れた可能性が高いです」
「何だと!?」
どこか釈然としない顔だったネイピアが、目の前で風船でも割られたかのように目を開いた。
「戦闘中に言葉を交わす中で、『星群』を手に入れたのは出所後じゃないかと言ったら、酷く動揺していました。あれが嘘とは考えにくいです」
「良くやった、イチト。そこを洗えば、敵に『星群』を与える者の正体が掴める」
失った物は大きいが、得た物もある。
その中でも特に『星群』を与える人間の情報は、群を抜く重要さだ。
『星群』を与える者が敵にいると、犯罪者全員が『星群』持ちとなって襲いかかってくる可能性もある。
数に劣る宙域が、同じ『星群』を持った犯罪者を止めようとするなど、大河を手で堰くようなもの。
ガルマや包帯男も、『星群』持ち二千人を相手にすれば、間違いなく殺される。
それを防ぐ為にも、敵が『星群』を得る手段は絶対に断たねばならない。
「はい。ですからなるべく早く捜査を」
「……それは難しい」
「なっ!?何故ですか!」
「言っただろう、三割が死んだと。そこには、辞めた人間は含まれない」
「まさか、人員不足だと!?」
「そうだ。辞めた分を含めると、事務作業をするものの数はほぼ半分、そして今回は大規模かつ強行作戦。書類も馬鹿げた量だ。これ以上の負担はかけられん」
何も間違っていない。
ネイピアは、ただ組織を導く者として、正しい判断をしただけだ。
だが理性ではそう判断できても、感情はそうと言ってくれない。
死にそうになって、仲間が犠牲になって、それでも勝ち取った情報を活かせないのを受け入れていいはずがない。
「なら俺が!」
「駄目だ」
「何故!」
「捜査が終われば、『星群』を与える何かを取り除く為に戦わねばならん。お前一人で死にに行くならまだしも、宙域として行くなら書類仕事が増えるのは変わらん」
「ぐっ!」
「ともかく、お前は足を治せ。掴んだ情報も、出来る限りは早く活かすつもりだ。もしその時期を早めたいなら、班員と一緒に書類仕事を手伝え」
『星群』を与える何かから、両親を殺した犯人の『星群』や正体を知れるかもと期待していた。
だが現実は現実的で、そんな夢など見る暇もなく打ち砕く。
イチトは頭が痛くなる程に歯を食いしばった。
同時に、あの時聞いたアルバーの言葉を思い出す。
『絶対に、死人は出すな』
それに何と答えた。
味方からは出さないと言っただろう。
それができていれば、こうして掴んだ手がかりを無為にすることもなかった。
ニコラを立ち直らせる材料にする前に、先ずは自分がその言葉に向き合うべきだったのだ。
無知な自分を呪っても、時は戻らない。
それでもイチトは自分の無知と無力を恨まずにはいられなかった。




